世の中には不合理な慣習が多々あるが、勇気をもってそれを改める改革も必要だ。その一つが、医学部における教授選挙の在り方。奈良県立医科大学の理事長・学長である細井裕司氏は、派閥の利害や根回しに左右されるような選考方法を改め、大胆な改革を実行した。新刊『挑戦する人か、文句を言う人か 奈良医大7883日の奮闘と大改革』から、細井氏が教授選挙改革の経緯と意義を記していく。

『挑戦する人か、文句を言う人か 奈良医大7883日の奮闘と大改革』(日経BP)
『挑戦する人か、文句を言う人か 奈良医大7883日の奮闘と大改革』(日経BP)

従来の教授選挙の仕組みと問題点

 大学によって選考方法に違いはあるが、多くの大学ではまず、教授選考委員会が候補者を選んで教授会に推薦する。それを教授会で審議し、投票などによって議決した上で最終的に学長が採用を決定するという形をとっている。

 奈良医大でも、私が改革を手掛ける2014年以前は、同様の選考方法がとられていた。まず、約40人の教授会メンバーから7人の選考委員が選ばれる。そして、選考委員が候補者を3人以下に絞った上で、約1カ月後に開かれる教授会において無記名投票で教授を決定していた。

 選挙という方法は一見、民主的な制度に見えるかもしれない。しかし、企業社会でも国際的にも特異な方法である。私がこの選考方法を、不合理だと感じてきた理由をここに列挙したい。

1)選挙という方法の特異性

 奈良医大に限らず、多くの大学の医学部では教授が定年などで退職し、欠員が出ると、残っている教授で後任を選挙で選ぶことが常だった。

 一般企業で例えると、ある企業に40人の部長がいて、そのうち1人が退職した場合、残りの39人の部長が選挙で後任の部長を決めるということだ。企業や官庁などの人事において、部下や同僚が投票で管理職を決める例は世界的にもほとんど存在しない。

 何より選挙となると、選挙運動が本来の業績評価より優先される危険がある。小説『白い巨塔』(山崎豊子著/新潮社)に描かれたように、派閥が動き、根回しが横行するような事態がまったくないとは言い切れない。少なくとも、その余地は存在している。候補者本人の能力や業績よりも、「どこの(大学)出身か」「誰と親しいか」が一票を決めるのに重視されることもある。『白い巨塔』で描かれた世界は、あながちフィクションの世界だとは言えないのだ。

2)無に帰す選考委員会の努力

 もう一つの理由は、選考委員会による調査の努力が、十分に反映されない点だ。私自身も以前、教授選考委員を務めた経験がある。選考委員会では、公募や学内推薦で集めた教授候補者の業績や臨床能力を6カ月以上かけて丹念に調べ、厳密に評価する。しかし、奈良医大教授会に候補者を推薦する際には、選考委員会では評価をもとに順位付けされているにもかかわらず、その結果は教授会では報告されずに終わっていた。

 しかも、教授会の場で選考委員長の説明は短時間に限られていた。これでは長い時間をかけて十分議論され、精査した情報の大部分が生かされず、投票権を持つ教授たちに伝わることなく判断が下されるリスクが大きい。

3)専門外の一票

 すべての教授が、候補者の専門分野に精通しているわけではない。例えば眼科の教授選挙に内科、外科や基礎研究系の教授、英語や数学の教授も投票する。そのため力量を判断しかねることも多い。実際、私が選考委員をしていたとき、専門外の教授から「誰に投票したらよいか分からない」と言われたことがあった。

 判断できなければ棄権すべきだと思うが、選挙という方式をとっているので、ある候補を支援している教授の選挙活動により、頼まれた人に票を投じてしまうこともあり得る。選挙で本人が判断できないにもかかわらず投票すると、本質的な能力評価がゆがめられてしまう。

4)不思議な慣習

 相当数の大学の教授選考において、不思議な慣習がある。それは、教授候補者を公募した際に、応募者が2人程度と少人数であった場合、再公募が行われることが多いという点だ。  

 何十年も前から十分な数の候補者から選ぶことが慣習になってきたからだろう。最低5人ほどの候補者が集まらなければ選考を開始しないことがある。確かに、再公募で応募した人の中から選ばれる場合は、再公募を行った価値がある。だが、もし候補者が2人であっても、1人に教授として十分立派な力量があることが確認でき、かつ再公募してもそれ以上の候補者が得られないと判断すれば再公募の必要はない。候補者の人数が不足しているとの理由で再公募するのは合理性を欠き、時間の無駄と言える。

5)教授選考の情報漏洩

 私は他学の教授選考の過程を当該大学の人ではなく、第三者から聞くことが多々あった。教授選考の情報は比較的容易に漏洩していると感じていた。学会の懇親会などで他学の教授選考の経過が話題になることもあった。「ある大学の当該科で教授選考が行われている。応募者はすでに5人に絞られ、○○先生と△△先生は残っている」といった話題だ。大学の威信に関わる人事情報が外部に広まっていたのである。

