ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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──「ポケモン は 怖い生き物です!」


第10話:洗礼

 ※※※

 

 

 

 ──これはきっと、幼い日の夢だ。

 真っ白な画用紙にクレヨンで落書きをしていたあの頃の記憶だ。

 何にも縛られることなく自由に線を描いていく。

 絵本で見たポケモンの姿を思い出しながら。

 決して似てはいなかったが──それでも描ければ隣に彼らが居てくれるようで彼にとっては満足だった。

 

「あらぁー、何の絵を描いてるのぉ?」

「ぽけもんっ!」

「へぇー、何のポケモンっ?」

「ぴかちゅう! これが、ぱちりすで、これがころぼーしっ! これが──れっくうざっ!」

「イクサは、ポケモンが好きなのね!」

 

 幼いイクサは──屈託のない笑みで返した。

 ポケモンは一緒。ずっと一緒。いつも当たり前のように隣にいるものだった。

 そうであると彼は疑わない。何故ならば──

 

 

 

「うんっ、ぼく、ぽけもん、だいすきっ! だからずっといっしょ!」

 

 

 

 ──彼自身が、ポケモンを愛しているからだ。

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──あれから、十分程経過しただろうか。

 

 

「ッ……あ、いたたた……! 何処だよ、此処……」

「ぱもっ、ぱもぱもっ!!」

「あいだっ!?」

 

 バチバチと頬に電気が走り、イクサの意識は完全に覚醒する。

 パモが”でんきショック”で起こしてくれていたらしい。

 頭からは血が流れている。何処かでぶつけて切ったのだ。

 むしろこれだけの傷で助かった事にイクサは驚きを隠せない。

 彼は辺りを見回す。さっきまでの遺跡エリアとはまた違う、眩い鉱石の伸びた洞穴だ。

 そして、これまで探索してきたエリアとは比べ物にならないくらい広大に広がっているようだった。

 落ちてきた穴を探すと、イクサは溜息しか出てこなかった。穴は天井に開いている。此処からでは当然だが手が届かない。

 

(参ったな……助けが来るまで、此処を動かないべきなんだろうな)

 

 きっとテマリが先生に伝えに行ってくれているだろう、とイクサは信じ──その場に座り込む。

 

「ぱもっ、ぱもぱもっ!!」

「……どうしたの?」

「ぱも……」

 

 ぐいぐい、とパモが袖を引っ張る。

 イクサは背筋が凍り付いた。

 殺気だ。他の生き物からの殺気を強く感じる。

 それも1つや2つではなく、周囲全部からだ。

 天井には、こうもりポケモンのズバットがぶら下がり、こちらの方を向いている。超音波でこちらの位置を感知しているのだろう。

 そして、岩陰からは鋼の鎧に身を包んだ四足歩行の怪獣のようなコドラが威嚇しながら這い出てくる。

 更に間の悪いことに、鋭く大きな牙を持つドラゴン・オノンドも2匹ほど近付いてきている。

 

「すっごいっ!! オノンド……だ……」

 

 一瞬はしゃぎかけたイクサが喜んだのも最初のうちだった。

 いずれも縄張りを侵す侵入者を排するため、あるいは──こちらを捕食するために近付いてきているようだった。

 それだけではなく──どのポケモンも、目が青白く光っている。

 

(まさか……これが授業でやってた”オシアス磁気による暴走”……!? そうじゃなくても、ヤバい……!?)

 

「ッ……やばい、パモ様逃げるよ!」

「ぱもっ!!」

 

 これまで相対してきたポケモン達とは、力が桁違いであろうことは見れば一発で分かった。

 いずれも、こちらを見るなり容赦なく”ロックブラスト”や”りゅうのはどう”を放ち、後ろから攻撃してくる。

 足の遅いイクサは、それを避け切ることができず、岩の礫を背中に浴び、倒れ込み、そしてそこに龍気を受けて洞窟の壁まで撥ね飛ばされてしまった。

 

「がぁっ!?」

 

 そして倒れ込んできたところに、ズバット達が飛んで集ってくる。

 狙いは彼の首元。露出したそこに、小さな牙を突き立てるのだった。

 更に首を狙えなかった個体は彼の手に、そして足首に噛みつく。

 血管からどくどく、と何かが吸い取られていく感覚を彼は覚えた。

 力が抜けていく。ズバットは吸血性、他の生き物の血を吸って養分とするのだ。

 

