最近のコミケは、前より一層気持ち悪い、とオタク編集者は考える【転売問題】
過激なタイトルになるし、オタクとしてこんなこと言い出すようになるとは思わなかったが、率直に思ったのがこのタイトル。どういうことか書いていきたい。
●本当に転売屋だけが悪いのだろうか?
年末開催のコミックマーケット107。50周年という記念すべき回なのに、リストバンド型参加証の大量転売で大炎上している。
12月6日の販売開始直後、「午前入場リストバンド」がアニメイト、メロンブックス、とらのあなで瞬殺。その後メルカリやヤフオクを覗いてみると、定価1,210円のリストバンドが4,000円から、酷いものだと1万2,000円超で転売されまくってる地獄絵図だ。
この結果、本来コミケに行きたかった一般参加者の手に渡らず、コミケに入場すらできないという状況になりかけている。この背景にはカタログ発売が1週間遅れて、カタログと一緒に買うつもりだったいつもの人たちが売り切れに気づかず買い逃すということもあり、こんな事態になった。
Xでは当然のごとく転売屋への憎しみと怒りの嵐だ。転売屋を罰しろ、ダフ屋行為に認定しろ、こんなことは『違法』である、頼む運営、チケットの『追加販売』をしてくれ……という署名まで立ち上がって、数日で数千人が賛同している。
この状況が、本当に気持ち悪い。
一般参加者が道義的非難としてこれを言うのはわかる。一方で、 コミックマーケットというファジーさの塊のような存在であることを考えたら、そんなこと運営は口が裂けても言えないでしょう。
実は、コミックマーケットのリストバンド転売は『違法行為』にあたらないのだ。そんな馬鹿なと思うかもしれない。でも本当なのだ。
その原因は全て「コミックマーケット」在り方そのものにある。
前置きしておくけど、転売ヤーが一番悪いのは当然だ。それはわかる。ただ、ここで終わらせるのも違う。この問題の根本としては、コミックマーケット準備会の運営姿勢そのものがあるんじゃないかと僕は思う。
彼らは公式で「転売禁止」というだけで、対策を全く立てられていないのだ。そして、現状の体制を維持するのであれば、おそらくこれからも立てられない。
なぜ「無記名式」という根本構造は変えようとしないのか。記名化や電子チケットという手もあるはずなのに。なぜなのか?
●「権利者の善意」へのタダ乗り構造
これも前置きしておくが、僕はコミケの功績は素晴らしいと思っている。1975年から続く世界最大の同人即売会で、「誰でも自由に表現できる場」を守り抜いてきた理念は本当に尊敬してる。約3,000人のボランティアスタッフがほぼ無給で1日数万~十数万人をさばくオペレーションも、コロナ禍を乗り越えて再開に漕ぎ着けた努力も、大変素晴らしいと思う。
ただ、一方で これだけ時代が進み、規模が大きくなってくる中で、チケット制や人の取りさばき、いわゆる外の部分の体制が強化されていき、しっかりとしてくる中で、みんなが目を背けているコミックマーケットの本質がある。それが、みんな大好き「権利問題」だ。
同人誌の大部分は二次創作——パロディ・ファンアート。オリジナルなジャンルも増えてきたものの、コミケの歴史上の大半は二次創作が占めている。そして、それは厳密に言えば著作権法違反だ。なぜそれが黙認されてきたか。出版社や企業といった権利者が「ファン活動だから」という建前を理解してきたからだ。「営利目的じゃないボランティアイベントだし、まあいいか」という、権利者側の善意と大人の事情でこの場は成り立ってる。
ここで最大の問題になるのが、「ファン活動」という理念を支えている「非営利性」だろう。非営利だからこそ、コミケに客はいない。みんなが参加者。
同人誌は販売ではなく頒布。コミックマーケットで大儲け? いやいや、そんなことはありませんよ。
という欺瞞は前から言われてたことではあるけど、僕はまだ見過ごせるレベルかなと思ってきた。ただ、最近はちょっと行き過ぎ始めている。それは運営そのものが、その「非営利」という理念から矛盾する行動を加速させているからだ。これが、僕が感じる「気持ち悪さ」の正体だと思っている。
「コミケは文化だ」と言う。でもその文化実態って、他人の褌で相撲を取って、それを見て見ぬふりをされて醸造された文化だ。
「黙認」は「許可・許諾」じゃないんだわ。ただ見逃されてるだけ。運営は「非営利・表現の自由」を盾にして権利者の財産権を無償利用し続け、自分たちは法的リスクを負わずにイベントを維持している。ここに僕はもう限界があると思う。
● 収支のブラックボックスと「有料化」の矛盾
この「権利者の善意へのタダ乗り」構造が、運営の不透明さをさらに助長してる。コミケ準備会は任意団体だから収支報告義務がない。でも、リストバンド販売だけで、一説に推定5億円超とも言われる収入が、どのように使われているのか?
