文学フリマ東京の感想を眺めて思うこと
文学フリマ東京の感想をSNSで見ていると、ここ数年、とくに会場が流通センターからビッグサイトに移って以降、似たような不満が目立つようになったように思います。
「会場が広くなりすぎて、私の作品が手に取られなくなった」
「プロが混じるのは違うと思う」
こういった声です。
もちろん気持ちは分かります。
会場が大きくなれば競争も増えますし、売れ行きが読めなくなる不安もあるでしょう。
ただ、その多くは言葉を選んで取り繕っているだけで、本質はもっと単純ではないかと感じています。
結局のところ、
「自分の作品が手に取ってもらえない」
「売れている人に嫉妬している」
ただその二点に尽きるのではないでしょうか。
文学フリマに出店する方々は、良くも悪くも「文章が書けてしまう」という特徴があります。
だからこそ、嫉妬や焦り、劣等感といった自分の本音を、もう少し高尚な「不満」のように見せかけることができます。
「会場が広すぎる」「文化が変わった」「プロの参入が……」など、もっともらしい言い方をすれば、あたかも個人的事情ではなく「構造的な問題」であるかのように書き換えることができます。
しかし、どれだけ飾っても、その文章の奥にあるのはごく素朴な感情なのかなぁと思います。
自分の本が売れなかった悔しさと、誰かが売れていることへの嫉妬。
それを認めたくないから、理由づけが複雑になり、文章が長くなるだけです。
もし本当に「規模が大きすぎる」と思うのであれば、東京以外の文学フリマに出ればいいだけです。
同じ文学フリマ地方は規模がコンパクトで、来場者との距離も近く、落ち着いたイベントが多いです。
プロと同じ空間にいたくないのであれば、プロ不在のイベントを選べばいいだけかと思います。選択肢はいくらでもあります。
それなのにSNSで延々と理由をこね続けるのは、単純に「負けた自分を正当化するための文章」を書いているだけなのかなぁと見ていてどうしても思ってしまいます。そして、その姿は少し格好悪いな、と私は思って眺めています。
来場者数が増えるのは喜ばしいことですし、ブースが増えるのも素晴らしいことじゃないですか。
「文章」という「漫画」「絵」に比べれば地味な分野で(優劣ではなく私の価値観です)3000ブース出展されたり、あれだけの来場者数が来るイベントと言うのは本当に貴重だと思います。
規模のせいにしても、プロのせいにしても、作品が突然売れるわけではありません。
ましてや、嫉妬を着飾った文章をSNSに投げたところで、それが読者を増やすことにはまず繋がらないと思います。
また、SNSがそんなネガティブなポストで溢れたら、新規の人の行く気持ちを削ぐだけだと思います。
やっぱり「楽しい場所だよ!来たことない人も足を運ぶと楽しいよ!文章を書きたくて仕方がない人がこれだけ集まってるんだよ!」というほうがやっぱりはたから見ていても気持ちがいいのではないでしょうか。
そんなお気持ちnoteでした。


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