ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】   作:タク@DMP

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CC26話:墨

 ※※※

 

 

 

 ──羽ばたけば大風が巻き起こり、札をばら撒けば周囲の物を爆破していく。

 水墨画を守護するアーマーガアとフーディンは、ギガオーライズこそしていなくとも、齎す被害は甚大だ。ポケモンという生物が本気を出して人間へ牙を剥けばどうなるかを、この日人々は再び思い出す。おまけに、それは絵画から現れた災禍の再現。情けも容赦も存在しない。

 だが、災禍と言えど、横から飛んでくる”大声”には怯むしかない。

 ハイパーボイス、それも妖精の祝福を受けたそれはサイゴクに巣食う災禍そのものである二匹に大ダメージを与えるには十二分なものだった。

 更にその背後からアーマーガアとフーディンを大槌が殴り飛ばす。

 奇襲は成功だ。

 

「ッ……フィッキュルルィィィ!!」

「カヌヌ!!」

 

 悪タイプにはフェアリータイプをぶつけよ。タイプ相性で有利を取ることはバトルの鉄則だ。

 ニンフィアとデカヌチャンは、普段の不仲っぷりが嘘のように並び立ち、勝鬨の声を上げるのだった。

 さながら彼女達は生ける暴力装置、災禍を抑えるならばこれ以上ない人選──ならぬポケ選である。

 

「百鬼夜行だか何だか知らねえが、その絵を壊せば全部解決なんだろ! 壊すならこれ以上ない面子を揃えて来たぜ、覚悟は良いか!」

「……怖くない。怖くない──タマズサとアルネの居ないお前達なんて!! デカヌチャン、”ひかりのかべ”!!」

「──それを盾に突っ込めニンフィア!! もう一回”ハイパーボイス”だ!!」

 

 この戦いで最も脅威となるのは、大量の起爆札で見境なく周囲の物を爆破するフーディン。適任は特殊技の威力を軽減する”ひかりのかべ”、そして特殊防御力の高いニンフィアだ。

 デカヌチャンが一歩後ろからサポートを行い、ニンフィアが前線にガンガン出て敵を攻撃する。一見ミスマッチな配置だが、技構成と当人たちの戦闘適正を考えるとこれが最適解なのである。

 現に、周囲に展開された”ひかりのかべ”によって起爆札が爆発してもニンフィアは煤が付くだけで全くダメージを受けていないようであった。

 そして、ニンフィアは再び喉を大きく震わせて、爆音で二匹を攻撃しようとする。だが、それを野放しにする敵ではない。

 アーマーガアは全身を硬化させ、全身を弾丸のように捻りを加えながら一直線にニンフィアに突っ込む。

 

【アーマーガアの アイアンヘッド!!】

 

 ハイパーボイスの射出が一歩遅れた。

 アーマーガアの効果抜群の一撃がニンフィアに突き刺さる。

 その小さな体は撥ね飛ばされ、メグルの足元に転がってくるのだった。

 効果は抜群。しかし、彼女の闘気が消えることは無い。

 

「──あ、危なかった、直前でリフレクターを展開していなかったら、ヤバかったかも……!!」

「アイヘの怯み引いたってところか? 素早さはあいつの方が速いはずだし、上から殴られ続けるのは嫌だな」

「フィー……ッ!!」

「カヌヌ」

 

 貸しだからな、と言わんばかりにデカヌチャンがニンフィアに手を差し伸べる。

 それをリボンで払い除けると再び彼女は突撃の準備に入る。

 しかし、この隙に再びフーディンは周囲に大量の起爆札を浮かべ、それをメグル達目掛けて飛ばすのだった。

 

【フーディンの しきがみらんぶ!!】

 

 起爆札はフーディンのサイコパワーで操作され、ニンフィアとデカヌチャン目掛けて追いかけていく。

 

「”めいそう”して受け止めろニンフィア!!」

「ふぃるふぃー!!」

 

 特殊防御力を更に上昇させ、飛んでくる起爆札を真っ向から受け止めるニンフィア。

 ひかりのかべで威力が軽減されていることもあり、爆発も爆風も熱も全く痛手となっていない。

 

「でも、攻撃しようとしたらアーマーガアの餌食……か」

 

(ま、野良戦でダブルの知識もへったくれもあったもんじゃねえと思うけど!!)

