深夜のファミレスで“あるある”を全部やる
昔のファミレスって24時間やってた気がする。でも、最近はどの店も日付が変わる前に閉まってしまう。なんとなくコロナ禍が原因かと思っていたが、実際は2017年ごろから24時間営業廃止の流れはあったらしい。主な理由としては働き方改革などが挙げられているようだ。
その頃僕は実家暮らしの高校生だったので、夜中に出かけることなんてほとんどなかった。就職して一人暮らしをする頃には24時間営業は廃れてしまっていた。だから、僕は深夜のファミレスに一度も行ったことがない。
「ユルい空気」「内輪ノリ」といった意味で「深夜のファミレスみたいな」という形容詞が使われているのをたびたび見かける。そういう例えが通用するぐらいには一般的なシチュエーションらしい。深夜のファミレスを舞台にした漫画『THE3名様』はドラマや映画になったりもしていた。
僕は子供の頃から世間の普通に馴染めないことへの劣等感が強く、あのとき参加できなかったあるあるを今でも根に持っていたりする。
調べてみると、24時間でこそないものの深夜営業のファミレス自体は絶滅したわけではなく、割と残っているらしい。つまり、失われた青春は今からでも取り返せるのだ。
夜のアキバは意外と普通
ちょっと前に「秋葉原のサイゼリヤが朝までやってて便利」とTwitterで話題になっていた。僕はファミレスチェーンの中でサイゼがいちばん好きなので、せっかくならそこで夜を過ごしてみよう。実際はもっと近所(桜木町)にも朝まで開いてるサイゼはあったのだが、客層はアキバのほうが断然面白そうだ。
仕事終わりに普段とは逆向きの電車に乗り込む。普通に眠いので諦めて帰ろうかとも思ったのだが、そういう気持ちは無視。
23時近いにもかかわらず、秋葉原駅にはかなり人がいた。スーツ姿の集団がちらほらいるのは飲み会終わりだろうか? 秋葉原で飲むようなとこってあったっけ。
いつものカード屋も部品屋もみんなシャッターを閉めているが、人通りは普通にあるので静まり返ってはいないし寂しくもない。他の街ならわかるが、秋葉原って夜までいるような場所だったか。
とはいえ、しばらく歩いているうちになんとなく答えは察せてきた。
コンカフェである。いまの秋葉原はコンカフェの街なのだった。
日中ほどではないものの、路上には「1時間飲み放題2000円」などと書かれたプラカードを持ったメイドさん(?)が数メートルおきに立っている。風営法的なことはよくわからないが、夜中に開いている店も珍しくないようだ。
駅から10分ほど歩いたところで目的地に到着。暗闇に浮かび上がる看板はけっこう遠くからでも視認できた。
薄暗いエレベーターで2階へ上がると杏色の見慣れた内装が広がっていたが、その光景を見た僕は思わず目を疑った。
めちゃくちゃ混んでるじゃねえか。
昼間と全然変わらないぐらい人がいる。深夜のファミレスってもうちょっと退廃的なモンだと思っていたが、世間の人たちにとっては普通の場所なのか? せめて特別ではあれよ。
店員さんと目があったので指を一本立ててみせると、隅っこの席に案内される。ここまでの流れは全くいつも通りだ。
落ち着く前にいったんドリンクバーへ行ってきたのだが、なんかここの店舗はオレンジジュースの味が薄くて水っぽかった。でも、そういう無頓着さにはたしかに秋葉原を感じる。
夜を埋め尽くせ
AM0:03
俺が今日ここへ来たのはメシを食うためではない。今からここでやらなきゃならないことがたくさんあるのだ。
深夜のファミレスやることリスト
・終電を逃す←済
・隣の席の会話に聞き耳をたてる
・受験勉強をする
・作詞する
・漫画のネームを描く
・原稿(文章)を書く
・ドリンクバーだけで粘る
僕が思い浮かべる“深夜のファミレス”というのは概ね上記のようなことをする場所だ。とりあえず終電逃しはすでに達成したので、まずは受験勉強から始めるかな。
と、その前に料理が届いた。
猫型配膳ロボはいじらしく頑張っている。ドリンクバーのコーヒーは少し酸味が強く、ガムシロップを入れないほうが良かったかもしれない。ドリアは美味しかった。サイゼリヤは僕の期待を絶対に裏切らない。
両隣の席はどっちもおひとり様だったので会話を聞くことはできないが、左隣の男性も勉強中だったので意味もなく親近感を覚えた。学生ではなさそうなので、なにかの免許か資格の試験を受けるのだろう。いっぽうで僕はというと、なんの目的も理由もなくただ勉強のために勉強しようとしている。
自慢じゃないが、学生の頃は国語と美術の成績だけは良かったのだ。基礎レベルの問題なんてもーちょちょいのちょいよ! 見てな!!
