中村梅雀(二代目)なかむらばいじゃく
旧名・別名 中村まなぶ
歌舞伎役者・俳優
1955年生まれ。東京都出身。曽祖父は初代中村梅雀、祖父は三世中村翫右衛門、父は中村梅之助という家系に生まれ、卓抜した演技力でテレビ、映画など多方面で活躍する。NHKでは、大河ドラマだけでも『八代将軍吉宗』『葵 徳川三代』『篤姫』など10作品に出演、連続テレビ小説も『つばさ』などに出演。また、BS時代劇『伝七捕物帳』シリーズでは、父・梅之助の当たり役でもあった黒門町の伝七役に挑み、話題となる。プレミアムドラマ『70才、初めて産みましたセブンティウイザン。』ではヒロインの主治医・鬼子母龍太郎を演じた。
- 出身地
- 東京都
父・梅之助が主演させていただき、大人気を博した昭和の時代劇シリーズ『伝七捕物帳』。この作品が平成によみがえって、しかも私に“伝七”役を、と言っていただいたときのうれしさは忘れられません。確か2015年の冬だったと思いますが、生前の父にそれを報告することができたのがいい思い出です。父も大変喜んでくれて、長年大切にしていた十手コレクションを僕に託してくれました。
前回のパート1も大変好評をいただきましたが、パート2は立ち回りが数段パワーアップしていますから、僕も連日筋肉疲労と闘いながらの撮影になりました。でも父や祖父も殺陣の達人でしたので、僕も負けるわけにはいきませんからね。
十手さばきやテンポのよいセリフ回し、伝七がからむ長屋の人情物語など、シーズン1で感じた“もっとこうしたい”という思いが、より深みを増していい形でパート2につながっていると思います。何といっても、田中美佐子さんの演じる妻・お俊とはさらに息ぴったりに。徳重聡くんや上遠野太洸くんらおなじみの伝七ファミリーに、今回は風見しんごさんや大塚千弘さんらが長屋に転がり込んできて、また新たな展開を迎えるのも見どころです。え!? パート3があったら? ふふふ(笑)。僕自身、伝七の人情が平成の人たちに、今後ますます愛されたらうれしいです。
私が演じたのは、玉木つばさ(多部未華子)の父で、老舗和菓子屋「甘玉堂」の職人。妻の加乃子(高畑淳子)に頭が上がらない婿養子です。“朝ドラ”の撮影は長期間にわたるうえ、連日ハードなスケジュールではあるのですが、現場はとにかく日々楽しかったです。主演の多部未華子さんが、初々しくさわやかで。高畑さんの演じる妻も、ぶっ飛んでて面白いキャラクターでした(笑)。川越の江戸情緒のある風情もポイントになっていて、とてもすてきでしたしね。そういえば玉木家の隣人・宇津木泰典役を演じた金田明夫さんと、先日ほかの現場で会った際も、この作品の話で大いに盛り上がったほどです。
僕としては、手先の器用な和菓子職人という役どころでしたが、名物の“甘玉”を作るのに苦戦した記憶があります。それとこの当時、あんこに胸やけしちゃう体質だったので、あまり甘玉は得意じゃなくてね。なのに、僕の甘玉を食べるシーンの前後に限って、周囲がNGを連発するから、何度も何度も食べる羽目になったのも覚えています(笑)。10年近く経つのに、本当に懐かしい作品です。
懐かしい! 徳川家康(津川雅彦)の孫にあたる光圀役。テレビなどでおなじみの“水戸黄門”の青年時代であり、大河ドラマを楽しく見ていただくための案内役として、物語の中では神出鬼没の登場となりました。
今、自分で見ても、「よくこれだけのセリフを覚えたなぁ」って思っちゃいます(笑)。『八代将軍吉宗』もですが、こうした見事な脚本で俳優にいろいろと仕掛けてくださるのが、ジェームス三木さんの面白さです。でも、家重役よりはるかにこちらの方が大変でした。好き勝手やっているように見えますが、実は各話の解説を十数話分、1週間ぐらいでまとめて撮るというやり方をしていたんです。予算の都合で、セットを簡単に建てたりバラしたりはできないからだったのですが、まさに僕の撮影のためだけに“梅雀ウィーク”が設けられて、その時は疲労困ぱいの毎日でした。
スタッフさんがカメラを据え置きで待ち構えているところに、衣装に着替えてきた僕は、ずっとしゃべり続ける。でも、ちょっとでも間違うと、頭から撮り直しとなってしまうんです。そのプレッシャーたるや、今でも忘れられません。歴史上の人物の名前や、国名、石高などなど、よどみなく話さなくてはいけないなんて……。こんなに大河ドラマに出演させていただいてなんですが、実は僕、勉強の中でいちばん“歴史”が苦手なんです(笑)。
この作品に出演するまで、僕は宮沢賢治についてあまり知らなかったんです。でも実は、僕の祖父の中村翫右衛門が宮沢賢治と顔が瓜二つだったんです。あまりにそっくりで、私の父・梅之助が、祖父の写真の代わりに宮沢賢治の写真を持っていたという話もあるくらい(笑)。なんと宮沢賢治と祖父は年号こそ違いますが“9月21日”という命日も一緒なんですよ。だからこそ、この役をいただいた際は、何か縁があるのかもしれない、と思いました。
宮沢賢治の著作は詩も小説も、たくさんの方が朗読集などを出されているのでよく知られていると思います。その一方で、賢治本人については、評価が高まったのは没後だったこともあり、非常に謎が多い部分もありました。この役を演じる際に、賢治のことについてさまざまなエピソードをうかがうことができ、役作りに生かすことができましたし、より作品世界の持つ独特の魅力も理解できた気がします。
東北弁はもともと演じるのが好きだったので苦労はなかったのですが、チェロは難しかったですね。ドラマの中では吹き替えではなく、僕が実際に演奏しているんですよ。1か月くらい特訓しましたが、難しかったですね。ベースは得意でも、弓を使って弦を弾くのはまた勝手が違うものだなと思いました。残念ながらこの作品以来チェロには触れてませんが、貴重な体験をさせていただきました。
僕が演じた九代将軍・徳川家重は、当時の文献にも言葉が不明瞭だったと書かれ、何らかの障がいがあったと言われています。国民的人気番組の大河ドラマで障がいのある人物を演じることは、ある種、チャレンジであったと思います。でも僕は俳優として“一度は演じてみたい”と思っていた役柄でもありました。海外ではダスティン・ホフマンやロバート・デ・ニーロ、レオナルド・ディカプリオといった名優たちが障がい者の役を演じ、見事な作品に昇華させていましたので、僕自身もこの役に大きなやりがいを感じていたのです。
大切にしたのは、中途半端さやためらいがあってはいけないということです。むしろ徹底してリアルにやれば、絶対に家重の人生の濃厚さが伝わるはずだと。そのため事前にさまざまな専門家の方にお話を伺い、施設へも足を運んで障がいのある方たちと接し、感じたことを身体のすみずみまでコピーするような気持ちで撮影に備えたのを覚えています。
監督にはひとつだけ、お願いをしました。僕のセリフ部分だけではなく、その前後のすべての行程を撮っておいてほしいということ。家重が吉宗(西田敏行)の嫡男としてどんなプレッシャーを感じ、どんな葛藤を抱えて苦しんでいたか。僕はセリフの部分だけでなく身体全体で周囲に反応し表現をしていたので、それを撮ってほしかったのです。名ディレクターの大原誠さんが、見事にその要望に応えてくださって、心から感謝しています。





















