ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
──遺跡エリア2は崩落しきっており、複数人で瓦礫を除去しなければ、大きな裂け目に辿り着くことすらできなかった。
しかし、辿り着いてからは早かった。全ての救出作業を終えた後、救急車を見送っていた。
結論から言えば、イクサは例の大きな裂け目を直下した地点に落ちていた。
だが全身は怪我だらけ。誰かが此処まで運んだ形跡があったらしい。
「ケッ、ザマァねえぜ」
「全身打撲、擦り傷、骨折、電撃傷、正直死ななかったのが不思議なくらいだね」
「ひょっとしたら……死んだ方がマシだったかもな」
「おやおや、手厳しいね。そんなに転校生が憎いかい?」
「性格悪いなテメェ──
至極真面目にラズは言った。
「例のオーデータポケモンは未だに見つからず、か」
「地底に潜伏してる可能性はあるな」
「これで5機目か……」
案の定下層は危険度4どころか危険度5相応のオシアス磁気が充満しており、並みの強さのポケモンならば、あっという間に狂暴化する状態だった。
入り口に生息していたポケモンはまだまだ、序の口レベル。深部に進めば最終進化形の強力なポケモンが生息しているであろうことは容易に想像できた。
イクサと一緒に居たパモも既に狂暴化状態となっており、浄化作業に時間がかかっているという。
そして、事の発端であるイワーク(?)は未だに見つかっていない。これが問題だった。オーデータポケモンは通常のポケモンとは比べ物にならない程のステータスを誇り、それが周囲に与える影響は想像しがたい。
更に、体内には大量のオシアス磁気を溜め込んでいるため、動くだけで他のポケモンも暴走させるのである。
「んで、レモンのヤツはどうしてる」
「転校生に付いて行ったよ」
「レモンのヤツ……大分転校生に入れ込んでるな」
「おや、嫉妬しているのかい? 愛しのレモン嬢が転校生に取られてしまうかも、って」
「なっ……テメェ、パチリスこいてんじゃねえぞ!!」
「安心しなよ、ラズ。元から脈は無いよ」
「余計なお世話だーッッッ!!」
迷宮の封鎖は完了。
その後、演習場となっている他の迷宮にも追加で調査が入る予定だという。
※※※
「心配なのは分かりますが──貴方にこれから先、出来ることはありませんよ、レモン様」
「……ええ、分かっているわ」
書類が溜まっている。
不安も溜まっている。
いつになく憂いを帯びた表情でレモンはペンを放り投げた。
イクサははっきり言って重傷だった。
(……私にできる事は何もない、か)
──僕、目標が出来ましたっ! 此処で強いトレーナーになって……迷宮に潜って……レックウザを捕まえてみせますっ!!
明るい顔でそう言ったイクサの顔に──少なからずレモンは勇気づけられていた。
それが壊れる所は彼女も見たくない。
(……私らしくもない。異世界からやってきた稀人に、こんなに入れ込むだなんて……私だって思わなかったもの)
「──レモンは……居るか?」
がたり、と風紀委員長室の扉が開く。
そこに立っていたのは──軍服姿の教師・ダイモンだった。
レモンは周囲に居る風紀委員たちに「込み入った話だから出て行きなさい」と言わんばかりに目配せ。
彼らはしぶしぶとそのまま出て行くのだった。
「……
「……済まない。私の管理責任だ」
帽子を取り、彼女は深々とレモンに頭を下げた。
「私は責めないわ。遺跡エリアが崩落していた以上私達の到着を待つしかなかったでしょう。
「……しかし。現に生徒が一人、大怪我をしている。それに、ポケモンに傷つけられたとなれば……お前のように心にも深い傷を負うかもしれない」
ダイモンは悔しそうに唇を噛んだ。
「バカね。誰もがそうなるわけじゃないわ」
「人間、思っている程強くはないからな……だが、此処に来る生徒の多くは、大なり小なりオシアスの事を調べ、ポケモンと接し、危険な生き物であると幼い頃からその身で知りながらも、迷宮探索への覚悟を決めてやってくる。だが……イクサ君はそうではない」
「……そうね。でも、こんな事滅多に起こることじゃないわ」
それは自分に言い聞かせるようだった。
「私はお前に、彼を特別扱いしないと言った……だが、実はそれは間違っていたのではないか……?」
「全てはイレギュラーだったのよ、
レモンの表情は暗い。肝心のイクサは意識を失っており、彼から言葉を聞くことはできない。
(この世界で、彼の行き場は無い……私は一体どうすれば……)
※※※
──ザザの地下迷宮の崩落から一週間が経過した。
「……これで丸一週間か……」
ハッカはタブレットの時計を見てぼやく。
ザザの地下迷宮での崩落事故もあり、今週の迷宮演習は中止。
そして、入院しているイクサとも1週間連絡は付かず仕舞い。
目の前で裂け目に落ちていったこともあり、心配だ。
「今日で退院や聞いてたけど……イクサ君、大丈夫なんやろか」
「面会謝絶ってどういう事やねんって思ったけど、怪我が想像以上に酷かったからかもしれへんな、意識が無かったんかもしれへん」
「寮長さんに聞いても”何とも言えないわね”の一点張りやもん……」
「あの人はあの人で何考えとるか分からへんもんな……俺らと会って話してくれただけでもありがたいでホンマ」
だが、彼女の言葉を思い出す。
──貴方達、イクサ君の友達なんでしょう?
