泰流社
はじめに
今回の記事は、98年に廃業した泰流社という出版社と、そこから出版されていた膨大な量のトンデモ語学書がメインとなります。
先日「まゆつばにもいろいろある」という記事を公開したので、関連して思い出したことをまとめました。
わざわざ昔のことを掘り起こしてブツクサ言うのもお行儀が良くないのですが、最近は随分と泰流社・戸部本の存在感が薄くなってきたように感じます。ひとりの好事家として「こういうことがあったんだよ」と文書にしておきますので、お暇なときにふーんと思っていただければ幸いです。
泰流社から刊行された本たち
今でもときどき古書店で、きちんと値段をつけられた泰流社の書籍を見かけることがあります。
例えば、蒲生礼一『ウルドゥー語入門』、日本イラン協会編『やさしいペルシア語』、飯森嘉助・黒柳恒夫『アラビア語入門』など。飯森・黒柳のアラビア語は、泰流社の廃業後に大学書林から再販されています(『現代アラビア語入門』)。少し珍しいものなら、土井久弥『ヒンディー語入門』、河底尚吾『ラテン語入門』『ギリシャ語入門』あたりでしょうか。そのほか、岩佐嘉親氏による一連のオーストロネシア語の入門書や、永島明子『ザイール・シャバ州のスワヒリ語』のようなフィールドワークの報告書を読み物風にしたものなど、学術的に貴重であったり、興味深かったりする本が多く出ていました。いずれも入門書としては古くなってしまったけれど、確かに学習者たちから支持された本があったのです。
これだけなら、泰流社はただの”倒産した出版社”で終わるはずでした。
伝説の始まり
1986年、戸部実之という著者の処女作『ウイグル語入門』が泰流社から出版されました。戸部氏は、テュルク語を専門とする研究者でも、中央アジア地域を専門とする歴史/社会学の研究者でもありません。
著作のプロフィールにはこうあります。
戸部実之(とべ・みゆき)
昭和9年、岐阜県生まれ
東京外国語大学英米学科卒業
NHK国際局報道部勤務
東海大学外国語研究センター教授
そしてこの後、泰流社が廃業するまで、実に87タイトルもの語学書を出版し続けるのです(この記事の末尾に、国会図書館に所蔵されている著作リストを載せておきます)。
ちなみに、勤務先の東海大学のサイトの教員紹介にはこうありました。
研究テーマ
1.日本語形成課程の研究
2.上代日本語・中世日本語・現代日本語の比較
3.オキナワ語との比較
関連分野
1.日本周辺諸言語との比較
2.英語とインド・ヨーロッパ語族の比較
何が問題か?
言論の自由がありますから、別に87タイトルの語学書を出版してもいいのです。問題はその無責任さと、それらが公共図書館に納本されている、という点です。
戸部氏の一連の本は、自分が勉強したときのノートを出版しちゃった、というものに過ぎません。量も質も不十分なのはもちろん、『入門』とありながら説明する姿勢は見えない。読者に何を伝えたいのか不明です。
一応、種本からの引き写し部分以外に、世界の言語の語頭子音の頻度を比較する、みたいなことを度々しているのですが、なんでそんなことをしているのか、分かりません。
くだらない本が出てしまったものはしょうがない。しかしこんな嘘だらけのいい加減な本が、(税金によって)全国の図書館に納入されているのには憤怒を覚えます。というのは、戸部の本、無内容なくせに1冊6000円とか9000円とかするんですよ。仮に著者からの献本であったとしても、嘘の塊ですから、百害あって一利なしです。
wikipediaで「戸部実之」をご覧になったことのある方は、角道正佳「戸部実之著『モンゴル語入門』における記述上の問題点」という論文があることもきっとご存じですよね。
さて、泰流社は98年に廃業していますので、これだけであれば私には何の関わりもなく終わっていたはずです。
ゾッキ本が大量に出回る
私が神保町古書店街に出没し始めた10年代の前半には、すでに廃業から丸々10年以上が経っていましたが、この時期に、戸部の語学書が大量に古書店に出回っていたのです。ゾッキ本ですから、読者アンケートのはがきもスリップも挟まったままです。
