ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
その話を聞き終わったとき、メグルは唖然として言葉も出なかった。
そして同時に、自分よりはるかに年下の少女が味わった苦悩と絶望に慄いた。
背後に巣食うは忌まわしい過去。そして、積み上げられ過ぎた犠牲の数々。
それが今も尚、彼女の心を蝕んでいることは言うまでもない。
これまで自分で確立してきたと思っていたアイデンティティも、尊敬していた父の幻想も失い、今の彼女に残るのは「人間の紛い物」というレッテルだけ。
大好きだった生物学も、今となっては忌むべき技術の導線でしかない。
「私が目指してた科学は……ポケモンを不幸にするものだった。科学が綺麗な事ばかりじゃないとは思ってたけど……幻滅しちゃって」
「……辛かったな」
「……はい」
それだけしか、声をかけてやることができない。
ごく普通の恵まれた家庭に生まれ、サイゴクに来てからも人間関係に恵まれたメグルには分からない。
今まで信用して頼りにして来た人間が、とんでもない悪人だったと知ったら?
自分はその人物の為に利用されるだけの存在だったと知ったら?
きっと、自分もどうなるか分からない、とメグルは考える。周りのモノを全部信じられなくなるのも無理はない。
それでも、本人の善性が強いからか、この程度の嘘に留まっているのだろう。あるいは、親が研究者だったのでそれなりに育ちが良かったのかもしれない、とメグルは考える。
「ねえ、メグルさん。貴方は……ミッシング・ナンバーの事を……私達の事をどう思いますか?」
「どう? ってのは……」
「気持ち悪いって、思いませんでした?」
「……」
ふふっ、と自嘲気味に彼女は笑う。
「……無数の屍の上に築き上げられた偽者。正規品じゃない、神の摂理に逆らった紛い物。私自身が……一番そう思ってるもの。私を作る為に、何人犠牲になったんだろう。何匹犠牲にしたんだろう、って。こんな思いをするなら──私なんて産まれなければ良かった、って思うんです」
「産まれなきゃよかったなんて言うなよ。少なくとも今此処に、君が居て助かってる人が居るんだぜ。君がマタドガスを用意してくれなきゃ薬にやられてたかもしれねーし」
「……こっちだって目の前で死なれるのは嫌だっただけで」
「それに、クローンだか紛い物だか知らないけど──そうやって悩みに悩んでるのは──此処で研究してたやつらに比べれば、よっぽど人間らしいと俺は思うけどな」
(クローンと……ミッシング・ナンバー、伝説のポケモンのコピー……人に生み出されたのは……この子の言う
メグルは、目に涙を溜めるこの少女を見て──偽者だから悪というわけではないのだ、と自らに言い聞かせる。
(結局、悪いのは生み出したヤツで……生まれた奴らに罪はない……ってことか。そいつらが暴れたり、仲間を傷つけるなら止めなきゃいけないけど──今目の前で辛そうにしているこの子を、俺は……放っておけない)
「ッ……だけど私は……クローンですよ? 紛い物なんですよ?」
「産まれが些細な問題だなんて言わねーけど……此処に居た命を命とも扱わないような腐った連中と、俺を助けてこの島の研究に憤ってた君じゃあ、どっちが人間らしい神経してるかなんて決まってんだろ?」
研究の為に無数のポケモンが虐げられることを善しとせず、自分が産まれる為に犠牲になった無数の命に心を痛められる
「それに──
──そもそもキャプテンになって終わりやないんやからな。
そんな言葉をメグルは思い出す。
かつてリュウグウは言ったという。「キャプテンになるかが重要ではなく、キャプテンになって何を成すかが重要なのだ」と。
幾ら立派な肩書を持っていても、高い能力を持っていても腐る人間は腐る。
「まあ、何だ──悪いのは、君を生みだした奴らで──生まれた君じゃねーよ。だから、あんまり気にすんな……って言われても気休めにもなんねーかもだけど」
