眠れ白閼よ目覚めは近く
どうしてもこのサブタイトルが使いたかったんです、などと供述しており……(当たり前だけど造語、よみは「はくあ」です)(人の世をふさぐ白き神)
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知恵とは、如何に知識を活かす事ができるか。
少なくともシャングリラ・フロンティアという世界ではそう定義されている。
下等な眷族による物量戦、及び本命たる四体の上等眷族と自身による侵攻は阻まれた。であればアプローチの方法を変える。それが知恵なのだと。
地下からの一本道では「哨戒」に見つかる、ならば海路を進んで目的へと至る。この世界の海は下に沈めば沈むほどに強靭なモンスター達が跋扈する魔境であるが、逆に言えば浅瀬のモンスターはそう大したものが存在しないという事。
ゴボゴボと、その信じられないほどの巨体からは想像もできない静かさで海を蛇行して泳ぐは……頭だけでも二階建ての一軒家ほどはあろう巨大な大蛇。蛇としての特徴に合致しつつも、頭より生えたねじれた角はそれが単なる蛇(単なる蛇でもここまで巨大になるはずもないが)ではなく竜ならざれど、あるいは龍ならざれど龍の如き龍蛇である事を指し示している。
「……………」
龍蛇、あるいはグラトスと名付けられたその個体はたった一体で海原をその巨体で切り裂きながら突き進む。目指すは新大陸南洋、霧と雲と空によって隠匿された致命兎の国。
ではなく。
「…………!」
ざざざ、とその巨体からすれば静か過ぎる潜水によってグラトスが海中へと潜り込む。。体内に大量の酸素を発生させる苔を取り込み水中での呼吸を可能とする力業と、体内の空気による浮力をそれ以上の推進力で無理やり下に押し込む力技の組み合わせによって龍蛇は大地に生きるモノでありながらウミヘビの如く海の中を突き進んでいく。
瞬膜をゴーグル代わりにクリアな視界を手に入れたグラトスが向かう先はラビッツ直下、この世界の完全な地図を知る者だけが近くできる大いなる黒き神の千切れた右翼先端だ。
厳密には………黒い地盤と白い地層の境目、そこを目指して龍蛇が海中を泳ぎ進む。
「…………」
そこで龍蛇は己の中に僅かな驚きが生まれた事を知覚した。当初の予定では物理的にこの白と黒の隙間に「穴」を空けるつもりであったが、視線の先にはどういうわけか都合よく龍蛇一体なら余裕を持って通れるほどの横穴が開いていたのだ。
「………」
明らかに誘われている、グラトスの思考力でもそれは理解できた。だがそれは大いなる蛇が退く理由にはならない。さらなる推進を以て龍蛇は大穴へと飛び込む………
……
…………
………………
「おう、難儀な道をよぉく来たじゃねぇか」
「…………」
暗く、暗い。
しかしグラトスのピット器官はその中にポツンと佇む小さな姿を知覚した。人? いいや違う、それは兎だ。
「…………」
目的の場所に到達し、目的の存在と遭遇した。
これにてグラトスは役目の殆どを果たしたと言っていい、龍蛇は確かな己自身の感情、僅かな達成感を目に浮かべながら………己ではない感情を吐き出した。
「よう」
「久しいわネ……ウサギ」
「おめぇさんに久しいと言われる謂れはねぇがなぁ」
なんの気なく呟かれた言葉に、グラトスの口の中に潜んでいた祖なる蛇……あるいは無尽のゴルドゥニーネと呼ばれる人の女の形をした蛇が不愉快げに眉を顰めた。
「いるんでショ? ここニ」
「あぁ、いるともよぅ。ここにな」
人を創りし者を神と呼ぶならば、あるいは神と定義できるかつての人類の一人。情景と羨望と嫉妬を糧に滅びゆく世界に明日への一手を遺した女。
常識に従って考えればまずとっくの昔に死んでいるだろうその人物を、ゴルドゥニーネは「ここにいる」と確信していた。そして目の前のウサギ……ヴァイスアッシュは己を止めるためにここにいるのだろうと。
「長く話すつもりも無イ……退ケ」
空気が張り詰める……否、空気に毒が張り巡らされたかのような威圧感。主人の感情を読み取ったグラトスもまた威嚇するように舌をちらつかせる。
「………」
だがそれを一身に受けて尚、ヴァイスアッシュは揺るがない。四つの蛇眼から放たれる圧を受けてなおかの兎はどこ吹く風の様子でそれらを見つめ……そして、自らの意思で道を譲るように横へと退いた。
「……?」