──……彼と仲良くしてあげてね。お願いよ。
「……イクサの事を相当気にかけとるみたいやった。あいつ、何かワケアリなんかもしれへんな」
「寮長の親類とか?」
「全然似てへん! ダイモン先生の方がよう似てるくらいや!」
「そういえばあの二人、従姉妹同士なんやったっけ」
「せや! 目力がごっつい所とかそっくりやねん」
幸い、怪我の多くはポケモンの回復技を用いれば再生しやすい。
それを込みにすると、一週間病院から出て来られないのはかなりの重傷であることがうかがえた。友人二人の不安を駆り立てるには十二分だった。
教室に座る中、入り口を凝視するハッカとテマリ。まだ退院したかどうかという報せすら入っていない。
そして、周囲も既に「転校生」に関する話題ではなく、崩落した迷宮と現れたオーデータポケモンについての話題に移っていた。
「や、やっぱ落ちた先で何かあったんやろか……」
「何かって何?」
「……それは──」
「あっ、おはよう、2人ともーっ!」
明るい声が響いてくる。
テマリもハッカも思わず目を擦る。
手を振って階段を降りてくるイクサに、二人とも安堵した。
しかし、首元には未だに包帯のようなものが巻かれており、手には電撃傷の痕が残っている。
それで二人は落ちた先でイクサに何があったのかを察する。
「お、お前、大丈夫やったんか?」
「大丈夫だよ大丈夫、もう退院して学校に行って良いって言われたから、こうして出て来てるんじゃないか」
「そうなんか……」
「むしろ病院のゴハンがマズくて参っちゃってたんだよ。全く、怪我なんてするもんじゃないよね」
「そ、そうか……」
「学園に行かせてもらってる身分なのに、いつまでも寝ていられないよ、あっははは」
笑ってイクサは席に着く。
「……お前、無理とかしとらへんやろな」
「え? 大丈夫、もう怪我は平気だし」
「……次の授業、お前は先週寝とったから知らへんやろうけどバトル演習やで」
「大丈夫大丈夫……平気だって」
「ほんまやろか……」
──大丈夫なはずがなかった。ハッカの勘は見事に当たったのである。
その次のバトル演習の授業で、事件は起こったのである。
これは、二人一組でペアを組み、ペア同士でポケモンバトルを行うという授業である。
例に漏れず必修のため、同じ授業を取っているテマリとハッカも付いて行った。
そして、イクサが心配でずっと彼の様子を見ていたのだが──
「──決闘の代理でラズ寮長に勝ったって転校生と一回やってみたかったのさ。どれくらいなもんか試させてくれよ」
「うん──よろしくね」
(相手も優しそうな子やし、大丈夫そうやな……)
『それではバトル、開始してくだサイ!!』
AI教師がそう告げた瞬間、生徒達がボールを投げていく。
そうして一斉に彼らがポケモンを出していく中──イクサはボールを投げることが出来なかった。
パモが入っているボールに手を伸ばすことができない。
それどころか──周囲のコートにポンポン、と飛び出してくるポケモンが視界に入る度に心臓が拍動する速度が速くなっていく。
殺される。
攻撃される。
ボールを投げようとするが、投げる事ができない。
殴打が、念動力が、そして電撃が。
あの迷宮でポケモン達から受けた暴力が蘇ってくる。
腕と手にまだ残っている電撃痕が疼く。念動力で浮かび上がらされて叩きつけられた頭と肩が痛む。
背筋が凍り、肺に空気が取り込めなくなり、目が震えた。
何よりも、ボールを投げれば出てくるであろうパモが──怖い。
「ヒッ……!! はぁっ、はぁっ、はぁ──ッ!!」
尻餅をついたイクサは──そのまま、過呼吸を起こしてしまっていた。
ポケモンが現れるのも、そして自分がポケモンを出すのも怖くなってしまっていた。
(殺される……殺されるッ……殺される……ッ)
「来るなっ、来るな来るなっ……!!」
「おいっ、どないしたんや!! おい──ッ!!」
「うちらがイクサ君保健室に連れてくから!」
すぐさまハッカとテマリがイクサに近付く。
だが、それですら襲ってくるポケモンに見えるイクサは、腕で顔を隠してしまう。
「や、やめてよ──ッ」
「大丈夫や!! 俺らや俺ら!! しっかりせぇ!!」
「……落ち着いて! 息! 息吐いて!」
「あかんなコレ……すまん! 俺ら抜けるわ!!」
過呼吸が止まらない彼を担ぎ、ハッカは保健室まで彼を運んでいく。
「養護教諭のベラドンナ先生は居ってはるん!? 友達が倒れてん!」
「急患や急患!! 頼むでホンマ!!」
「──先生は授業で居ないぞ」
現れたのは、気怠そうな目をした、浅黒い肌の女子生徒だった。
その腕章には「保健委員」と書かれている。