完全にブラックボックスだ。実務は「有限会社コミケット」という別法人が回してるらしいが、準備会本体の透明性は皆無。「実費負担をお願いしてる」って運営は言うけど、その内訳が証明されたことはない。
有料化の歴史を振り返ると、この矛盾がさらに際立つ。
リストバンド制が始まったのは2019年夏のC96から。当初の理由は「東京オリンピックによる会場制約」と「セキュリティ強化」だった。それまで2018年まで、数十万人規模を「無料、カタログ購入は任意」でさばけてた実績がある。
その後、コロナで「感染対策費」を理由に有料化継続。でもコロナが5類移行、オリンピック終了。そして、開催2日間短縮した。
理論上会場費も減少したはずだ。
ところが、何の説明もなくしれーーっと「リストバンド有料化」だけが既成事実として残って続いている。Why?
会場費・安全対策費が高騰してる? だったら、収支公開するべきなのだ。
営利団体ではなく、クリーンなファン活動。しかし、リストバンドを運営が参加者全員に購入を義務付け。一時的とはいえ収入として手に入れているのであれば。2018年まで無料だったものが、なぜ「物理的に無料は不可能」になってしまったのか。
それは説明すべきじゃないのかい?
●C107の転売地獄は、コミケという存在の「中途半端さ」のツケ
今回のC107転売地獄は、この中途半端な体制が生んだ必然だと思っている。無記名だから誰でも簡単に買い占められる。「お一人様〇点まで」って言いつつ複数回並べば買えちゃうし、転売ヤーに数十枚確保される。結果、地方参加者や発売日ズレで出遅れた純粋な参加者が排除される。
50周年なのに一般参加者が減ればサークルの頒布数も減り、サークル参加辞退が増え、コミケ自体が縮小していく。一般参加者もサークル参加者も、みんなコミックマーケットからは離れていく。そんな悪循環がもう始まっている。
これを回避するためにはどうするか、方法はある。
それは「コミックマーケット準備会」の営利法人化、そして「コミックマーケット」を完全に営利的な興行として再定義するのだ。
そうすればどうなるか。「特定興行」として法的に認められ、チケット不正転売禁止法の保護対象になる。記名制や電子チケットも、法的根拠を持って強制できる。大量の参加者を「興行」の名目で法的に守ることができるし、収支も公開してクリーンな運営が実現できる。
もちろん従来は曖昧にしてきた問題も発生するだろう。権利企業にどれだけの使用料を払うのか、業界全体での包括契約をどう結ぶのか。
スタッフも「参加者」ではなくなるだろう。アルバイトや正社員として雇用する必要がある。コストも責任も今の比じゃない。
でも、それこそが今の規模でイベントを続け、「文化としてのコミケを守る」という覚悟じゃないのかい?
「非営利」の看板を守って転売野放し、権利者の善意にタダ乗りを続けるのか。それとも覚悟を決めて企業化し、法的にも道徳的にも堂々としたイベントにするのか。昭和や平成初期はそれでよかったよ。ただ、みんなの意識も注目度も状況も変わって、物価も上がり続けている現在。
何も枠組みも、在り方も変えずに、ただひたすら「コミケは文化だ! 守れ!」と言ってるだけだと、崩壊するのよ。今回の転売問題みたいに。
選択の時は、もう来ているよ。
よくある反論にも触れておく。
●コストが高騰していて、以前のような入場無料開催は無理
→その数字の根拠が示されていない。それは全て「収支非公開」が原因なんだ。つまり、「実費」かどうか検証できない。数億円収入が今の2日間開催に本当に必要なのか? 3日間開催で、2018年まで無料だったものが。
●企業化すると権利者の締め付けで文化終了
→これこそ「改革しないための言い訳」だ。そもそも現状のまま違法グレーゾーンにあぐらをかいてる方が、よほど「権利者の気分次第で即終了」リスクが高い。そして権利者を気にする一方で、参加者たちの保護は後回しになっていく。一方の権利にタダ乗りしながら「自分たちは保護してくれ」は甘すぎる。
●リストバンドを電子チケットにできない。通信障害が怖い
→リスク過大評価しすぎ。数万人規模のライブやスポーツイベントで、QRコード+SMS認証なんて当たり前に実装されてる。障害時は紙バックアップ用意すればいいだけ。技術的に不可能じゃなく、コストと手間を惜しんでいる。なぜかって? それが、「ファン活動」の理念の限界なんだよ。フェスやイベントなど興行なら手はもっと打てるのだ。
●コミケを守りたいなら、覚悟を決めろ
本当にコミケを守りたいなら、運営に残された道は二つしかない。
●完全な「企業化」
