斜陽 其の二
◇
王我星……もとい、綾織 真央はただ純粋に行動していた。
そう、ただ純粋に己の好みの展開になるように行動していた。
どこぞのサードレマ特別相談役や、反王政レジスタンスリーダーのように何もかもを掌の上に載せて操るような悪辣で高度なものではない。ゲームとは別の、真央の「趣味」と同じ……またはそれに似た動きをすれば自分好みの展開になると、根拠もなく信じている。ただそれだけのともすれば幼稚、あるいは純粋な希望的観測。
綾織真央は洋画が大好きである。厳密に言えばマッチョと爆発と重火器と最終的に殴り合いになるようなアクション映画が特に大好きである。そしてフルダイブVRにおいて王我星という筋骨隆々のアバターを使っている通り、ゲーム内において憧れのハリウッドスター(の演じるキャラクター)を真似るプレイスタイルを通して新大陸まで辿り着いたプレイヤーだ。
そんな王我星にとって、「少女と一緒に他の実力者と啀み合いながらも最終的には協力して強大な敵と戦う」というシチュエーションはハリウッドアクション映画好きとしてあまりにドンピシャなシチュエーションであった。
同一存在だとか、何番目だとか、そういう面倒な事はどうでもいい。映画のように動けばきっとなんとかなる。
「つまり今はクライマックス前の準備期間ってことね!」
「まタ意味ワかんないコとヲ……」
そんな王我星の様子を見て、「悪い奴ら」はなんと考えるだろうか?
愚か? 慢心? 浅慮?
答えは簡単。
◇◇
「アンフィ、いザって時ハ全員薙ぎ払イなサイ」
少なくとも、全面的に信用する気などさらさら無い。ゴルドゥニーネ「お嬢」はシンプルな条件付きの殺戮命令を己が眷属である双頭の大蛇に告げた。
サンラクが提案した対あのゴルドゥニーネを目的としたそれ以外のゴルドゥニーネ達による一時的休戦連合。しかしその盟主として立つべきサンラクがテスト勉強という理由でほとんどログインしていなかったことに加え、その代わりと言わんばかりに「仲介」を始めた王我星の半分感情論半分根性論トッピングに楽観視を山になるまで振りかけた甘すぎる見通し。
それは自らの契約者であるシユーにすら全幅の信頼を置かない「お嬢」にとっては論外とも言えるものであり……
「お嬢様、逃走経路は確保しました。仮に戦闘に発展しても僕が時間を稼げばアンフィの機動力で逃げ切れるかと」
「ふゥん……」
「あっ、本当にすいませんお嬢様。今だけはちょっと……」
すっと差し出された「お嬢」のハイヒール(前線拠点で購入したもの、この高慢な蛇が珍しく気に入った)に対しての申し訳なさを限界まで詰め込んだ拒絶。言ってしまえば単なるNPCにリアル以上の感情を向けているシユーであっても、最低中学生以下の王我星にそういうのを見せるべきではない、と言う最後の一線はあった。
「マぁいいワ。ソれで……アの……イえ、あノ人間達はまダ来ナイのカしら?」
「の、ようで……かの、いえ彼曰く連絡はついたそうですが……」
しかし、とシユーはお嬢のハイヒールに視線を向け続けながら王我星が自慢げに言っていた事を思い出す。
「もう一組来るのでしたか」
「いツまで俯いテるノヨ」
◇◇◇
───遅い。
サンラクからの「徒歩で向かう」のメールからはや十五分。リアルであれば許容できないこともない時間も、ゲーム内で待たされる時間と考えれば中々に堪え難い時間。
案の定と言うか、王我星の忍耐は限界を迎えようとしていた……怒りの、ではない。我慢の、だ。
「ニーネちゃん!」
「ナによ」
「迎えに行ってくるわ!」
「ハぁ!?」
成る程、よくよく考えてみればそもそもこんな樹海の中で待ち合わせているのだから多少遅れるのは至極当たり前のことだ。もう一人のたっての願いでこのような樹海ど真ん中での集まりとなったが、音頭を取ったのは自分なのだからそれに相応しい行動をしなければならない。
言うなればそう……今の自分はゴルドゥニーネ班の「班長」、あるいはゴルドゥニーネ組の「学級委員長」なのだから。
「何もしないなんて、非常識よね!!」
だが、彼女は分かっていない。
アクション映画に堪能であったとしても、映像の派手さと主演俳優の活躍しか見ていないからこそ彼女はある「お約束」を知らない。アクション映画の主役なら問題ないのだ、彼等がそれをやる場合は「ワンマンアーミー」であるからして。
───サンラク達を探すべく集合場所の近辺を歩いていた王我星はがさり、と草むらが揺れた事に気づいた。
「……あラ?」
「あれ、貴女………」
王我星は知らない。
たった一人で不用意に行動することを、世間一般では「死亡フラグ」と呼ばれていることを。
◆
「呼んだ本人がいないんだが?」
「アんたラを探しニ行ったノヨ」
「そんなコッテコテの入れ違いあるかよ……」
流石に簀巻きのウィンプをお見せするわけにもいかないので直前で簀巻きを解いてなんとかそれっぽく格好つけたウィンプと共に集合したわけだが………なにやら立案者である俺より音頭を取っていた王我星の姿がどこにもない。俺の問いに対して、王我星と組んでいるゴルドゥニーネ……ニーネ? だったかが半目で俺から距離を取りながら不在の理由を教えてくれた。
成る程、だったら下手に動かない方がいいだろう。仮にも新大陸プレイヤーだし、小学生がか弱いのはリアルでの話だ。ゲームアバターという「ボディ」を得た小学生という存在は中々どうして馬鹿にならないとはカッツォの談だ。
危うく格下に負けかけた時って大体過剰にそいつを持ち上げるよな、なぁカッツォ君。
「さて……よう、シユー氏」
無言の一礼、会話する気は無いってか? よかろう、その寡黙をこじ開ける!!
