天と地と攻略第2回。
前回書いたように、このゲームは工画堂スタジオが開発しており、同社のシュヴァルツシルトのシステムがベースになっている。マップ上を色んな国の部隊が動く仕組みや、UI全般を使いまわしているのだろう。
そのUIに関して、「そこは引き継がなくていいよ…」と残念に思った部分がある。メニューやメッセージが下からニョイーンと出てくるのだ。各メニューやメッセージは、下段にある白っぽいウィンドウ内に表示されるんだけど、文字が下からニョイーンとスクロールしてくる。これが結構うざい。0.5秒とかそんなもんなんだろうけど、「一瞬で表示してくれや!」って思う。
一番きついのが、自分のコマンドを完了して、ターン処理を進めるところ。他の各部隊の行動が逐一表示されんだけど、これがまた「野戦を始めました」とか「掠奪しました」とかみたいなのが下からニョイーンと出てくる。ニョイーンが終わればクリックで飛ばせるんだけど、ニョイーンの間見てなきゃいけない。これがまた、多いんだよね、1ターンに処理される部隊の数…。そいつらが何かするたびにニョイーンを見させられるので、最終的には「うあああああ! もうニョイーンはいい! ニョイーンはやめて!!」ってなる。
工画堂スタジオの人達は、シュヴァルツシルトの時点でかったるくなかったのかなあ、この表示…。
とりあえず前回、最初の砦を攻めたところから、一瞬で各武将が討ち死にしてどうしようもなくなったので、退却させた。
今度は別の軍団で同じ砦に攻め込む。
うおお、また各部隊が総崩れになり、討ち死にする
なんでや…。なんでみんな触っただけで討ち死にするんや…。
前回は自分から退却したけど、今回は粘ってみた。
が、やはり武将が死にまくると統制を失い、敗走するようだ。
今度は更に別の軍団で挑む。
うおお、長尾景信討ち死に!!
この砦1個で何人死んだんや…。
ぐっ、芦名家にこちらの領地である新発田城を攻められた。
この時は軍団を配備していなかったので、自動戦闘というか、単に防御力を削られただけみたいな結果になった気がする。
うおっ。
武田信玄に城を奪われた小笠原長時が、春日山城に落ち延びてきた。息子の長隆を家中に加えて欲しいとの事。
小笠原長時と言えば、ジャレコの「武田信玄」の2面ボスだったな…。じゃあ仕方ない。受け入れるか。
次のターン、亜空間移動を使って新発田城に軍団を送り込んだので、芦名家の攻撃に対して能動的に反撃できる。
敵は雁行の陣を敷いているらしいが、こちらは何にするか聞かれた。うーむ、分からん。先日取り上げたソフトプランの「戦国最強軍団 信玄」とか、あるいはこの時期までの大半のSLGがそうなんだけど、何の陣を使うとどう有利なのかとか、この画面で書いて欲しいんだよね。説明書とかヘルプじゃなくてさ。
とりあえず戦闘開始。
まず「横槍武将」を選べというので何人か見繕って、残りは「よきにはからえ」にした。すると数人敵陣に乗り込んでいる。横槍武将が何をするものなのか分からない。名前からすると、多分どこかで戦闘中横から入ってくるんじゃないかと思うけど…分からない。私がプレイした感じ、横槍武将が何をしているのかさっぱり分からなかった。
あっ、本陣を取られた…。
多分だが、これ自軍の「本陣」という場所に武将を全く置いていなかったのが原因なんじゃないかなあ…。ちゃんと配置すべきだったか。
城での戦いに負けると、殿軍(しんがり)の武将を指定する事になる。いわゆる退き口という奴で、結構な確率で失敗し、その場合武将は討ち死にする。だから死ぬ覚悟で指定しないといけない。
ただ、退き口に成功するとその城での防衛戦をまだ続けられるらしい。多分。
次のターンでこちらから打って出たけど、その場で「統制を失い敗走」になった。
なんで…? なんでそんな一瞬で敗走するの??