スタッフに正当な給料払い、収支公開し、営利団体として運営。必要に応じて権利者と正式協議して包括許諾契約結び、使用料還元する仕組み作る。締め付けリスクはあるが、業界全体でルール作れば持続可能。
それが嫌なら……
●リストバンド廃止、「無料・抽選制」復帰
収入は減るが「非営利」に嘘偽りなし。事前登録抽選なら転売の旨味もなくなるし、「誰でも参加できる」理念にも立ち戻れる。ただ、今の規模は維持できなくなるかもしれない。でも、ファンの活動を無理して拡大する必要はないのだ。
今のコミケ運営は、どちらも選ばず中途半端に「非営利」面して権利関係には目をつぶり、一方でリストバンドという集金システムだけは維持してる。
参加者には金とマナーを要求しつつ、運営責任・説明責任・法遵守は「ボランティアだから」って逃げる。虫が良すぎるでしょ。
●リストバンドで転売問題で、コミケ側の手足を縛ってるのは運営自身
誤解なきように、最後にもう一度まとめる。
なぜコミケは転売対策を本気でできないのか? 法的な理由がある。
2019年施行の「チケット不正転売禁止法」は、営利目的の「特定興行」のチケットを対象にしている。ライブやスポーツイベントなど、企業が利益追求目的で開催する興行だ。ところがコミケは「非営利のボランティアイベント」を標榜しているため、この法律の保護対象外と判断されてしまう。
つまり、「非営利」を主張することで、運営は自ら転売規制の法的保護を放棄しているんだ。
企業化すれば「特定興行」として転売を法的に規制できる。記名制や電子チケット導入も、法的根拠を持って強制できる。でも運営は「非営利」の看板を守るために、その道を選ばない。
結果、転売ヤーは野放し。公式サイトと規約で「転売禁止です」と繰り返すだけ。そこから先、法的強制力を持った対策は打てない。
これも「中途半端な立場」が生んだ矛盾だ。
そして、二次創作の問題も同じ構造にある。「非営利」だからこそ権利者が黙認してくれている。でも逆に言えば、その「非営利」の看板が、転売対策の足かせになってる。
運営は「非営利」という立場を都合よく使い分けてる。権利関係では「非営利だから許して」、収入面では「実費負担だから仕方ない」、転売対策では「法的保護がないから限界がある」。
この三重の甘えを感じるからこそ、僕は今のコミケがよりいっそう気持ち悪いと感じるのだ。本気で転売を止めたいなら、まず自分たちの立場を明確にするしかない。企業化して法的保護を得るか、完全無料化して転売の旨味をなくすか。中途半端なまま「転売ヤー許せない」と一般参加者は叫んでも、運営は言えない。説得力がないのだ。
最後になるけど、僕はコミケは大好きだ。あの空気と高揚感は、世界に誇れる文化だと思ってる。だからこそ、50年前のアマチュアリズムを隠れ蓑にして巨大イベントの責任から逃げ続ける今の構造は、いい加減見直したほうがいいのだ。
転売ヤーも憎いが、それを対策できないのは本当の敵は時代の変化に対応しようとしないことこそが原因だと思っている。
開催直前の今こそ変わるタイミングだ。Xで声を上げるのもいい、公式に意見送るのもいい。この欺瞞を放置すれば参加者は愛想を尽かし、コミケは遠からず消滅するという危惧を持っている。
50周年のその先もコミケを続けたいなら、そろそろ動くべきだ。



主旨とは違いますが、 「無料入場&カタログ任意」の時代には警備費などの費用は「サークル参加費」として サークル参加者が負担していた部分もあるため (リストバンド入場システムによって徹夜組対策+サークル参加費もかなり値下げされ、 サークル入場側としては有難かったです)ので 2018年ま…
お読みいただきまして、またコメント頂きまして、ありがとうございます! サークル参加費についてはリストバンド以降、値下げになっていたことは見落しておりました。リストバンド制によって受益者負担が分散され、サークル側の負担感や徹夜組問題が改善されたことは、間違いなく評価されるべき点だと…
私はコミケを「コロナ禍前」の2019年の冬コミをもって撤退しましたが、あまりに商業主義に走りすぎ「同じ嗜好のもの通しの会話」が完全に無くなったため、こんなモノでは本当に行く気が失せた、とうんざりしたためにコロナ禍前に完全撤退を決めました。 最近の他の同人誌即売会はどうなっているの…
正直、以前から一部の大手サークルがグッズ中心で利益を追求するような面はありましたね……ただ、当時はまだ参加者の一部で、運営まではそこまで目立っていなかったように思います。今では、ついに運営そのものが商業主義に走り始めてしまいました。 今は書店委託や電子書籍も充実していますし、趣…