神話にて傷を穿つ
レイ氏も亀裂の底に行く必要があると考えているらしい。だがネックとなるのは数百メートルある大断傷から不定期に噴出する白と黒の光熱、試しにR.I.P.用の捨て防具(それなりの高ランク装備)を投げ込んだら二秒で蒸発したので人間を投げ込んだら一秒で蒸発するだろう。
しかも何が悪質ってこの傷ビーム、発動タイミングが不定期なのだ。いつ亀裂の底から即死ビームが飛んでくるのか分からない。一応谷底が光ってから地上に届くまでにラグがあるので攻撃の認識と対応自体は可能だが、だからどうするんだというのが俺の思考の行き止まりだった。
「………地下からの光を、【ゼンド・アヴェスター】で迎撃します」
「……マジ?」
「その……お恥ずかしながら、緋鹿毛楯無がサンラク君を噛んだ時に……太極ゲージが丁度、釣り合ったみたいで」
「ヴァルルルンッ」
ああ、テイム扱いだから緋鹿毛楯無の悪行がレイ氏の責任問題になるのか、やるじゃん馬。でも誇れることじゃないぞ馬、分かってるのか馬。
なるほど、最大火力(他者からのバフ強化無し)の多段ヒット攻撃というだけなら勝ち目はないが「太極の剣最大の必殺技」と考えるとなんらかの効果を発揮してもおかしくはない。というかフレーバーテキストにそれっぽいことが書いてあったらしい。
「ただ、問題は……その、撃つ位置がですね」
「あー………下だから」
「はい、壁や空中に立つ方法を持っていないので」
要するにレイ氏をどうにかして壁に立たせるのが俺の役目というわけだ。
一番簡単な方法としては性別変更で体重が軽くなったレイ氏をおんぶなり肩車するなりして俺が壁に立てばいい。壁立ちスキルの大抵は重力の方向を壁側に変えるものだ、重要なのは俺が持ち上げられるか否か、というだけなのだ。
とはいえ肩車やおんぶの状態で剣を振る事ができるはずもなく、であれば考えられる手段としては…………
「吊るす、しかないかな」
「えっ」
馬にロープをくくりつけてレイ氏の腰に巻いて命綱とする、シンプルだが両手両足がフリーなまま壁に立たせる手段としては理想的と言って良い。
贅沢を言えば亀甲縛りとかにすればさらに安定感が…………くっ、まだ脳内ディプスロ因子が除去されきっていないのか。同じ学校の女子に「亀甲縛りで吊るしていい?」とか聞けるわけねーだろ! 明日からの高校生活が死ぬわ!!
「サイナ、【キープアウト】は?」
「解答:ルスト様が所有しています」
あーしまったそうだった。
あいつが今ログインしてるしてない以前にルストのインベントリアと同期してないからどちらにせよ規格外シリーズの中でも「テープ」という特異な縄系統の武器が使えない。
あれ、見た目の割に斬撃のみならずあらゆる攻撃に対して結構な耐久を持ってるから戦闘以外でもやたら便利だし、プレイヤーではない征服人形に装備すれば実質ノーリスクで使い放題だったんだが……でもルストに持たせた方が明らかに「火力」が高くなるんだよな……だってあいつロボ系統に関しちゃマジで俺より格上だし。
そんなわけで規格外武装:鋼線型【キープアウト】が無いので代用としてインベントリアに突っ込んだまま存在を忘れていたロープでレイ氏を吊るし、それを緋鹿毛楯無にくくりつけて即席の命綱とする。
「いけそう?」
「多分……大丈夫、です」
大断傷から噴き出す光熱は不定期だが覗き込めば予兆を見抜くのは容易であるし、結構頻繁に噴き出してくる。
普通こんなものがバカバカ発射されてたら目立って仕方ないだろうに……と思ったが、よくよく思い返すとここら辺ってちょうど火山から噴き出す煙で完全に覆われていた辺りだな。別アングルから見たら目立つのだろうか。
するするとレイ氏を崖の淵から下へと吊り下げていく。流石の馬も自分の主人が繋がっている命綱だと分かっているのか、暴れたり振り切ったりはしないようだ。
レイ氏が吊るされてから十分。そろそろ一度引き上げた方がいいのではないだろうか、雑談で誤魔化すのもそろそろ限界ではないかと思い始めた矢先、谷底に光が灯る。
「来た!!」
「───我が黒の半身を謳う」
や、やべぇ! そういえば【ゼンド・アヴェスター】って詠唱必須系統か!! いやこれはまずいぞ、確かめちゃくちゃ長い詠唱だったはず。これは引き上げた方が………
だが、レイ氏は詠唱を止めなかった。いやむしろ淀みない滑舌をさらに加速させて……!!
「夢見る先は深淵源、傲慢故に孤高たる黒き神。玉座は唯一つ、理もまた唯一つ。即ち我が右の半身は黒の理」
光が膨れていく、白と黒のせめぎ合い。傷と言うならばあれは黒い神を今なお痛めつける白い悪意。
「我が白の半身を謳う。夢見る先は至高天、強欲故に暴君たる白き神。全なる唯一つ、理もまた唯一つ。即ち我が左の半身は白の理」
光が迫り来る、間に合わないか!? いつでも馬のケツを蹴り飛ばす用意を整えつつ、しかし吊り下げられながらも崖の壁面に立つレイ氏が恐れず前を見ているが故に俺もまたその後ろ姿を見つめる。
「我が身の左右、二律背反の双理はされど唯一つの我が身が担う。我が右方はエレボスの理、我が左方はアイテールの理。双理反転、双つ神と我が身を以て太極を顕す。始源よ顕現あらわれよ、我が身は太極の境界点。遠き現世に理を示す者」
間に合わ───
「我が身を喰い違え、双理の神話!」
いいや、まだだ!!
「レイ氏!!」
「【ゼンド───」
光はもはや回避不能なところにまで迫っている。だが白と黒の光熱がレイ氏を飲み込むよりも先に、肉々しい竜騎兵が壁に突き立てた剣に拳を突きつける方が早い!!
「アヴェスター】!!!!」
白と黒の光に対して、同じく白と黒の光が叩きつけられる。
片や神の傷より噴き出した光の奔流、しかして相対するは語り部の放つ神話!!
双方ともに白黒モノクロ、だがマーブル模様の光を食い破るように螺旋模様の光が前は前へと突き進む。あたかも削岩するドリルの如く光を穿ち、光を食い破り、光を巻き込んで突き進む【ゼンド・アヴェスター】。
「………成る程そういう事かぁ! サイナ! そこで馬と待機!!」
大地の亀裂から噴き出さんとしていた光が下へと押し込められていく光景と、その先に見えたものが俺の脳裏で答えを導き出す。サイナを緋鹿毛楯無の側に待機させつつ俺は最短で取り出せる傑剣への憧焉終刃で縄を断ち斬る。
「へ………」
「失礼」
「へひぇっ!?」
時間が惜しい、俺の予想が正しければ……レイ氏が行くべきは下だ。断じて上に引き上げることではない。
命綱が切れたことで下に落ちたレイ氏を掬い上げるように抱き上げて壁面を走り出す。
この世界の真実は、いつだって「下」にある!!
ヒロインちゃんはめちゃくちゃ早口言葉が得意、普通の長文なら1.5倍速で噛まずに発音できる