んー、あーあー、んん゛っ! ディプスロ曰く「元々そういう声だったと強くイメージすることが大事」だそうだが、俺は変態ではないので声音を別人のものに変えるなんて変態技を使うことはできない……が、こういうのなら出来るんだぜ。
「コッコッコッコッコ……」
「……?」
首を回して顔だけをシユー氏に向ける瞬間、インベントリアから鮭ヘッドを今使っている鳥ヘッドと換装!!
「コケーッ!!」
「ぶふっ!!」
鮭頭から飛び出したリアルな鶏の鳴き真似、サンラク流一発ギャグに二の太刀は要らぬ……一発が全てなのさ。
「で? そっちのお嬢さんの名前はなんだったかな?」
「…………」
くっ、対ゴルドゥニーネ用の一発ギャグは流石に持ち合わせていないぞ……ウィンプ相手に何度か試したが、根本的に笑いのツボというか感性にズレがあるのかシュールギャグは基本的に通用しないし人間文化にも疎いから落語系もダメだ。
さてどうしたものか……
「……君は、」
「ん?」
「君は……その、彼女と組んで、どうしたいんだい?」
「は?」
いきなり口を開いたシユー氏からの、質問というには少々抽象的すぎる言葉に俺は思わず首を傾げる。だがシユー氏は至極真面目な眼差しだ、単なるロールプレイってわけでもなさそうだし……
「どうしたい、ね………」
その時だった。
「あ、ちゃんと到着してたのね! 入れ違い?」
「王我星、あンタどこま、デ………」
草むらからドヤ顔で現れた王我星の姿を見て、この場にいる誰もが動きを止めた……いいや違う、そうではない。シユー氏は気づいていない、「ゴルドゥニーネ達」は気づいている。
そうか、俺だけが知っているのか。
「………何がしたいか、だったなシユー」
「え?」
シユー達のそばにいた双頭の蛇が全身に力を込めて頭を起こす。王我星の相方であるニーネの手が隠れる長さの袖がまるで内側に何かを仕込んでいるかのような異常な動きを見せる。
そしてウィンプの姿が突如として消失する……いや違う、一瞬見えた牙と口腔は、完全ステルス状態のサミーちゃんさんがウィンプを丸呑みにして隠蔽した事を示している。
「ウィンプのやつと組んだのは成り行きってやつさ、元々の目的はただ一つ」
ニコニコと笑う白い少女が王我星の背後から現れる。楽しくて仕方がないと言わんばかりの様子は、この場に集まった蛇達を本当に、本当に愉快といった様子で舐めるように見回している。
───地面が揺れた。
「サプライズのつもりか? 上等だぜ、奇襲された程度で俺が挫けるかよ」
「……ふフ、フフフフフフフ」
その少女は「ゴルドゥニーネ」だ。
多分王我星は致命的な勘違いをしたのだろう。ニーネやウィンプが戦うべき「敵」はもっと恐ろしい姿をしているのだろう、と。
可愛らしい姿をしたニーネやウィンプと同じ「味方」なんだろう、と。王我星を戦犯とは呼ばないな、それならどちらにせよ向こうから仕掛けてくるのは無いと勝手に思い込んでいた俺も戦犯みたいなもんだ。
ああそうだ、リュカオーンがそうだったじゃないか。何を勘違いしていたんだ俺は。
ウェザエモンがそうだったから。
クターニッドがそうだったから。
ジークヴルムもそれに近しく。
オルケストラもそうで。
ヴァイスアッシュはNPCと見做していたから。
ユニークモンスターはこちらから挑みにいくものだと、そんな致命的な勘違いを。
笑う。地震のような揺れの中で、真下からの隆起で持ち上げられていく土と大樹を背景に女は笑う。
「さァ、殺シましょう? 全部、全部……そレがセメてもの、私の優シさ」
地を破り現れる見上げる程の龍蛇、瞬膜が開けば蛇の眼に宿る圧倒的な殺意が降り注ぐ。
破滅的な崩壊を始めた樹海の中で、ユニークモンスター「無尽のゴルドゥニーネ」は笑い、嗤った。
太陽が、沈んでいる。
諦観と絶望からは逃れられない
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