斜陽 其の五
───覗き込んだ水面に映っていたのは本当に自分だったのか?
◆
シユー氏と王我星が再起動した事でなんとかパーティ戦の形だけは整ったわけだが……成る程、ヤバい。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!?」
「オーエムジー……」
この二人が弱いというわけではない。役に立たないわけでもない、ただ……どっちも多少のダメージを許容してひたすら前に突撃するタイプのプレイヤーであるが故に、多少で済まないダメージを叩き出す巨大龍蛇を従えるボスドゥニーネとは致命的に相性が悪すぎる!!
くそう……ヒーラーが、切実にヒーラーが欲しい。近辺を通りすがりの火酒夏が歩いてたりしないか!?
「クッソ……大体お前はしつけーんだよ!!」
口を大きく開いて俺はと突撃してきた龍蛇を回避しつつ、先程からひたすら俺から視線を逸らさない蛇眼にエアリアルPDの弾丸を叩き込む。だが放たれた一撃は眼球を守るように閉じられた瞬膜に弾かれ、ますますそれが癪に触ったのか電車も丸呑みにできそうな動体が俺を轢き潰そうと猛進する動きに蛇行の揺れを入れて巻き込もうとしてくる。
なんなんだこいつは、なんでこいつはひたすら俺を狙ってくるんだ。ボスドゥニーネを狙う狙わない関係なく何故かこの個体だけひたすら俺を狙ってきやがる。
いやマジでなんなんだ、ヘイトを分担してコントロール出来ているとは言い難いがそれにしたって俺だけを狙いすぎている……まさか、私怨か? ボスドゥニーネが俺にヘイトを向けてるから俺だけ狙う個体がいるのか!?
「チッ……」
どうしたものか。
一瞬だけ上空に視線を向けつつ、徐々に追い詰められつつある戦況をどう動くべきかを考え続ける。そもそものS評価はなんだ? ボスドゥニーネの撃破か? それとも他の「ゴルドゥニーネ」の生存? あるいは自身が契約する個体のみの生存?
剣聖よろしく遠隔で飛んできた毒の剣を首を捻って回避、さらに地面ごと俺を齧りにきた龍蛇の頭を踏みつつ距離を取る。こいつをなんとかしなきゃおちおち他のパーティメンバーに合流することもできやしない。
これがボスドゥニーネのみであれば俺がしんがりを務めて他の面子はゴルドゥニーネを連れて逃げる、って択も取れたんだが龍蛇が文字通り立ち塞がっているのでどうしようもねぇ。
「どうする? どうする!?」
選べる選択肢そのものは見えているが、どれをどう選ぶべきかで踏ん切りがつかない。
・俺だけ逃げる。
成る程冴えたアイデアだ、一番手っ取り早いしなんなら他のゴルドゥニーネも減らせて得しかない。とはいえ最終的にボスドゥニーネを倒すためにゴルドゥニーネの頭数が必要だとしたら詰みになり得るしプレイヤー二人との友好度が下限振り切ってマイナスまでいくだろう。
・極力他のゴルドゥニーネも逃がす。
難易度が一気に高くなった、シンプルに中、高校生の女子二人を担いで逃げると考えればその難易度は推して知るべし。少なくともプレイヤーは命を捨てる前提と覚悟で動かないとダメだろう……
・ボスドゥニーネを倒す
正直……無理じゃねぇかなって、俺だって伊達にユニークシナリオEXをクリアしてない。だからなんとなく分かってきた、ユニークモンスターに関するEXシナリオは横着が利かない。こんな奇襲イベントで決着するとは到底思えないのでよくて撃退ってところか。
「…………」
ここだけの話、ボスドゥニーネとエンカウントした直後のタイミングでサイナが上空で待機している。
もしもの時は上から牽制するつもりだったのだがやってきた「もしも」が想定の八倍くらいデンジャラスだったのでまだ何をどう対応するのかの指示を出していない。
変わらず辛気臭い顔でホーミングしてくる毒乙女の額に弾丸を叩き込みつつ、即座に武器を切り替えて何度目とも知れぬボスドゥニーネへの接近を試みる。
だが二匹減っても残り二匹の龍蛇がいる、しかもその内一匹は俺専属で殺しにかかってくるっていうね。おちおち他の二人に合流もできないし、それ抜きに向こうも残る一匹の相手をさせられているので完全に分断されている……ならば!!