抗い守るのではなく、道を譲るような素振りにゴルドゥニーネの脳裏に予想外の疑問符が生まれる。この兎は「ゴルドゥニーネ」がこの地に降り立ち初めて侵攻を仕掛けた時以来、数千年間ずっとゴルドゥニーネの侵攻を防ぎ続けてきた。故に今この瞬間に道を譲る意図が分からない。
「……なんのつもリ?」
「時が近い」
返ってきた返答はゴルドゥニーネの理解が及ばないもので。だがそれでも続く言葉は蛇をして無視できぬもので。
「おめぇさんも知っていい頃合いってぇことよ。答えをな……」
その言葉を合図とするかのように、暗闇がその暗黒を薄れさせていく。照明ではない、空間そのものが見えやすく改変されたのだ。
「──────」
そして、それ故にゴルドゥニーネは見上げ見てしまった事で正真正銘の「驚愕」にその身を硬直させた。
「何ヨ……コレ」
「真実」
簡潔な言葉、ただそれだけでゴルドゥニーネの感情は爆発した。
喜びと、怒りと、悲しみと、憎悪と……「怯え」の感情はグラトスへ押し付け、そして「楽しい」という感情だけは欠片も生まれない感情の大洪水にゴルドゥニーネはヴァイスアッシュの胸ぐらを掴む。
「こんなものガ!! こんなものガ……真実だったト!? 私ノ……私達の答えガ、こんナ……!!」
「止めやしねぇぜ?」
悲しみの涙は怒りによって枯れ果て、目を曇らせるような憎悪は「何に怒っているのか」を正確に把握できているが故に理性を失わせるに至らない。
いつしかヴァイスアッシュを締め上げていた手から力は失われ、膝を屈する。
「成る程、ネ………そういうこト。なら私のやる事は決まっているワ」
「…………」
「せいぜイ引き籠もっテ、震えていればいイ……」
◇◇◇◇◇◇◇
蛇の去ったその場所で、ヴァイスアッシュはそれを見上げながら呟く。
「もう留められねぇなぁ……」
白。
暗闇の空間が僅かに明るくなった事で、その全貌が顕となっていた。
白く、白く、どこまでも白い二足歩行する海亀を思わせる巨体。
見上げる程に巨大な龍蛇がミミズと人間のサイズ比に思えてしまうほどの巨体。
それはもはや、巨大という言葉すら生温く思えてしまう程の巨体。
あるいは山河に匹敵する一存在の姿はもはや歩くだけで国が滅ぶ、誇張のない単純な事実をその純白の威容は言葉なく誇示している。
其は白き神の分け身、あるいは白き神の魂を宿した端末。
───名を「微睡む白大神」という。
かつて神代文明終焉の鉄槌として最後に現れた最強最大の始源眷族であり……眠れる白き神の憎悪を宿したミニサイズ・白き神と呼ぶに相応しい最強のレイドモンスターである。
「……なぁ、ご主人。本当にそれがあんたの「夢」なのかい」
微睡む白き神を見上げ、ヴァイスアッシュは誰にも見せない弱音を吐く。その視線の先には数千メートルの高さにある白大神の頭部、恐ろしくのっぺりとした頭部の額の部分によくよく目を凝らしても見つけるのが困難な小さな点が見えた。
「それとも悪夢なのかよぅ? 俺等ぁにゃあそれがとんと分かんねぇ……」
だがあるいは、彼女が遺した者達の手であれば。
目覚めを待つ眠れる神を討ち倒し、「眠り続ける神」を起こす者が現れる……かもしれない。
どちらにせよ神は目覚めを待ち望んでいる。それはジュリウス・シャングリラによる世界安定と、ヴァイスアッシュによる封印が気休めにしかならない程に強い衝動だ。
「ガキ共ぁ、暫く外には出せんなぁ」
これを見た、見てしまったゴルドゥニーネ……彼女の願いは「彼女」に会う事だった。だが、真実を知った、これから先に何が起こるのかを悟ってしまった。
今の蛇を動かすものは何なのか、きっとそれは彼女だけが知っている。
だがヴァイスアッシュはおおよその予想はついていた、何故なら彼女は極めて単純な存在だからだ。
「あいつなら、そうはしねぇんだがなぁ」
ヴァイスアッシュの口から煙草の煙が溢れ出る。だが果たして、その煙の中に溜息が一体どれほど含まれていたのか。
遥か頭上、微睡む白大神の頭部。その額の部分に下半身を埋めるようにして取り込まれた「女性」はただ眠り続ける。
あるいは現代を生きる次世代の人類達にとっての「神」は、ただただ……眠り続けていた。
いろんな情報詰めすぎた感はあるけどここが世界の分岐点、ゴルドゥニーネのシナリオとヴァイスアッシュのシナリオはここから本格的に動き始める
シャングリラ・フロンティア、週刊少年マガジンで連載中!