 

「しかも、こっちにデカヌチャンが居るのに、あのアーマーガア、全くビビってる様子がねえな。絵の中のポケモンだからか?」

「多分ね。タマズサのアーマーガアは遠巻きにデカヌチャンが見えただけであのビビりようだったから……」

「あのアーマーガアがパチモンであることがよーくわかるな……」

 

 偽物。 

 紛い物。

 ミッシング・アイランドの事件で幾度となく突きつけられた事象だ。

 彼らは描かれた絵の墨から生まれた存在であり、本質的には本物の行動をエミュートしただけの偽者でしかない。

 だが、それは今回かなりメグル達にとっては悪い形で働いている。

 あのアーマーガアは、最大の弱点だったデカヌチャンへの根源的恐怖を克服しているのである。

 そのため、生態系上絶対強者である自らの力を、デカヌチャンが居ようが振るってくる。

 とはいえ、ギガオーライズが無いので、それでもタマズサのアーマーガアに比べれば圧倒的に有情ではあるのだが。

 

「どうにかして、絵画をフーディンから奪い取らなきゃだけど……!!」

「アーマーガアをどうにかしない限り、どうしようもねぇ……!!」

 

 ご丁寧に二匹揃って向かってきてくれるのが救いではある。これでフーディンにだけ逃げられた日には途方に暮れるしかない。

 救いではあるのだが、二匹共戦闘能力が高い。貼り付くなり爆発する札を大量に展開するフーディン、そしてフィジカルオバケのアーマーガア。

 性能は正反対だが、非常に噛み合いが良い。流石、仮にも夫婦が使っていたエースポケモンである。テング団との戦いのときに、二匹まとめて相手する機会が無くて良かったと思うのだった。

 だが、こっちはこっちで絵が存在する限り延々と復活し続けるのであるが。

 宙に大量に浮かぶ起爆札。それを眺めながら二人は歯噛みする。

 このままでは、絵を奪うどころか逆にこちらが蹂躙されて終わりだ。

 しばらく、考え込むような顔をしていたアルカだったが──何かを思いついたようにメグルに耳打ちした。

 

「……ねえ、1つ考えがあるんだけど」

「どうするんだ? 俺はもうオオワザをブッ放すくらいしか手が無いと思ってるけど」

「ダメだよ! 此処は市街地、オオワザなんて撃った日には大変なことになる、家とかに被害が出たらどうすんのさ」

「それもそうか……じゃあどうする?」

「役割を入れ替えるんだ。デカヌチャンだって、アタッカーとしての性能はニンフィアに負けてない。デカヌチャンがもっと前に出る」

「……成程な。デカヌチャンの方がニンフィアよりも素早い、アーマーガアの動きには対応できる、か!」

「うん。それにニンフィアには、オオワザに頼らない必殺技があるでしょ?」

「……ある。あるなあ、ちと時間がかかるし、外したら致命的なんだが──オオワザよりかはマシそうだ」

「ボクと──デカヌチャンを信じてくれる?」

 

 そう問いかけるアルカ。

 答えは決まっている。

 今度はメグルが彼女の手を握り締めた。

 ぼんっ、と爆ぜたように彼女の頬が赤くなっていく。

 

「信じてるし──愛してるぜ、アルカ」

「バ、バカッ!! 今言ってる場合じゃないでしょ!? からかわないでよ!!」

「からかってなんてない。こないだの事を思い出した。人間、言えるうちに言いたい事言っとかないとな、って!」

「い、良いから、さっさとやれーッ!!」

「はいはい──ニンフィア、行けるなッ!」

「……フィー!!」

 

 再びニンフィアは飛び出す。

 狙いはフーディン、ただ一匹だ。

 自分に殺気が向いていることはフーディンも分かったのか、すぐさま宙に浮かせた無数の起爆札を大量に飛ばす。

 だが、ハンマーを後ろから飛んできて、ブーメランのように弧状の軌道を描いたかと思えば、起爆札はまとめて先に爆破されてしまう。

 後ろから走ってくるデカヌチャンだ。

 返ってきたハンマーを手に取ると、豪快な笑みを浮かべながらそのままフーディンに向かって走り続ける。

 ……重さ100kg近い重量物を抱えたまま。

 今度はデカヌチャンに狙いを定め、起爆札を大量に貼り付けたフーディンだったが──爆炎の中から平然とした顔でターミネーター妖精は飛び出してくる。

 その日、ポケモン廃人は思い出した。

 フェアリー/鋼ないし鋼/フェアリーというタイプの時点で、この世界の生態系に於いては圧倒的強者で、生物としての強度も桁違いなのだと。

 

「ガァーッ!!」

 

