中国籍の男が、建造物侵入容疑で現行犯逮捕された-。入社まもない記者に届いた一報は、その後、英語検定「TOEIC」の試験会場における小型無線マイクやイヤホンを用いた組織的不正という思わぬ方向に進展した。不正へのチェックが比較的甘い、日本の資格試験が狙われたことは世間の注目を集めたが、年の瀬が迫る今も、その全貌が見えてこない。
個人情報を偽り
私服警察官が息を潜めて待ち構える中、中国籍の京都大大学院生、王立坤被告(27)=有印私文書偽造・同行使罪で起訴、公判中=が顔をマスクで覆い、試験会場(東京・板橋区)に姿を現したのは5月18日のことだった。
「受験票を忘れた」
試験会場の受付で、こう訴える王被告。仮受験票に記入した氏名などの個人情報は偽りで、所持していた身分証とは異なるものだった。
「同じ顔写真を使い、別の名前で受験している受験者がいる」
警視庁は5月、TOEIC運営側から相談を受け、試験会場で警戒していた。現場で警察官が「なりすまし受験」であることを確認、正当な理由なく試験会場に侵入したとして、建造物侵入の疑いで現行犯逮捕した。
同じ住所で登録
捜査が進むにつれ、中国人らによる大規模な集団不正の構図が少しずつ浮き彫りとなっていった。
6月には、王被告が使用したのと同じ住所で43人が受験を申し込んでいたことが判明。郵便番号で受験生の会場が割り振られるシステムを悪用し、英語が堪能な王被告と解答を教えてもらう仲間が、一緒の会場で受験できるように画策していた。
事件の発覚を受け、TOEICの運営法人「国際ビジネスコミュニケーション協会」が調査したところ、不正に関与したとみられる受験者が令和5年5月~7年6月で計803人に上ることがわかった。
記者が驚いたのは、その巧妙な手口だ。王被告は、マスク内に隠した約7センチの小型マイクを用いて、他の受験者に解答を教えていたとみられる。警視庁は、王被告から解答を教わっていたとみられる中国籍の受験生の女性から、直径約3ミリのビーズ形のイヤホンを押収。「金属ビーズを耳の奥まで滑り込ませる」などと、機材の使い方を詳細に指南する動画の存在も明らかになった。
10月には、王被告を勧誘し、報酬を支払っていた「リクルーター役」の中国籍の男も逮捕された。王被告の携帯電話の解析などから、男が受験中に複数回、王被告に電話を掛けていたことが判明した。
月日を重ねるごとに、新たな事実が露呈し、底が見えない今回の事件。9月に始まった公判で、王被告は通訳を介し、「間違いありません」と起訴内容を認めたが、不正に関与した組織の全体像は明らかになっていない。
他山の石に
事件は、SNSでも注目を集めた。
「性善説では限界がある」「厳しく取り締まるべき」-。こうした意見も飛び交う中、TOEIC運営側は本人確認を厳格化するため、顔写真やICチップ搭載の本人確認書類を事前にオンラインで登録する「デジタル受験票」を来年9月までに導入する予定としている。
ただ、今回の不正は〝氷山の一角〟との見方もある。本人確認や監視の甘さは、同試験に限ったことではない。他の検定試験や能力試験の運営にも、「他山の石」として、類似事件の再発防止に努めてほしい。(佐藤侑歩)
◇
今年も首都東京でさまざまな出来事があった。記者が1年を振り返る。