ただ一つだけ言えることがあるとするならば。
「君ならなれると思う。此処の連中とは違う──優しい科学者に」
「……何で断言できるんですか。私は、悪魔の科学者の細胞から生み出されたクローンなのに」
「誰からも疎まれるような酷い場所で生まれて……それでも死に物狂いで這い上がって、違う場所で受け入れられたヤツを俺は知ってる。優秀な姉貴と同じ役目を与えられて苦しんで……それでも腐らずに努力をひたすら続けて、周りから認められるようになっていったヤツを俺は知ってる」
メグルの脳裏に浮かぶのは──隣で旅をしていた彼らの姿だった。
「案外、最初がダメダメでも心持次第で……どうにかなるんじゃねーかなって思うんだよな。君は優しいからきっと此処の連中みたいにはならない。それだけは言える」
「……貴方、フツーじゃないですね。最初は巻き込まれた一般人だって思ってたけど……私以上に肝が据わってませんか。フツーじゃないことに……慣れてる」
「色々あるんだ。言わないだけで、案外誰でもそんなもんかもしれねーぜ」
自分が異世界人であることを思い出しながら、メグルはモンスターボールを握り締める。
「それで、君はどうしたい?」
「どう……とは」
「あのミッシング・ナンバーだよ。兄弟みたいなモンって言ってたけど……このままアイツを放っておいても、君には影響は無いんだろ? むしろ、攻撃すれば君にもダメージが跳ね返ってくる厄介な代物だ」
「……助けてあげたい」
ぽつり、と彼女は零した。
「……もう、終わった研究所を守る必要なんてない。役目から解放してあげたい。でも、私だけじゃあの子には……勝てない。ポケモンを使ってあの子を攻撃するのは、自分で自分を殴るようなものだから……」
彼女のポケモンは、格闘タイプを含んでいるであろうミッシング・ナンバーに対して有利なはずだった。
にも拘らず、カルミアがミッシング・ナンバーに追い立てられる結果になったのは、そこだったのだろうとメグルは考える。
最初に撃ったランクルスのサイコキネシスで、自分にダメージが跳ね返ってきて、まともにバトルすることすら出来なかった。
むしろ、最後にマタドガスにワンダースチームを撃たせたのは、彼女なりに勇気を振り絞った結果だった。
「あいつに与えたダメージは残ってる。出来るだけ君が苦しまないように戦えるように技をビルドすれば良い。ただ……火傷状態にしちまった所為で、もう眠らせることはできないからな……」
「……ミッシング・ナンバーの詳細データは、さっきのパソコンから取り込んでます。もしかしたら、そこから」
「ナイスだ! 有利に戦えるかもしれない」
※※※
──仮称ミッシング・ナンバー。
M万能細胞から培養した胚を成長させた人工ポケモン。優れた自己再生機関であるゼノ・コアを搭載し、休眠するだけで傷を癒すことが可能。食事も必要としない。
外付けバイザーによって、命令を忠実に遂行するプログラムを組み込んでいる。
既存のポケモンの遺伝子を取り込んだことで、以下の3つのモデルへと変態させることが出来た。
──モデルP
ピクシーの遺伝子を取り込ませた姿。ノーマル/格闘タイプの力を持つ。
優れた五感と、屈強な肉体を持つ。腕を回転させることで、凄まじい力を発揮させることができる。
──モデルG
ゲンガーの遺伝子を取り込ませた姿。毒/電気タイプの力を持つ。
コアを核に、霧状に変化させた身体を自由自在に変化させることが可能。体は強い毒性を持つ。
──モデル●
<削除済み>
技マシンで習得できる技は全て習得することができるが、
尚、ミッシング・ナンバーのモデル正式名は【タイプ:ゼノ】とする予定。
※※※
──削除されていたところや、データが破損していたところもあったが、大まかに上のような事実が明らかになった。
特に、ミッシング・ナンバーの正式名称はタイプ:ゼノ。