最初は、私も事情を知りませんでしたから、「ふーん、やっぱり専門的な本は高いんだな」ぐらいにしか思っていませんでした。同じ名前をたびたび見かけるのでいい加減気になってきた、ということです。
例:『実用ヘブライ語入門』
ここで実例をお目にかけましょう。
かつて水道橋(寄りに店舗があった頃)の新日本書籍で700円で買い求めた、『実用ヘブライ語入門』を取り上げます。定価は9000円。アンケートとスリップも挟まっていました。
以下は「はじめに」からの引用です。
ユダヤ人は、旧約聖書に見る通り、中東でも古い民族であるが、国を失っていた時代が長いので、世界各地に散財している。東欧のユダヤ人たちは、ヘブライ語の変種とも言えるイディッシュ語を話している。第二次世界大戦中、ヒットラーのナチズムにより、大虐殺が行われたことも、ソ連の詩人エフトシェンコの「バービィ・ヤール」で知った。イディッシュ語はドイツ語に近い。
この段落が何を言いたいのかもさっぱりですが、「ヘブライ語の変種とも言えるイディッシュ語」「イディッシュ語はドイツ語に近い」、この2文がわずか間に1文を隔てているだけなのもやばい。例えて言うなら、「中国語の変種とも言える日本語を話している」「日本語は琉球語に近い」とあるようなものです。イディッシュ語とドイツ語の関係を把握しているなら、なぜイディッシュ語をヘブライ語の変種と言えるのか。
というかですね、「東欧のユダヤ人たちは、ヘブライ語の変種とも言えるイディッシュ語を話している。」なんてさらっと書けちゃう厚かましさだよ。
肝心のヘブライ語は…
ヘブライ文字を習うのは、この後にして、先ず発音から入りたいと考えます。
この方針そのものは別にいいのですが、結局この本には1文字もヘブライ文字が出てきません。全てラテン文字転写です。『実用』と謳っていながら読み書きはできるようにならないということですね。
そして発音の解説に進みます。
ヘブライ語の母音(アイウエオ)には14種類あります。それをなるべく簡単に覚えたいと思います。
タイトルは実用とありますから、現代ヘブライ語を指しているはずです。それなのに、母音の数を14としている。これは聖書ヘブライ語で区別されている母音を数えた場合の数です(母音記号は13通りでカマツ・ガドールとカマツ・カタンを別に数えて14)。現代語は5母音体系です。そして笑ってしまうのは、本書の後のページでは、5母音で転写されているのです。いい加減ですね。
そして、次の文章をご覧ください。
近代ヘブライ語は、「旧約聖書」に書かれている古代ヘブライ語の直系子孫です。2,000年間も途絶えていた話し言葉が、今世紀初め、突然、復活したことは奇跡としか思われません。もちろん、古代ヘブライ語と全く同じというわけではありませんが、現代でもイスラエルではヘブライ語が話されています。ユダヤ人は、よほど記憶力がいいのでしょうか。ともかく、彼らは、外来語も積極的に取り入れて、現代ヘブライ語を形成しました。今日では、難しい科学の専門後から日常語まで、ヘブライ語にない言葉はないと言ってもよいでしょう。それでいて、基本的な構文は、古代ヘブライ語のまま保存されています。極めて、簡潔で明解であり、しかも意味深い言語です。
ここに戸部本のエッセンスが詰まっていて、つまり「無知」と「想像力のなさ」です。
まず根本的に、本当にある日突然、ヘブライ語が復活したとでも思っているのだとしたら、それこそ事件です。ベン=イェフダーのことを全く知らないまま書いているのがばればれです。
あとはインラインでやります。
>彼らは、外来語も積極的に取り入れて、現代ヘブライ語を形成しました。
:うーん、ヘブライ語アカデミーはどちらかと言えば慎重ではないか。
>今日では、難しい科学の専門後から日常語まで、
>ヘブライ語にない言葉はないと言ってもよいでしょう。
:仮にも一国の公用語となって久しく、母語とする世代がとっくに現れている言語に対してなんとも想像力のない言及ですね。
>基本的な構文は、古代ヘブライ語のまま保存されています。
:聖書ヘブライ語はVSO、現代ヘブライ語はSVOなんですがね……
>極めて、簡潔で明解であり、しかも意味深い言語です。
:この世には、冗長で晦渋で意味の浅い言語があると思っているのか?