「ぱもぉっ!!」

 

 だが、集ってきたパモが電撃ですぐさま彼らを追い払う。

 ズバットたちが退散してきたのが見えた彼は、起き上がろうとする。

 しかし次に見えた景色は、オノンドが牙を突き立てるべく迫ってくる光景だった。

 すぐさま身体を転がして躱すと、もたれていた壁が勢いよく壊れる。

 もしも一瞬遅ければどうなっていたかは想像に難くなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……!!」

 

 心拍数が跳ね上がる。

 パモの放つ電撃も、拳もオノンドには通用しないようだった。

 すぐさま彼はパモを肩に乗せたま逃げる。逃げる。逃げる。

 だが、後ろからオノンドが”りゅうのはどう”を放ち、再び地面に転がされてしまう。

 

「あっぐっ、いだだだだッ……!!」

 

 右足が膝まで火傷していた。

 高熱の龍気を浴びたことで、ズボンも焼け焦げていた。

 痛みが襲い掛かる。だが、それ以上に恐怖の方が強かった。

 逃げなければ──殺される。

 走っていると、大きな川が見えた。

 地下水の流れ道のようなものだろう、と考えて彼は迷いなく飛び込んだ。

 

(殺される……殺される殺される……ッ!!)

 

 服を着たまま彼は犬かきで対岸まで泳ぎ続ける。

 幸い、あの寸胴体型では泳ぎは得意でないのか、もうオノンドたちは追ってこなかった。

 そのまま命からがら彼は対岸まで泳ぎ切り、手を付いた。水が火傷した足に沁みて痛かった。

 

(あ、危なかった……危なかった……!! 殺されるかと……思った……ッ!!)

 

「ぱもっ、ぱもぉっ!?」

「ッ……!?」

 

 

 

「キィンキン」

「コォォォンキラァァン……ッ!!」

 

 

 

 金属の反響するような音が聞こえてくる。

 青銅の鏡のようなポケモン・ドーミラー、そして──それを従えるようにして巨大な銅鐸のポケモン・ドータクンが迫ってくる。

 

「あ、あ、ウソだろ……!?」

 

 無機質で表情が無い彼らだが、性質は非常に排他的。登場作品では大抵、出現地にわらわらと湧いて出てくる上に、縄張りに侵入した相手に対して容赦なく攻撃を加えてくる。

 小さい頃ゲームで、ドーミラーやドータクンと沢山エンカウントしてうざったい思いをしたものだが、まさか絶望することになるとは思わなかった。

 無理もない。ゲームならば「にげる」コマンドで終わりだが、現実にそんなものは無いのである。

 

「”にげる”……”にげる””にげる””にげる”──ッ!? どわぁっ!?」

 

【逃げられなかった!】

 

 彼らが目を光らせると、イクサの身体はふわりと浮かび上がり、そして一気に地面に叩きつけられる。

 相手を念動力で縛り付けて、相手の自由を奪って攻撃するエスパータイプの得意技”サイコキネシス”である。

 すぐさま主人の敵を電撃で追い払おうとするパモだったが、圧倒的な耐久力を誇るドーミラー一族に、効果抜群ですらない電撃が通用するはずもなかった。

 全く響くことなく、ゆっくりとだが追いかけてくる。

 よろよろと転げながらも、イクサはその場から逃げていく。

 ”サイケこうせん”が床を抉っていく中、彼は開いた洞穴に躊躇なく飛び込もうとする。

 しかし再び、身体が浮かび上がってしまい、元居た場所に引き戻されてしまった。

 そして、再び”サイコキネシス”で地面に叩きつけられてしまう。

 頭からは既に血が流れており、全身は青痣だらけだった。

 擦り傷だらけ、痣だらけで、這う這うの体で逃げ出そうとするイクサは、訳が分からないまま、その場から逃げ出した。

 

「何処だ? 何処かに安全な場所!! せめて、安全な場所だったら……ッ!!」

 