似たような名前のポケモンをメグルは知っているが、やはり人工ポケモンらしく製品名のような名前である。
「成程な。奴がずぅっと研究設備の巡回をしてるのは……顔を覆うあのバイザーの所為なんだな」
「優れた自己再生機関……ということは、火傷ももう治ってるかもしれません」
「なら、もっと話が速い! それより気になるのは……、モデルって形態が3つ存在することだ。他の場所にもこいつに似たヤツが居るのか」
ピクシー、ゲンガー、そして──最後の1つは不明。
いずれにせよ、このほかにもタイプ:ゼノが存在することを示唆する文面だった。
しかし。
「……いえ。私が確認したのは、あの個体だけです。封鎖されているエリア5以外を回ってみたのですが、タイプ:ゼノはエリア1か……まだ見ぬエリア5にしか居ないと思います」
「んじゃあ、あのピクシーもどきの事だけ考えれば良いのか、それとも中枢とやらがあるエリア5に残りの個体が居るのか……」
「2匹は研究員が撤収した時に、回収されたのかもしれません。長らく人間無しで生き延びていたタイプ:ゼノが死ぬとは考えられないし……」
「それもそうだな……生命力の高さは確かだ」
ミッシング・アイランドの地図データを参照すると、遺伝子研究所があるエリア1、水槽が存在するエリア2、発電所と焼却炉のあるエリア3、ビオトープのあるエリア4、そして──中枢とも言えるエリア5の5つに分かれているという。
しかし、カルミアは既に3つのエリアを探索しきっており、そこにミッシング・ナンバーらしきポケモンは居なかったのだと言う。
「それで……大丈夫か?」
「覚悟はできてます」
「……よーし。それじゃあ、3度目の正直だぜ」
メグル達は、研究所に再び忍び込み、今度はこちらからタイプ:ゼノに仕掛けることにする。
敵は研究所を徘徊しながら、侵入者を見つけ次第襲い掛かっている。
それが視覚によるものだとは思えない。
研究室に再び入ったメグルとカルミアは、それぞれの手持ちを繰り出す。
先ずは危険な薬品が漏れ出したことを考えて、マタドガスを後ろにステイ。
そしてメグルの主要戦力は──ニンフィアだ。
「アヤシシの鬼火で弱体化させないんですか?」
「しねえよ、火傷させたらお前が熱い思いするだろ。できるだけあいつを、攻撃にも状態異常にもさせずに弱体化させて、バイザーを剥ぎ取れば良い」
「そんな事、出来るんでしょうか?」
「できるよ。強敵と戦う時の鉄則は、相手を徹底的に弱体化させることだからな」
「ふぃるふぃーあ♪」
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
リボンを伸ばし「大丈夫だからね♪」とカルミアの頬を撫でるニンフィア。
彼女は、メグルの考案した作戦ならば大丈夫だと確信しているのだ。
「……万が一の時は攻撃して良いですからね?」
「できればな。だけど、お前もタイプ:ゼノを傷つけたくないんだろ?」
というわけで、とメグルは大きな息を吸い込む。
「おらぁーっ!! タイプ:ゼノーッ!! 俺達は此処に居るぞ、さっさと出てきやがれーっ!!」
そう叫んで1分もしないうちに──研究室の扉が吹き飛ぶ。
侵入者を音声で探知したタイプ:ゼノが突っ込んできたのである。
「ぴぴぴぴぴぴ……ぴぽぽぽぽぽぽ!!」
ぐるぐると腕を振り回し、既に力は溜め切っている。
「ッ……来た!! マタドガス、手筈通りに……”ミストフィールド”です!!」
「ぴっ……!?」
床元は、先程のそれよりももっと濃い霧に包まれる。
これで暴れて薬品が零れても、即座に浄化されてこちらに影響を与えることは無い。
そればかりか、互いに状態異常にならなくなるのである。
「そんでもって──”あまえる”だ、ニンフィア!」
「ふぃるふぃー♪」
ふわりと跳んだニンフィアは、伸ばしたリボンをタイプ:ゼノに向けてぱちり、とウインク。
