斜陽 其の四
震えたチワワがお送りする更新
───混濁と混乱の中で、もう何も分からなくなった。
◆
知らないゴルドゥニーネが死んだ。一連の流れから得られた結論は大体これに尽きる、だがその後に起きる事は完全初見の領域だ……!
「ふふフフふふフ!!」
高笑うボスドゥニーネの足元に広がる黒い毒が奴の脚から這い上がって全身へと広がっていく。その殆どは奴の身体へと染み込んでいったが、一部の毒は服に染み込んでその色を漆黒へと染め上げていく。
「ハッ、喪服かよ?」
「………」
不味いな、前は煽りに引っかかるくらいには会話が成立してたはずなんだが今のボスドゥニーネは何言っても効果が無いように見える。いや、視線がこっちに向いている辺り、聞いてはいるんだろうが……おっと龍蛇が突っ込んできた。
「よっ……と」
どういう原理か、龍蛇は地面に勢いよく突っ込んでも激突する事なくそのまま地面へと水のように潜ることができる。そういうところをいちいち気にしてたらボス戦なんて出来ないので原理はどうでもいい、重要なのはこの攻撃は地面からのカチ上げも含めた二連続攻撃って事だ……だが!
「動きを止めないとか図体以外は泥掘りの劣化だぜ……!」
ああ懐かしきナマズサメモグラ、思えばお前と超絶クソバードの経験があったからこそ俺は三次元的機動のルートに進んだのかもしれないな。
とはいえ今の俺は「逆位置」のせいでスキルを脳死でぶっぱすることが出来ない。だが過剰伝達の特殊状態があるのである程度の速度はスキル無しで確保できる。
龍蛇のサイズから大体の即死範囲を割り出し、離脱した次の瞬間には地面を食い破って現れた龍蛇の巨体が眼前を昇り竜の如く通過していく……クソが、現時点で二体の龍蛇がフリーで襲ってくるのにプラスで本命のボスドゥニーネをどうにかしろってのか。
「さぁて……どうしたものか」
ぶっちゃけると、この場から逃げるだけなら極めて簡単なのだ。二号人類は死ねば直前にセーブした場所からリスポーンする、ボスドゥニーネに倒された場合はなんらかのペナルティか「呪い」が付与されそうだが人一人死ぬなら全力で舌を噛めばいい。
だがそれはあくまでも「プレイヤーだけがこの戦闘から離脱する方法」だ。ここにいるプレイヤーは全員が「契約したNPC及び眷属のMob」と一緒にいる、こいつらも同時に逃すとなるとその難易度は飛躍的に跳ね上がる。
俺の場合はまだいい、サミーちゃんさんのステルスは最高峰だ。少なくとも熱源探知や嗅覚探知も潜り抜けるのでウィンプを抱えて逃走に成功した時点でどこかに息を潜めているはず……少なくとも明確にターゲットとして狙われる可能性は少ないだろう。
次に王我星と一緒にいたゴルドゥニーネこと「ニーネ」。今にも泣きそうな顔で蹲っているので戦力としてはほとんど期待できないが、他との差別点は眷属のサイズだ………あの時折服の裾から顔を覗かせてる小さな、というか一般的なアオダイショウとかサイズの蛇が眷属であるならば彼女の「総重量」は小柄な少女一人分ということになる。
「…………」
問題は………シユー氏と契約しているゴルドゥニーネ「お嬢(様つけるの?)」とその眷属である中型トラックくらいある双頭の大蛇だ。あれを逃す方法はただ一つしかない、それはボスドゥニーネを撃退すること………そこらへんシユー氏はわかっているのか?
世の中には美女美少女をぶん殴ってでも進めないとバッド方向に分岐する選択肢なんて吐いて捨てるほどある。怪物的な形態になってくれると躊躇いなくフルスイングできるんだが、ボスドゥニーネが巨大ラミア的モンスターになる気配は今のところなさそうだ。
「いつまで呆けてるんだシユー! そして王我星! ここで俺達が負けたらそこの二人が次のおやつだぜ!!」
「っ!」
「そ、そうだった……!」
俺も俺で早いところこの場にいる面々を包囲するように這いずり回る円周の龍蛇を殴り飛ばさなきゃいけないってのに……! 不利すぎて段々笑えてきたぜ、楽しくなってきたじゃねぇか………!!
◇
必ず勝つ方法を知っているだろうか。否、厳密には勝利する方法ではなく……絶対に負けない方法を知っているだろうか。
彼女は知っている、だから今まで勝ち続けてきた。
「……やバいわ、こッチも逃げラんナい」
「いいんだよイスナちゃん、逃げなくていいの。だから静かに……ね?」
「ケっ、相変わラズこうイう時ハ落ちツいてヤがるワね」
敗北とは勝利から最も遠い場所にあるものだ。勝利という「盤石」が崩れ落ち、己の身が危険に晒された末に勝利から一番遠のいた者に押される烙印……それこそが敗北。
であれば危険から遠のき、揺るがぬ安定を堅持し続けたならば敗北が自分に近づいてくることは絶対に無い。
小学生の頃にこの素晴らしい真理に気づいた彼女は、以来リアルでもゲームでもこのスタンスを貫き通してきた。
リスクは限界まで避け、アドバンテージを維持して良いところだけを掻っ攫う。
あるいは彼女をハゲタカと揶揄する者もいた。だが彼女は心の底から一切の疑いなくこう返す。
───誇り高く餓死するライオンより、満腹のハゲタカの方が当たり前に優れてるよね?
「あのね? 私とイスナちゃんの力を合わせれば怪獣みたいな蛇にだって私たちの事は絶対にバレない。ね? 今までだってそうだったでしょ? ね?」
「………」
「ただ死ぬだけじゃ持ってる武器しか落とさないもんね? だったら……」
ギリギリまで追い詰められた瀕死の「彼」を自分達でトドメを刺す。
龍蛇によって包囲された円形のフィールドの一角で、全プレイヤーの中で最も罪深きプレイヤーであるヒイラギはこの極限環境の中で絶対の安心感と共にじっと黒い雷光と共に駆け回る半裸のプレイヤーを見据えていた。
リスクを避け、アドバンテージを維持し続ける
言い方を変えましょうか
辛いことは他人に任せて、良いところだけ自分が持っていく
と言います