「加速の時間だ」
今こそケチり続けてきたスキルを使う!!
◇
───そのNPCは言葉を持たない。
そも人間にあらず、人型にあらず。
手足を持たず、武器も握らず。
蛇の乙女達の物語において、彼女達の「武器」として定義された存在。
「サミーちゃん! サミーちゃん!!」
───想定外だった。
そもそも勘違いしていたのだ。
サンラクが「ボスドゥニーネ」と呼ぶ個体が従える巨大な蛇の内の一匹、その巨体を円周に蜷局巻く事で内と外とを隔てるバリケードのように振る舞う個体。
その行動原理が「中にいる者を逃がさない」事であると誰もが勘違いしていた。だがそれは厳密な正解ではないのだ、正確には「外に逃げようとする者をブチ殺す」事こそがこの蛇の目的なのだと。
龍蛇と暫定的に呼称される大蛇だが、当然正式な種族名が存在する。その名は「裂食の大蛇」、振動や衝撃に反応して自身の鱗を弾丸の如く炸裂発射する鱗飛ばしの機能を備えた攻撃的な種である。
「やだ、サミーちゃん……そんな……!」
地面を毒で溶かして地下から包囲を抜けるつもりだった。だが「ゴルドゥニーネ」を殺すことに特化し、肥大化し続けてきた蛇殺しの蛇による全力の警戒の前では気配を読み取れずとも振動だけで大まかな位置を補足することができる。
───命が零れ落ちている。
全長をキロメートルで表記できるほどに巨大な蛇の鱗は、もはや凶器という言葉すら生ぬるい質量兵器だ。
狙われた者が気配すらも完全に隠蔽する透明であったが故に致命傷こそ受けなかったが、しかし左眼と身体の四割を抉り裂かれた。
「彼女」のステルス能力は鱗と眼球を覆う瞬膜に作用する、即ち鱗が剥がれ肉が露出するようなダメージを受けるとその部位は透明にはならない。極めて優れた隠密性故に剥がされたアドバンテージはともすれば命を失う以上の致命傷だ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶよサミーちゃん……きっと、きっとあいつならなんとかしてくれる………」
───目が合った。
大粒の涙を溢しながら、僅かに残った希望に縋る主……ではなく。蜷局を巻いているが故に円周運動を続ける龍蛇の目と、だ。
「…………」
「…………」
小手先の浅知恵で我が封鎖を逃れようとした愚か者への嘲りと、共に同じ起源を持ちながらも敵対し命尽き果てんとする同胞への憐れみ。
僅かな視線の交差、だがその一瞬がこれまで逃げ続けてきた蛇の……否、逃がし続けてきた蛇の目に燃え盛る光を宿した。
「サミー、ちゃん?」
最悪の結末が近づいている、それでも最善まで逃げ切るにはどうすればいいのか。
死にかけた蛇は僅かに迷い、そして結論に至る。
───己が「使命」は主を生かすこと、そして主にとって善きものを活かすこと。
「ねぇ、どこにいくの? ねぇ……ねぇ! まってサミーちゃん! やだ! やだやだやだ! おいてかないで! ひとりにしないで! いかないで!!」
最低最悪の結末から主を逃す為、最高ならずとも最善を成すべくゴルドゥニーネ「ウィンプ」の眷属たるサミーちゃんは動き出した。
手足が無くても生き足掻く事は出来る
今日を照らすために魂を燃やせ、せめて明日まで続く道が見えるようにと願って