 企業では、重要な人事情報が社内のみならず他社まで漏れる事態は許されるものではない。しかし、医学部の教授選挙は40人もの教授が人事に参加し、約1カ月もの間、選挙戦を繰り広げるのだから、漏洩を完全に防ぐのは困難となっていた。

教授改革に踏み切る

 こうした不合理を前に、私は教授選考方法の改革が必要だと確信した。追い風となったのは、14年の学校教育法改正だ。文部科学省は法改正だけでなく全国の大学にガバナンス改革を求め、国公私立約780校に対して、法の趣旨の徹底を指導していた。

 学校教育法改正の第一の趣旨は、「大学(短期大学を含む。以下同じ。)が、人材育成・イノベーションの拠点として、教育研究機能を最大限に発揮していくためには、学長のリーダーシップの下で、戦略的に大学を運営できるガバナンス体制を構築することが重要」とされ、主に学長の選考方法や副学長の職務内容、教授会の役割の明確化が目的だった。

 つまり、教授選挙の改革を示唆したものではなかったが、ガバナンス改革という考え方の中で教授選考の在り方にも合理性が求められると判断し、15年度において、独自に教授制度の改革に踏み切った。さらに以降も継続的な改善を加え、現在は次の方法で教授を選考している。

(1)教授会を決定機関から審議・意見聴取機関に改める

 教授会での無記名投票による選挙結果をもって選考決定としていた制度を改め、選考委員会が選考した結果に基づいて、教育研究審議会が審議し、その結果を基に学長が最終的な適否を判断する制度とした。この制度を開始してから選考委員会の結果が覆ったことはなかった。

(2)選考委員会は候補者の順位付けをして推薦。その評価を実質的な判断材料とする

 選考委員の調査を基に、選考委員会は候補者を3人以内に絞り込む。選ばれた候補者は、選考委員の前で業績などについて自身でプレゼンテーションをする。その後、選考委員が順位を付けた上で、教授全員による「意見聴取会議」(従来の教授会)で詳細に報告し、意見を聞く。

(3)意見聴取会議では、候補者について、各教授は異議の有無の意思表示をする

 意見聴取会議は2回行う。1回目の意見聴取会議では、選考委員長が選考委員会での審議経過を説明。その上で、提示した候補者について、教授からの意見を聞く。異議のある教授はその場で反対意見を述べるが、このとき、必ず理由を含めて説明をする。この反対意見を踏まえ、選考委員会で再検討する。

 2回目の意見聴取会議では、候補者のプレゼンテーションを行う。意見聴取のあと、選考委員会を開き、候補者を2人以内に絞る。2人の場合は順位を付けて意見聴取会議に諮る。

 原則として、意見聴取会議では無記名投票や匿名での意見陳述は一切できない。自分の意見として、また理由を述べて意見陳述することによって、議論の透明性が担保されるようになった。

(4)選考委員会は候補者を2人以内に絞り、学長面談を経て1人を選考する

 意見聴取会議の意見を踏まえ、選考委員会は教育研究審議会に2人以内に絞った候補者の順位を付けて推薦する。教育研究審議会は推薦された候補者について審議し、異議がなければ順位を付けた2人を学長に推薦する。選ばれた教授候補者は学長と面談を行い、学長が最適な教授候補者1人を決定する。

 これが教授選考の規定であるが、改革後、教授選考委員会による入念な調査と評価が事実上の決定要素となり、すべて1位の該当者が最終的に教授に選出されている。

 こうして、選考委員会での評価が選挙運動によって覆ることはなくなった。

 ではどうして意見聴取会議が必要なのだろうか。それは、教授にも選考に加わってほしいという思いともう一つ重要な役割がある。選考委員会のメンバーだけでは各候補者のマイナス情報が得られない場合があるからだ。多数の教授が選考に加わることにより、マイナス情報を入手しやすくなる。例えば、研究や診療で不正に関与した過去のある候補者などは、不適格として除外しなければならない。

 そこで、意見聴取会議の冒頭では、議長が文書を読み上げ、守秘義務を明示するとともに、候補者のマイナス情報があれば選考委員長に伝えるよう依頼している。意見聴取会議は、不適格者を除外するための仕組みでもある。

改革の意義と残された課題

 この選考委員会主体の改革によって、派閥による票集めや根回しといった不合理な要素で教授が選ばれる可能性はなくなった。さらに、これまで問題視されていた情報漏洩も解消された。大学として公正で透明性のある人事システムを構築できたことは、教育・研究の質を高めるために不可欠な基盤整備だったと考えている。