 足が痛い。

 腕が痛い。

 首が痛い。

 血があちこちから噴き出している。

 だがもう、足を止めることは許されなかった。

 足を止めればきっと追いつかれてしまう。

 気が付けば、大きな洞穴にイクサは飛び込んでいた。

 そして、その先にある大空洞で──足を止める。

 野生のポケモンの群れが、こちらを囲み、睨んでいる。

 コドラに、その進化前のココドラの群れだ。

 もう、これ以上に逃げる気力などイクサには無かった。

 体力も精も根も尽き果てていた。

 だが、それでも無抵抗で殺されるのは流石の彼も嫌だった。

 ボールを投げ、再びパモを繰り出す。

 絶望的な局面であることなど分かり切っている。だが、大好きなポケモンでも、囲まれて死ぬなんてゴメンだ。

 

「パ、パモ様……お願い……」

 

 腕から流れる血を抑え、彼は命じる。

 パモは──こくり、と頷くと飛び掛かってきたコドラから”マッハパンチ”で撃ち落とす。

 しかし、コドラの装甲は想像以上に分厚く、一撃では落とすことができない。

 すぐさま突進がパモを襲った。小さな体は撥ね飛ばされて壁に叩きつけられ、動かなくなる。

 そしてコドラは次にイクサに襲い掛かるのだった。

 勿論相手は鉄の塊、ぶつかればただではすまない。飛び退いて避けるだけだ。

 しかし、今度は周囲を小さなココドラたちが取り囲む。

 皆、目が青白く光っており、狂暴性が増している。

 

 

 

「ぱもぉっ!!」

 

 

 

 ──だが、それをパモが再び撃ち抜き、沈黙させた。

 リーダーが倒されたことで、ココドラたちは慌てふためき、逃げていく。

 叩きのめされていたはずなのにすぐに起き上がったパモに感心すら覚えた。

 だが、喜んでいられたのは最初の内だけだった。

 

 

 

「パ、パモ様……?」

 

 

 

 血の気が引いた。

 この一閃は決して状況を打開する希望などではなかった。

 むしろ、イクサにトドメを刺す為の最後の一押しだった。

 振り向いたパモの目は──他の野生ポケモンのように、青白く光っていた。

 

(ま、まさかこれって……!!)

 

 バチバチと閃光の音が鳴り響く。

 パモが頬を擦り合わせている。

 攻撃の態勢。未熟な電気袋から電気を解放するため、掌の発電器官と擦り合わる。

 そして、頬、掌両方から放つ電気で──敵を一気に焼き焦がす。

 更に、全身の筋肉は電気によって刺激されており、凶暴性は更に増している。

 原因など分かり切っていた。

 先の階層よりも遥かに濃厚なオシアス磁気は、パモを短時間で急速に侵食していたのである。

 本来ならば少しずつ慣らさなければならない磁気を一気に浴びたことが、狂暴化に至った最大の要因だ。

 その最大の本質は”野生帰り”。”おや”であるトレーナーの事すら忘れてしまうほどの回帰である。

 そして、磁気はポケモンの脳に直接作用することで、狂暴化及び、身体能力の強化をする。

 こうなってはもう、人の言う事など聞きはしない。

 

(パモ様、暴走したの──ッ!?)

 

 相手が主人であっても、容赦なく襲い掛かり、そして時には殺害してしまう。

 そのような事故は過去の迷宮探索で幾度となく起こったことだ。

 故に、本来は危険度に応じて、迷宮には制限時間が存在し、時には途中で帰還して磁気の浄化を行わなければならないとされているのだ。

 しかし、イクサに今回後戻りするという選択肢は与えられなかった。彼は、襲い掛かってくる格上のポケモンを前に、元の場所に戻るどころか進むしかなかった。

 その結果──最悪の事態が襲い掛かる。

 危険度の高い迷宮は、確実に獲物を絡めとる。迷い込んだ者に同士討ちという悲劇を以て、死を与えるのである。

 

「ぱもぉ」

 

 一度鳴いたかと思えば──パモは一気に距離を詰め、イクサの頬に掌をぶつける。

 衝撃。その後に激しい電撃が彼を襲った。

 スタンガンを脳に直接押し付けられたかと思った。

 

「パモ様──やめて。やめてよ。痛い……痛いよッ……」

 