なんて調子こいてたら全然ダメだった。
漢字が思い出せないのと(これは昔からだ。読めるけど書けない)、いちばん配点が大きい問二を外したのが痛い。
このままじゃ終われねぇ、次だ!
このまま全問正解するまで続けようかとも思ったが、夜は長いようで案外短い。あまり勉強にかまけていると他のタスクを消化できなくなりそうなのでほどほどで切り上げよう。
ネームを描こう
AM1:10
なんとなーく以前から「漫画家がネームを考える場所といえばファミレスか喫茶店」というイメージがある。実際、『SLAM DUNK』でお馴染みの井上雄彦はファミレスでネームを描いていたらしい。たぶん、家にひとりで籠っているより適度に騒がしいほうが却って落ち着くのだろう。
とりあえず僕もネームを描いていきたいが、そもそも絵を描くこと自体が久しぶりなので少しウォーミングアップをしてからがいいだろう。
うーむ、頭はもう少し小さいほうがカッコいいかな。
でもエンジンは温まってきたし、ネームやりますか。
AM2:00
こうして自由帳に漫画を描くのは中学生のとき以来だが、当時は『鶴の恩返し』のごとく部屋にこもって描いていた。それが今では衆人環視の中でも堂々と描けるようになったのは、良くも悪くも「他人は俺のことなんか見ちゃいない」のだと気づいたからだろう。ここにいる大半の人たちにとっては、パーテーションで区切られた小さいテーブルが自分の世界なのだ。世界の外がどうなっているのか、いちいち気にする必要はない。自分がそうであるように他人も自分のことを見ていないとわかっているから、個室じゃなくてもなんとなくプライバシーは保たれている。
いっぽうで、僕は飲み物のおかわりなどで席を立つたびに他のお客さんの様子を伺っていた。話している人たち、動画を見ている人、寝ている人・・・・・・いろいろな人がいる。特筆すべきは、明らかに長時間居座っている客を店員が咎めたりする様子が見られないことだ。「深夜のファミレスは自由な場である」という合意がそこには存在しているようだった。
歌詞を書く
AM3:10
松任谷由美はファミレスで曲を書いているらしい、というエピソードをここで紹介しようと思って改めて情報を確認したら本人が否定していた。マジかー・・・・・・。でもいいや、ユーミンがやってなくても他の誰かがやってるでしょ。「ファミレス=作詞」という俺の中のステレオタイプは揺るがない。
国語の成績が良かったことはすでに述べたが、音楽のほうはからっきしだった。コードがどうのといった音楽理論も理解できないので、曲を聴くときはまず歌詞から入る。好きになる歌手もみんな自分で作詞してる人たちだ。
僕は「ひとつのことを100の言葉で語る」ような歌詞が好きだ。小沢健二とか、Base Ball Bearの小出祐介とか、「君が好きだ」っていう内容を「君が好きだ」っていう言葉を使わずに伝えてるでしょう。ストレートな言い方をすれば一言で済んじゃう話で一曲もたせてるのがすごい。言葉の豊かさってそういうことだと思う。なので僕も「喧嘩した相手に謝りたい」という気持ちだけを歌詞にしてみた。
しかし、さっきから机に向かって前屈みで作業してるから背中がものすごく痛い。宿として見た場合、屋根と壁がついてんのはいいけど横になれないのは致命的だなぁ。いや、横になろうと思えばなれるんだけど(いるしな、そういう人)、さすがにそこまで唯我独尊にはなれないかなー。
と、ここで残タスクを確認しておこう。
・終電を逃す←済
・隣の席の会話に聞き耳をたてる
・受験勉強をする←済
・作詞する←済
・漫画のネームを描く←済
・原稿(文章)を書く
・ドリンクバーだけで粘る←済
最後に追加注文をしてから2時間以上経っているので、「ドリンクバーだけで粘る」はクリアとみなしてよかろう。現時点での達成度は5/7=71%だ。閉店まで残り2時間を切っているが、はたして逃げ切れるか!?