 しかし、課題がすべて解決されたわけではない。将来の奈良医大のためにあえてこれを書き残したい。

 教授選考委員会では、公募してきた人の業績や臨床能力を評価し、候補者を絞り込んでいる。次にその候補者を呼び、自身の研究・臨床業績のプレゼンテーションを行ってもらう。そうなると、当日のプレゼンの出来不出来が選考委員の順位付けに影響を与えてしまうことがある。プレゼンの技術は研究者にとって重要な要素だが、いくらでも訓練や場数で向上できるものだ。積み重ねてきた論文の数やインパクトファクター、科学研究費獲得の実績、手術や治療の実績などに勝るものではない。選考委員は、プレゼンの印象次第で評価が変わる影響について、よく理解した上で選考する必要がある。

 もう一つ考えなければならないことがある。この選考方式においても、公募することから始まる。しかし、公募に応募した人から選ぶ限り、あくまでも応募した人の中でベストの人を選んでいるに過ぎない。応募していない人の中により優れた候補者がいる可能性を排除している。本来は、大学が自らベストの候補者を見つけ出し、その方に奈良医大教授への就任をお願いするべきだろうと考えている。つまり、その分野で優れた人をリストアップし、最上位の人から順に就任をお願いするのがより良い方法だと思っている。この方法を「AIシステム医学融合イノベーションセンター」の教授選考に適用し、2人の教授が決定した。

奈良県立医科大学の細井裕司理事長・学長(撮影/水野浩志)
奈良県立医科大学の細井裕司理事長・学長(撮影/水野浩志)

部局長選考の改革

 私は、教授選考方法とともに、部局長選考方法も改革した。

 かつては、2人の副学長(医学部長、附属病院長)や部局長(研究部長、図書館長、看護学科長、教養教育部長、基礎教育部長、臨床教育部長、看護教育部長など)も別々の選挙で選ばれており、ここでも派閥の思惑が働く可能性があった。

 例えば、派閥の思惑が働くと、A派閥の人が学長選挙で選ばれた場合、1人の副学長(医学部長)は医学部長選挙でB派閥から選ばれ、もう一人の副学長(附属病院長)は附属病院長選挙でC派閥から選ばれるということが起こり得る。本来、適任かどうかを選ぶはずが、選挙になるとどの派閥に所属するかが優先されることもある。それはこの大きな組織の牽引力や判断力を弱めたりゆがめたりすることにつながっていくのだ。

 先に述べた通り、2014年の学校教育法改正において、文部科学省は全国の大学のガバナンス改革を推進し、世界の大学に負けない大学にするよう指導している。私は、奈良医大の副学長2人と部局長全員を、学長が指名する制度に改革した。その後、2人の副学長のうち、附属病院長は(2017年の医療法改正に伴う特定機能病院の病院長選考手続き改正に合わせて)病院長選考委員会で選任する形に改めたが、もう一人の副学長(医学部長)をはじめとする部局長は、学長が指名する制度を継続している。

 なお、私は、2つの観点から副学長と部局長を選んできた。一つは、本人の個別の能力である。それぞれその職責に適した知識と能力を要求される。もう一つは人間関係などその部署を統括する力である。

学長はどう選ばれるのか

 ちなみに、学長はどのように選ばれるのか。学長選考については、学長選考会議の案件であり、学長は関与していない。私は1期4年の3期目だが、奈良医大では、私が学長に就任する以前、並びに私の1期目については、教職員による選挙で学長が決定され、学長選考会議はその結果を追認している状態だった。

 これも教授選考と同様に不思議な制度である。社長を社員の投票で選んでいる企業はなかなかないだろう。なぜなら社員が選んだ社長ではガバナンスが利かないからである。一般社会にないものがなぜ大学だと当たり前のように選挙が行われていたのか。 恐らく慣習であろうが常々疑問に感じていた。

 これに対し、2014年に文部科学省は学校教育法を改正し、学長を選挙(人気投票)で選ばないように各大学を指導した。同年を機に学長の選出は、学長選考会議が責任をもって手掛けることとなった。選考会議は種々な要素を勘案して、約2カ月をかけて選考する。

 学長選考会議の委員は学外の有識者を含めた委員で構成される。具体的には、大学の教育研究審議会から4人、経営審議会から4人で構成され、半数以上が学外委員であることが規定された。これにより、私自身、2期目の2016年、3期目の2020年は、いずれも学長選考委員会による選考を経て再任されている。選考のプロセスには、業績評価だけでなく、面談や所信表明の講演なども含まれている。

 学長選考に際しては、現在もいくつかの大学では「意向投票」と称する選挙に似た投票方式が残っている。あくまで最終決定は選考委員会によるものだが、意向投票の結果を参考資料の一つとしている。こうなると、意向投票と学長選考会議が選んだ人との間に相違がある大学も少なからずあったようだ。

教育機関トップとしての役割

 教授選考制度の改革は、ただの手続きの見直しではない。大学の未来を左右する人事を無記名投票ではなく、エビデンスに基づいて評価することで、実力と人格で評価される人事を確立していく。

 私はこの改革によって奈良医大が健全な方向に進んだと信じている。だが、改革は一度で終わりではない。不断に見直し、改善し続けることで、国際的にも通用する大学としての地位を固めていかなければならない。それが、未来の医療を担う人材を育てる大学の責任である。

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