 だが、デカヌチャンを上空から狙うのはアーマーガアだ。

 全身を再び鋼のように硬化させて、宙返りすると思いっきりすっ飛んでくる。

 本物のアーマーガアからは考えられない行動である。

 強烈なアイアンヘッドによる一撃が襲い掛かるが、今度はそれを跳んで避けてみせる。

 地面には巨大なクレーターが空いたものの、当たらなければ意味が無いのである。

 しかし突っ込んできたアーマーガアは、今度は狙いを後ろで力を溜めているニンフィアに定め、突っ込もうとする。

 

「デカヌチャン、”でんじは”!!」

 

 微弱な電気が放たれ、アーマーガアの身体を覆い、その動きを一気に鈍らせる。

 今度は念動力を放ってニンフィアを邪魔しようとするフーディン。幾ら強力な技と言えど、使われる前に妨害すれば問題ない。

 だが、デカヌチャンは地面をハンマーで砕くと、衝撃で浮かび上がったアスファルトの破片をハンマーで思いっきりカチ上げる。

 狙いは正確無比。宙に浮かぶフーディン──ではなく、その小脇に抱えられた水墨画だ。

 しかしすぐさまフーディンも自らの身体に障壁を展開して飛んできたそれを弾き返した。

 跳ね返ってきた破片は、サイコパワーを纏って形状が尖っていき、リフレクターをも貫いてデカヌチャンの腕に、そして脚に突き刺さり──鮮血を吹き出させる。

 

「カヌ!?」

「ッ……デカヌチャン!!」

「カ、ヌ……!?」

 

 がくり、と膝を突くデカヌチャン。

 くしくも今まで彼女達の種族がアーマーガアにやってきたことが跳ね返ってきた形となる。

 だが、それが良くなかった。ニンフィアを止められる者が誰も居ない。

 

「フィッキュルルィィィィーッ!!」

 

 電磁波で麻痺したことで、アーマーガアがニンフィアに飛び掛かるにはあまりにも時間が足りなかった。

 ニンフィアは既に、高圧縮したエネルギーを口の中に溜め込んでおり、狙いを付けていた。

 ただし狙いは目の前のアーマーガアではなく、宙に浮いているフーディンだ。

 念動力を邪魔され、更に防御のためのリソースもデカヌチャンの攻撃に割いてしまった。

 もう、ニンフィアの放つ攻撃を防ぐ手段が無い。

 

 

 

「”はかいこうせん”!!」

 

 

 

 光が到達するのは一瞬。

 妖精の加護が乗せられた閃光がフーディンの身体を消し飛ばした。

 だがそれでも最後の抵抗か、絵画は上空に投げ上げられて、落ちていく。

 しかしニンフィアは技の反動で動くことができず、半ば気絶状態だ。

 そしてデカヌチャンも、先のダメージが想像以上に大きく、動ける状態ではない。

 動けるのはメグルとアルカの二人だけだ。

 

「アルカ! デカヌチャンの方に行け!!」

「で、でも──」

「自分のポケモンを優先しろ! 俺が絵を壊す!」

「う、うんっ……!」

「後はコイツをぶっ壊すだけ──ッ!!」

 

 落ちた水墨画からは相も変わらず黒い墨が漏れ出し続けており、手にすれば悍ましさが伝わってくる程だ。

 漸くメグルはアルカの気持ちが分かった気がした。

 此処まで来ると、ヒャッキの民でなくとも、絵の恐ろしさが伝わってくる。

 それどころか、溢れ出て来る墨がメグルの身体を蝕むように包み込んで来る。

 

「どんな気持ちでこんな絵を描いたんだよ、セツゲツカ……ッ!!」

 

 体中が絵を離せと警告を告げるようだった。

 背筋が凍り付くようだった。

 それでも、これを壊さない限り絵に纏わる呪いは消えることがない。

 何より──彼女の抱える因縁が消える事も無い。

 

「百鬼夜行だか何だか知らねえが、もう二度と──蘇るんじゃねえ!!」

 

 思いっきり絵をメグルは蹴破る。

 ぴたり、とそこで溢れ出ていた墨は止まる。

 アーマーガアの姿も──消え失せる。

 再生しかけていたフーディンも、完全に消滅していく。

 止まった。終わったのだ、とメグルは力が抜けて尻からへたり込んでしまう。

 

「……な、何とかなったか……」

「メグルーっ!!」

 

 駆け寄ってくるアルカ。

 思わずメグルも手を振った。

 目の前には、蹴破られて穴が開いた水墨画が横たわっていた。

 

「良かった、本当に良かっ──」

 

 そこまで言いかけて、ぴたり、とアルカは足を止めた。

 それも恐怖に満ちた表情で。

 