隣には、頭に花飾りをつけたようなポケモン・ドレディアが立っていた。
「ひぃっ……!!」
それを見てイクサは更に怖がり、逃げ出そうとする。
だが、それを見過ごさないと言わんばかりにドレディアが”やどりぎのタネ”で彼を拘束。
「──事情は察したぞ。離れてろ──ドレディア”ねむりごな”」
「ちちち、ちちちぷい」
【ドレディア はなかざりポケモン タイプ:草】
イクサの顔に思いっきり緑の粉末が吹きかけられる。
そして間もなく、彼はウソのように眠りについてしまうのだった。
「先ずは沈静させるのが一番だ」
「力技や……そんで、あんたは──誰やったっけ……?」
「会うのは初めてだな。あたしは2年のガーベラ。先生が居ない時は保険委員長の私が保健室の番をしているぞ」
【フリーザー寮2年生”保険委員長”ガーベラ】
「そうやったんか……なら、こいつ頼めるか、センパイ」
「何があった、と聞くまでもないか」
「知っとるんか!?」
「知ってるも何も、あたしは兄貴から転校生について大体の事は聞いてるぞ」
涼しい顔でガーベラは言った。
「兄貴って誰なんや?」
「……聞かなかったことにしろ。乙女の秘密は暴くモンじゃないぞ。それより、お前達はコイツに何があったか知りたいんじゃないか」
「聞いておこか。俺らはな、コイツのダチやねん」
「友達のピンチは放っておけへん……! 他人事にされたくないんよ!」
「青春だな」
人呼吸置いたガーベラは意を決したように話し出した。
「救出時、そいつの怪我は、焼かれた痕、殴打された後、念動力で関節を捻じ曲げられた痕跡。そして──電撃傷。見ていられない状態だったそうだぞ」
「……やっぱり」
「幾らラズに決闘で勝った転入生と言えど……格上の野生ポケモンには無力。野生ポケモンにルールはないぞ」
あの裂け目の奥で彼はポケモンに襲われたのだ、とハッカは確信した。
「そして、この時間……1年はバトル演習だ。大方、出てきたポケモンを見てパニクってそのまま……ってところだろ」
「大当たりや……」
「私はプロじゃないから断定はできないが……状況証拠だけで考えるなら、PTSD、心的外傷後ストレス障害、だろうな」
淡々とガーベラはイクサを担ぎ、そのままベッドに寝かせる。
眠っている彼は──魘されるような苦しい顔をしていた。
PTSDは、後天的に生死にかかわるような経験をしたことで、何かのきっかけにその体験をフラッシュバックさせてしまう精神疾患だ。
「因みに他人事じゃないぞ。お前達1年にはまだ無縁だが、2年以上はコース次第で危険度の高い迷宮での演習が始まる。兄貴曰く……そこで失敗し、トラウマを抱えてドロップアウトする生徒は居ないわけではないらしい」
そうは言っても、大抵は実力相応の難易度の迷宮だから何とか乗り越えられるようなものだが、とガーベラは付け加える。
しかしイクサはそうではなかった。この世界に来てズブの素人トレーナーから始めた彼が潜った初めての迷宮で、あの下層部はあまりにも危険かつ過酷な環境だったのである。
それを彼一人でどうにかするにはあまりにも力不足。そして、多くのポケモンに襲われたことが彼にはトラウマになってしまっていた。
「救出時のパモの状態からして、暴走は確実に起こったと思って良いぞ。あの下は危険度5相応のオシアス磁気が充満していた。レベルの低いポケモン……パモ様が短時間で狂暴化するのも無理はないぞ」
「……そんな経験したら、トラウマなるわ……うちの寮長も分かってたなら……」
「”大丈夫”だと本人が言ったんだろう。お前達もこうなるまで気付かなかった。きっと本人も……本気で、こうなるまで大丈夫と信じて疑わなかってなかった」
「ッ……」
「だが、人間
「うちらに何かできる事はあらへんの……?」
「落ち着いたら普段通りに接してやれ。それだけだ。難しい事は大人に任せておけばいいぞ」
「せやけどなぁ……」
「気持ちは分かるがオマエ達は授業に戻れ。後はあたしが担当する。心のケガも、立派なケガ。保健室と──病院の管轄だぞ」
あたしはそう言う資格の勉強もしてるからな、とガーベラは続けた。
「友達が心配なのは分かるが……世の中には自分の手が及ばない所がある。理解するんだな」
「なあ、センパイ。このままやとイクサは……ポケモンに触れなくなったりするんやろか」
「今の話を聞くと、既にその領域に片足突っ込んでるかもしれないな。うん」
眠るイクサの顔を覗き込みながら、ガーベラは頷く。
「こればかりは本人次第だ。どうなったって本人を責めることはできない。たった1回。そのたった1回で人間は簡単に壊れるんだぞ」