ファミレスで原稿ってカッコよくないですか
11月23日の文学フリマで出す同人誌がまだ完成していないので(コレを書いている時点でイベントは既に終わっているが、秋葉原に行ったのは9月)、可能な限り進めておきたいところだ。
SNSなんか見てるとよくライターやら作家の人が「ファミレスで原稿」みたいな投稿をしていて、なんかプロっぽくてカッコいいなぁと羨ましかった。俺もカッコよくなりたい。
これまたうんうん唸りながら取り組んだが、資料を読み返してばかりであまり書けなかった。とはいえ締め切りまではまだ1ヶ月半あるし焦る必要はないだろう(最終的には完成したし)。あと、文章ってスマホで書いてるとあんまりカッコよくならない気がする。カッコよさというのはパソコンの形状に宿ってるのかもしれない。
原稿を進めるあいだ、ついでに周りの席の会話も盗み聞きしていた。集中力が研ぎ澄まされているからか割と離れた位置にいる人の声も存外よく聞こえる。
「先月だけでもう沖縄行って、宮城行って、その次高知」
ずいぶん忙しない人だな、と思って顔を上げると、5mほど先のテーブルで眼鏡をかけた50代ぐらいの男性が一回り若い女性と話していた。口ぶりから察するに、旅行ではなく出張だか打ち合わせだかで飛び回っているらしい。心底自慢げというか楽しそうな様子だったので、きっとこの人は経費申請の手続きが苦にならないタイプなのだろう。
そして夜が明ける
AM4:12
結局、原稿はあまり進まず。「そんな日もあるさ」と思うことにする。そもそも今回の目的は「原稿を完成させること」ではないのだから、「ファミレスで作業をした」時点で勝利しているのだよ。
・終電を逃す←済
・隣の席の会話に聞き耳をたてる←済
・受験勉強をする←済
・作詞する←済
・漫画のネームを描く←済
・原稿(文章)を書く←済
・ドリンクバーだけで粘る←済
mission complete! congratulations‼︎
気づけばもう朝、ラストーオーダーが近い。お腹も空いてきた。せっかくなので最後にもう一品食べていこう。
僕も含め、店内にはほとんど帰る気がない人しかいなかったので一晩中そこそこの混み具合であった。事前の予想に反していわゆる“オタク”らしい人はほとんどおらず、歌舞伎町あたりにいてもおかしくないようなヤンキー風の若者や何かしらの意識が高い仕事をしていそうな人など、広い意味での“東京”らしさみたいなものが前面に出ていたように思う。
いや、そういえばひとりだけ強烈に秋葉原を感じさせる人がいた。午前4時頃に現れた男性が広いテーブルでひたすらカードゲームの一人回しを黙々とやっていたのが今も瞼の裏に焼きついている。あの光景を見られただけでも遠くまで来た甲斐があった。作業して、他人を見て、飲み食いして、ファミレスのフルコースを味わい尽くしたと言ってもいいだろう。
お会計のときPayPayが使えなくて近くのコンビニまで現金を下ろしに行かないといけなかった。コンビニは道を挟んだ向こう側にあり、すぐ目の前なのに横断歩道を渡るため遠回りしたのが朝の散歩にはちょうどよかった。


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