この記事を書いている24年7月末時点では、手話を言語だと知らずに侮蔑的な偏見を表明し続けて炎上している弁護士が話題になっています(手話には時制も抽象名詞もないと考えている人物です)が、語学書を執筆している人物ですら、このような差別の萌芽となる考えを持っていることに、危機感を覚えます。
***
他に致命的な点を挙げるとするならば、動詞活用の説明です。表の形で挙げられているのが、ヘブライ語に7つある態のうちパアル態のみであるにもかかわらず、その後の文例集では他の態の動詞を含んでいる例文があります。”致命的”としたのは、「動詞の態は7つあり、以下の表に掲げるのは基本となるパアル態である」というような断り書きがないためです。これでは、あたかも動詞の活用が一通りしかないかのように誘導していることになります。
以上、『実用ヘブライ語入門』の問題点を初めの方のみですが挙げました。あとは推して知るべし。
『オキナワ語小辞典』
この本は、著者が取り憑かれている日本語の起源探し中に行われた勉強の成果(?)です。
オキナワ語は日本語である。オキナワ語は、今のところ、世界中に存在する3,000余りに(ママ)言語の中で、ただ一つ、我々の母国語である日本語と系統の同じ言語である。そう言うと、何故、オキナワ語と書くのか日本語とオキナワ語は、同じものではないのか、系統が同じとはどういうことかと質問を受けるかも知れない。
どのような立場からどのような視点を持って語るかによって、定義や用語が異なるのは当然です。が、この何が言いたいのか分からない前書きから始まる本書は、ひどいに尽きる。
この後、奄美方言、首里方言、八重山方言の語彙集がだらだらと載っているのですが、そもそも奄美、沖縄、八重山の各方言の音韻体系が異なることを一切説明していません。
奄美方言は恵原義盛『奄美の方言さんぽ1』『 同 2』から、首里方言は東条操・伊波普猷、八重山方言は宮良當壮の著作から引いてきたようですが、そもそも音価の説明もなく、引用に際して表記方法を統一したのかしてないのか説明もないのです。この時点でもう、この本に存在価値はありません。
っていうかですね、「第1部・奄美方言」のように部立てになっているんですが、比較を試みるならば、同じページ内に、共通語の見出し、奄美、首里、八重山方言の形を並列に書いてくれた方がずっと便利な訳なんですよ。そうすると、ますます、この本が何を目指しているのか分からない訳です。
戸部の言い分は;
勤務先であった東海大学のサイトに、戸部氏の書いた文章が載っていました。アーカイブされているので貼っておきます(これ、本記事執筆時点では、wikipediaにも載っていません)。
「シルクロードに心を求めて」
(東海大学開発工学部産学連絡協議会NEWSLETTER No.8)
……”ズブの素人”らしいです。
***
戸部本が何かの役に立つことがあるとすれば、開くたびに、間違いや誤解を招きそうな説明を指摘できる箇所が増えていくことですかね。成長を感じます。
戸部の著作リスト
これら以外に、名義が「泰流社編集部」となっている一連の単語帳があり、中身はどう見ても戸部本なんですよねぇ。面倒なので端折ります。誰かやってくれ。
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コメント
2戸部実之氏が泰流社から本を出し始めた頃、大学生だった私も、何だこりゃ?でした。私は語学マニア?で中学生の頃から大学書林の四週間シリーズなどでいろんな外国語を齧り始めましたが、当時ヒンディー語やウズベク語など貴重な教材でしたので、戸部氏の本を見た時は、大丈夫かこの会社?と思ったものです。
蛇足ですが、中津孝司著「アルバニア語入門」は、当時鎖国政策のため入国困難だったアルバニアではなくユーゴスラビア統治下のコソボに取材して書かれたもので、今となってはかえって希少な資料です。私は最近図書館で見つけてその事を知りました。戸部氏のトンデモ本を出してなかったら、惜しい語学本出版社が廃業したな、だったんですけどね。
ぽんた様 コメントありがとうございます。戸部本の草創期をご存知なのですね。
ここでは取り上げませんでしたが、中津『アルバニア語』、手元にあります。
ご指摘のように貴重な記録で、著者の慎重に書こうとしている姿勢はすばらしいのですが、
発音記号の抜け(ロングエスやシュワーの記号が出せずに空白になっている)が
あって、なんとももったない本ですね。