…と思ったけど、これだいぶ進めてから、ネットの数少ない情報から理由が判明した。実は、敵陣の左備/中備/右備の中に最低1部隊置いていないと敗走するという仕組みだった。画面右上を見てもらえれば分かるように、こちらの武将は全て「横槍」の中に入っており、敵陣に1人もいない。この状態だとその瞬間に敗走するらしい。
全然分からなかった…。「統制を失い敗走」というメッセージから、「こういう事をしたからダメだった」という理由にたどり着けなかった。多分情報を仕入れなかったら永久に分からなかったと思う。
結局新発田城はまた無人になり、芦名家に奪われてしまう。
ぐぬぬ…。
おっ。宇佐美定満が出仕してきたぞ。
これは助かる…!
しかし、これがぬか喜びだという事に気づくのはだいぶ先の事だ。
歴史イベントが起きる。上杉定実が死んだ。
定実は越後上杉家の当主で、幕府から「越後守護代」の役を任ぜられていた。しかし定実には男子がいなかったので、越後守護代は景虎に譲られる事になった。
新発田城は落ちたが、過ぎた事を言っても仕方ない。会津城攻めのために、まずはその手前の砦を落とそう。
という事で攻めるが、また武将が討ち死にする。
これ、後で分かったけど、私は部隊の兵士数の見方が分かってなかったわ…。
例えば上の画面で、長尾景虎の下に「164/ 48」「161/194」って書いてあるけど、これはそれぞれ「統率値/混乱値」「戦闘値/兵数」となる。統率値と戦闘値はその武将のパラメータ。混乱値はちょっと説明が難しいけど、敵の攻撃を受けると兵士がどんどん混乱していく。これが統率値を越えると「総崩れ」になる。つまり統率値が高いほど混乱に対する耐久が強い。そして兵数がそのまんま兵士の数。これを見ると、景虎は194人もいるものの、例えばこの時点で黒川清実や本庄秀綱は2、北条高広で4しかいない。全然兵士が配備されていない。だからずっと一撃食らうごとに武将が討ち死にしていたのだ。
「そんなの、部隊の兵士数なんか最初にチェックしとくべきものじゃない?」って指摘されればその通り。私があまりにも迂闊過ぎた。それは認めるが、このゲームもこのゲームで、いわゆる徴兵とか募兵ってコマンドがないんだよね。もしあれば、「じゃあ兵士の少ない武将に割り当てようか…あれみんな少ないぞ」とかなったと思うんだけど、コマンド体系にそれがないから気づかなかった…。
ちなみに、兵士数の見方が分かった時点でも、兵士の増やし方はまだ分かっていなかった。
まあでも景虎の部隊が生き残り、何とか砦の防御力を削り続ける。
よっしゃああああ!!
ようやく砦を落とした。ここで何人の武将が命を落とした事か…。ひどい戦いだった…。
今度は村上義清が、武田信玄との戦いに敗れて長尾家にやってきた。
村上義清と言えば、ジャレコの武田信玄で3面ボスだったキャラだ。じゃあしょうがない。受け入れよう。
ここでいよいよ、武田晴信(信玄)が宣戦布告をしてくる。
本当はそうなる前に芦名家を倒したかった…。
よし、次の砦を落とすために、いよいよ「毘沙門堂」を使うか…。
上杉謙信(長尾景虎)が毘沙門天を信仰していたのは有名だと思うけど、それがゲームにも取り入れられている。毘沙門堂を使うと、景虎の寿命と引き換えに、第1軍団が一時的にパワーアップする。凄い仕組みだ。
これはターンごとの行動力のMAXである20消費しないといけないので、使うと他に何もできない。使った瞬間、第1軍団の戦術行動に移行し、そのターンでの攻撃時に寿命を削ったパワーを得る。従って、毘沙門堂を使ったターンで第1軍団が攻撃できる範囲に敵がいない場合、ただの寿命の削り損になる。この事は発動時にわざわざ注意される。ここだけやたら親切だ。
うおお、これが寿命と引き換えのパワーじゃあああ!!
ほぼ景虎個人軍と化しているが、とにかく砦をぶん殴っていく。
よし、勝った!
これで会津城へのルートが開けた。
(続く)
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