タイプ:ゼノは一瞬怯んだようだったが、すぐさま腕を振り回し、地面に叩きつける。
だが、先のようなクレーターは出来上がらず、攻撃の威力は明らかに落ちているようだった。
「か、かわいい……じゃなかった、攻撃力が下がってる……!」
「次は命中率だ! ”すなかけ”!!」
「”えんまく”です、マタドガス!!」
ニンフィアが砂を撒き散らし、マタドガスが周囲を更に白い煙で包み込む。
バイザーで覆われた視界は完全にふさがれ、タイプ:ゼノはニンフィアとマタドガスの姿を見失ったようだった。
後は、タイプ:ゼノを古き役割に縛り続けているあのバイザーだけである。
ニンフィアは、それを奪い取るべく、一気に煙幕の中へ突っ込むのだった。
「リボンで引き剥がせニンフィア!」
「ふぃるふぃー!」
リボンを伸ばし、バイザーを掴むニンフィア。
しかし、引っ張っても引っ張ってもなかなか取れる様子が無い。
見るとベルトのようなもので固定されてしまっているようだった。
そして当然、近付けば此方の居場所も勘付かれるわけで、タイプ:ゼノは腕を振り回し、ニンフィアを弾き飛ばそうとするが──視界が塞がれている所為で、腕が当たることはない。
どんなに威力の高い攻撃であっても、当たらなければ意味が無い。
そもそも攻撃力が半減させられた攻撃で、ニンフィアを倒せるはずもないのであるが。
「ふぃ、ふぃっきゅるぃぃぃぃーっ!!」
後頭部にへばりついたニンフィアは、リボンをバイザーのベルトに差し込み、引き剥がそうとする。
しかし、タイプ:ゼノも倒れて転がり、抵抗を試みる。
だが、この凶暴ピンクリボンに技を用いないステゴロが通用するはずも無かった。
倒れ込んだタイプ:ゼノの顔面に後ろ脚を何度もスタンピング。
当然そのダメージはカルミアにも跳ね返ってくるわけで。
「痛いッ!! 痛い痛い!! 顔が凹む!! 凹んじゃう!!」
「おいニンフィア!! ストップ!! ストップ!!」
「フィーッ!! フィッキュルルルル!! キュルルルルルーッ!!」
「ピ!? ピポポポポポポ!?」
「あの、ニンフィアとは思えない声が聞こえてくるんですけど、気の所為ですか!? 痛い!!」
「気の所為じゃねえよ! くそっ、想定以上にバイザーが外れねえみたいだ……!」
だが、此処まで来れば最早メグルが指示するまでもなかった。
マタドガスの煙幕が晴れた時、そこにあったのは、ぐしゃぐしゃに叩き壊したバイザーを咥えたニンフィア。
そして、悪魔とのタイマンに敗れて仰向けに倒れこんだタイプ:ゼノの姿だった。
「……おい、大丈夫かカルミア……?」
「な、何とか……ただ、サイコキネシスのダメージが返ってきた時くらい痛かったですね……」
「どんだけ強く蹴ったんだコイツ」
「ふぃー♪」
「お前しばらくオヤツ無しな」
「ふぃー!?」
「い、良いんですよ、メグルさん……ニンフィアのおかげで、あの子のバイザーも外れましたから……」
「君はもう少し怒って良いと思うんだけどな!?」
「ピ、ピポポポポポ……」
静かに起き上がるタイプ:ゼノ。
その顔は、紋様が入ったピクシーのそれとあまり変わらなかった。
漸く正気に戻ったのか、と二人が安堵の息を吐いたその時だった。
何かを感じ取ったのか、威嚇しながらニンフィアが目の前に躍り出る。
「なあ、俺さ……何でアイツがバイザー付けられて無理矢理命令させられてたのか、1つ考えたんだけど」
「奇遇ですね……私も多分今、同じこと考えてます」
「フィッキュルィィィ……!!」
「ピポポポポ……ッ!!」
ガンガン、と両腕を叩きつけるタイプ:ゼノ。
少なくとも礼を言っているような顔には見えない。
そして次の瞬間だった。気が抜けるような音と共に、ピクシーのような身体が一気に崩れ落ち、ガスのような気体の姿へと変質していく。
「ピピピピピピ……ッ!!」
──その姿は、メグルの知るゲンガーの如き姿に酷似していたのだった。