40年前の「日米口語表現辞典」を読んで当時の日本語を学ぼう
この記事はProjekto Babel Advent Calendar 2025の15日目の記事です。まだコスタリカは15日なのでセーフです。
手元に昭和61年・西暦1986年発行の『日米口語表現辞典』がある。「サバを読む」「スタイルがいい」「いい意味で」など、とっさに英訳しにくい口語表現を、50人ものインフォーマントに確認してまとめた労作だ。シチュエーションごとの自然な例文も素晴らしい。
しかし発行から40年近くが経ち、現代ではまず使われない日本語が「口語でよく使われる」として紹介されている点に時代を感じる。今回はあえてそうした「ひと昔前の日本語」を拾い上げ、当時の空気感と共に英語表現も学んでいきたい。
※一部に性的、不適切な表現を含みます。当時の雰囲気を尊重してそのまま引用します。
虻蜂取らずになるぜ
初っ端からそうそう聞かない表現が出てきた。「(1)は口語だけでなく文語でも現在は使われていない」とあり、日本語でも同じ状況になったんだなと思わされる。ところで、「二兎を追う者は一兎をも得ず」のほうが長ったらしいわりに市民権を得ているのはなぜだろう。
ガールフレンドがいるのにほかの娘を追いかけるなよ.虻蜂取らずになるぜ.
You have one friend.
(1) Don't start chasing after another. You'll fall between two stools.
(2) Don't chase after another. You'll lose both of them.
(3) Don't chase after another. You'll end up losing both of them.
追記:戦前戦後で「虻蜂取らず」と「二兎を追う~」がきれいに入れ替わっている。「二兎を追う~」は海外のことわざを和訳したものだから忌避されていた…?と思って調べたりもしたが、そう言い切るのは難しそう。国語の教科書の影響もあり得る。もうちょっと調べてみる。
ところで、この本は1986年発行だ。すでに「虻蜂取らず」は古い表現だったのでは?
イカス
「車の場合」「人の場合」それぞれ9通り、11通りの訳を与えたうえで「日本語のイカスというニュアンスはない」「いずれも日本語の『イカス』というパンチのきいたニュアンスは持っていない」と評している。今で言う「ヤバい」くらいの日常的な、ちょっとやんちゃな語彙であったことが伺える。この記事も40年後に読まれて勝手に伺われるのだろうか。
彼はイカス車を持っている.
He has
(1) a neat car.
(2) a nifty car.
(3) a sleek car.
(4) a slick car.
(5) a hot car.
(6) a swinging car.
(7) a cool car.
(8) a nice car.
(9) a fancy car.
同じ語の訳に"hot"と"cool"が登場してて面白い。
オールドミス
婚期を過ぎても未婚でいる女性を指す和製英語。この本を読むまで見たことも聞いたこともなかった。50年代に用例としてはピークを迎え、70年代に急減し、2000年頃に絶滅しているらしい(追記:ところで、この本は1986年発行だ)。最近、ドラマ「虎に翼」に登場してXのトレンドになった。
この本では、訳語の候補として"old maid", "spinster"を挙げ、見開き丸々使ってそれぞれのニュアンスを詳しく解説している。そんなに表現できないと困る語彙だったのかなあ。
ナウな所
「ナウい」は昭和の言い回しとして知っていたが、「ナウな」は聞いたことがなかった。
クリス: 六本木へ行こうよ.すばらしい所だって友達が言ってたよ.
Chris: Let's go to Roppongi. My friends said it's great.
フレッド: そう思わないね.ナウな所は新宿だよ.
Fred: I don't think so. I think Shinjuku is
(1) where the action is.
(2) where it's happening.
(3) where it's at.
(4) where it swings.
(5) where it's swings.
(6) a swinging place.
"where the action is"は歌にもなっている。脳内で「ナウな所」と変換しながら聴くと楽しい。
秘蔵っ子
本当に当時生きていた人しか出てこないような語彙でとてもいい。
ある口語辞典に fair-haired boy が決り文句として紹介されているが,まれにしか使われていない.(中略)正しくは下記のように言う。
スミスはヤンキースのコーチ陣の秘蔵っ子だ.
Smith is the Yankees' coaching staff's favorite.
ボインだね
「少年が話す場合」「成人が話す場合」と並列に、「公衆の前で話す場合」として客観的に「胸が大きい」と述べるシチュエーションを説明している。見出し語を「ボインだね」にしたのは、あくまで口語表現辞典であるという矜持からであろうか。
・少年が話す場合
彼女はボインだ.
She's
(1) stacked.
(2) top- heavy.
(3) got big boobs.
(4) got big tits.
・成人が話す場合
彼女はボインだ.
(1) She's stacked.
(2) She has big boobs.
(3) She's top-heavy.
(4) She's well endowed.
(5) She has a big bosom.
・公衆の前で話す場合
彼女は胸が大きい.
She has big breasts.
追記:80年代末に「巨乳」と入れ替わっている。ところでこの本は…
ポケットベル
特に言うことはないが、時代を感じたので引用する。
このポケットベルを持っていってくれ.ビーッという音が聞こえたら会社へ電話してくれ.
Take this pager [beeper, pocket beeper]. When you hear beeping, call the office.
ポルノ女優
ポルノ女優 porno queen
見出しのほかに porno star でもいいが、 porno actress は使われていない.ポルノ女優は裸の体を見せるだけで,深い芸術的演技が要求されていないので actress が使えない.
わざわざそんなこと解説しなくても…
どうも当時は本当にそういう考え方だったようだが、80年代頃からporno actressも容認され、90年代頃にはporn actressが優勢になった。近年はそもそもpornoという表現を避けてadult film actressが優勢だ。
追記:日本語でも同様の推移が見られた。NDL Ngram Viewer が英数大文字を受け付けないと分かるまで時間がかかった。
安普請の
知らない語彙だった。まず読めなかった。
やす‐ぶしん【安普請】
安い費用で家を建てること。また、そういう粗雑なつくりの家。
2000年から突然使われなくなっている(追記:他の語句で調べても2000年ごろに急減していることが多いので、データベースの都合だと思われる)。さっと調べる限り、当時の住宅着工件数は現在のおよそ倍らしい。
日本語の「安普請」は日常使われていて,誰でも知っている表現であるが,
そんな時代があったのか…
アメリカ口語英語としては cheaply built [made, constructed] である.
そのまんまだな。
おまけ
「見下す」の訳としてlook down uponのみが紹介されていたが、私はlook down onしか見たことがなかったのでNgramで確認した。
ところでこの本は…
特にオチやまとめもないですが、そろそろ書き上げないと地球上のどこにも12月15日のタイムゾーンが無くなってしまうのでこのあたりで投稿します。


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