「ッダメだメグル!! まだ終わってない!! 逃げて!!」

「えっ──」

 

 穴の開いた水墨画から突如、再び墨が大量に溢れ出してくる。

 そして、メグルの身体を飲み込むようにして包み込む。 

 さながら、彼を新しい宿主として取り込んでいくようだった。

 だが、それだけではなく、墨を通して、メグルの身体には針で刺し貫いたような激痛が走り、更に墨の持つ妖気が彼の心をも浸食していく。

 海の中に沈められたかのように息が出来ず、墨はどんどん彼を飲み込んでいく。

 

「もがっ──クソッ、こいつ、まだ──ッ!!」

「……ふぃっ!?」

 

 漸くはかいこうせんの反動から解放されたニンフィアだったが、次の瞬間彼女の目に見えたのは、主人が黒い墨に飲み込まれている姿だった。

 すぐさま技を放とうとするが、それでは主人も諸共に傷つけてしまう事に彼女は気付き、取りやめる。

 打つ手がない。力でも技でもどうにもならない。

 絶望に打ちひしがれ、ニンフィアは尻込みしてしまう。

 

「ッ……!! くっそ……どうしようも、ねぇのか……!?」

 

 何とか払い除けようとするが、墨の祟りは人の力でどうにかなる範疇を超えていた。

 それどころか、黒い塊のようなものが脳裏を覆っていく。

 自分の思考が何かに塗り潰されていくのをメグルは感じ取っていく。

 人間には理解できない、恐ろしいものに掻き消され、自分というものが消えていく。

 

(ダ、メ、だ──どうにも──クソッ、せめてこいつらは逃がさないと……!!)

 

 メグルはボールに手を伸ばそうとした。

 しかし、もう両の手が動くことは無かった。

 そして次に襲ってくるのは──恐怖。

 溢れ出してくるヒャッキの獣たちが迫りきて、自分の四肢を食い破るような幻影が見える。

 腕を噛み千切り、脚を喰らい、臓物を啜る。

 だが、どれだけ苦痛を味わっても死ぬことができない。

 

(アルカが……味わったのは……これか……ッ!!)

 

 永遠に続くようにさえ思う受難の時間。

 意識が完全に掻き消えようとしたその時だった。

 

 

 

「やめろーッッッ!!」

 

 

 

 何かにメグルは突き飛ばされた。

 身体はあっさりと地面に転がり、いきなりメグルは意識が鮮明に戻る。

 アスファルトに打ち付けられ痛む体を抑えながら、彼は目線を上げた。

 絵画から漏れ出す墨に──今度はアルカが取り込まれていた。

 

「アルカッ!? 何で!!」

 

 黒い墨の力は先程の比ではない。

 もう、メグルが近付けるような状態ではなかった。

 放たれるエネルギーが強すぎる。

 

「前に言われたけどさ……もう二度とあんなことすんじゃねーぞって。でも、無理な相談だよ。君の言う事でも聞けない」

「おい、何やってんだよ……ッ!! すぐに助け──」

「だって、見過ごせないじゃんかさ……! ボクの方が……おねーさんだしね」

 

 彼女は──力のない声で呟く。

 かつてメグルは言った。

 アルカが自分を庇ったのは死んでもファインプレーとは言わない、と。

 だがそれでも、アルカがこうして飛び出さずにはいられないのには、確固たる理由がある。

 

「……君に、ヒャッキの呪いを引き受けてもらう事なんて、できないよ……! だって、ボクだって、君の事が──大好きで」

「バカ野郎!! そんな事言ってる場合じゃ──」

「……ごめん──ボク、バカだからこれしか思いつかなかったんだ──ぐぅっ!!」

 

 アルカの肌が黒く蝕まれていく。

 血溜まりのように深い黒に。

 心配させまい、と笑みを携えていた彼女の顔からは──苦しみだけが残り、そして墨が完全に収縮して彼女の身体に吸い込まれていく。

 

「ッ……アルカ!!」

 

 メグルは思わず彼女に呼びかけた。

 墨は完全に消えていた。

 そこに立っているのは彼女だけだった。

 しかし──彼女であって、彼女ではない何かであることにメグルが気付くのはそれから直ぐだった。

 アルカのそれとは思えない凍てつくような気配が周囲に漂っている。

 

 

 

「……くすっ、くすす。なぁに? 情けないカオしてさ」

 

 

 

 声音はアルカのそれだ。

 しかし、乗せられた感情は明らかに彼女のものではない。

 長い前髪から覗く双眸は、冷たくメグルを見下ろしていた。

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