 焦げ臭い匂いが漂ってくる。

 涙が、鼻水が、溢れている。

 生命の危機を前に、普段の冷静さなど、もう取り繕えなかった。

 呆けている間もなく二撃目がイクサを襲う。

 鉛の杖で殴られたかと思った。

 鈍い痛みが顎から響く。

 レモンによって鍛えられた体術が、電気によって筋肉を自己強化し放つ拳が、イクサを仕留める為に放たれる。

 意識を刈り取られた彼は、鼻血を流したまま、ぼんやりと襲い掛かってくるパモを見つめる事しかできなかった。

 こんなに小さな体なのに、人間を痛めつけるには十二分で。

 しかし、殺すにはあまりにも不十分な攻撃だった。

 また一撃。

 拳が彼を襲う。

 

「うっ、おえっ、お……ッ」

 

 また一撃。

 電撃が彼を焼く。

 ぐったりと倒れながら、甘んじてそれを受けるしかなかった。

 これが、迷宮で迷った者の末路。

 オシアス磁気に侵されたポケモンは狂暴化し、主人にすら襲い掛かる。

 もしも手持ちを一度に6匹連れて行こうものならば、それら全てが一斉に襲い掛かる。

 そんな先生の言葉を思い出した。

 だが、もう意味など無かった。

 

 

 

(死ぬんだ……死ぬんだ……手持ちに殺されて……死ぬんだ……)

 

 

 

 意識が薄れゆく中──イクサの頭の中に浮かぶのは、幼いころの記憶。

 ポケモンのアニメを見たこと。

 ゲームをしていたこと。

 ゲームを極めすぎて廃人になってしまったこと。  

 対戦ゲームのいろはを、人間観察のいろはを教えてくれた近所のお姉さんのこと。

 それが全部消えていく。泡沫のように消えていく。

 

(は、ははは、よくよく考えても、此処までうまくやったよ、僕は……ただのゲーマーが、ちょっと強いポケモンを持ったくらいで……この世界で上手くいくはずがなかったんだ)

 

 何処までいっても平凡で、何処までいっても脆弱で。

 此処まではきっと偶然で上手く乗り越えられただけにすぎない。

 そもそも彼にはこの世界に対して使命だとかを与えられてやってきたわけでも何でもない。

 ただただ、成り行きで迷い込んだだけに過ぎないのである。

 そして、只の迷い人に──この世界で生き残るだけの力などあるだろうか。無い。あるわけがない。

 ゲーマーが自分の知っているゲームの世界に飛ばされて、上手くいくはずがない。

 それでも上手くいってしまったので、彼は勘違いしてしまっていた。ひょっとして自分は大丈夫なのでないか、と。

 そんなはずはなかった。彼は殺せば死ぬ只の人間である。幾ら観察力があると言っても、此処まで戦えたのは「パモ様」が強かっただけで、彼はトレーナーとしてはズブの素人だ。

 

(そっかぁ……間違えていたのか僕……僕は、こんなにも弱くて……ポケモンはこんなにも強くて、恐ろしくて……)

 

 格上相手に勝つことが出来る力などありはしない。だからこうして蹂躙されるしかないのである。

 彼に一つ傲りがあったとするならば、ポケモンがポケモンである所以を忘れていた点だ。

 ポケモンとは──「ポケットモンスター」。ポケットの外では只のモンスター、即ち怪物だ。

 それがたとえどんなに小さくても、怪物であることには変わりなく、そこに例外はない。

 間違っても人間に「庇護される」ような生き物ではないのである。

 

 

 

 ──うんっ、ぼく、ぽけもんだいすきっ! だからずっといっしょ!

 

 

 

 ポケモンハ一緒。君ト一緒。ズット一緒。

 

 そんな声が頭に響き渡る。

 

 

 

 

「ぱもぉ」

 

 

 

 

 

 ──シヌ時マデトナリ。ズット一緒。

 

 

 パモの電撃を帯びた拳が──彼を捉えた。

 

 

 

「──ねむらせて(”さいみんじゅつ”)ッ!」

 

 

 

 何処かから声が聞こえてきた。

 トドメを見舞おうとしたパモの拳はそこで止まる。そして、電池が切れたようにそのまま倒れてしまうのだった。

 

「……誰……?」

「──」

 

 声がよく聞こえない。

 しかし、最後にイクサが見えたのは──褐色に焼けた少女特有の華奢な身体。

 そして顔を覆い隠している仮面だった。

 その傍には何かポケモンが居たようだったが、もうイクサは意識を保っていられなかった。

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