ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
Act1:オーバードーズ×オーバーワーク
──本来、筆頭キャプテンの業務はあまりにも過酷──というわけでもない。
テング団との戦争による戦後処理然り、復興作業の指揮然り、そのほとんどは──彼女がつい自ら背負い込んでしまったものが殆どである。
例えば、メグルが遭遇した森の神様……もといセレビィに酷似したポケモンについての調査。
それに加えて、すながくれ忍軍としての本来の任務もあるのだから、彼女の肉体的・精神的負担は非常に大きかったのである。
驚くべくはそのマルチタスクっぷり。
ある仕事の移動中に別の書類仕事をそつなく正確にこなす。かと思えば、実務もてきぱきと行う。
サイゴクでも随一の頭脳は伊達ではないのである。
「──禁猟区での密猟は国際ポケモン条約で禁止……分かっているのだろうな。全員逃すなッ!!」
「ハッ!!」
キャプテンの仕事は、自らの縄張りでの犯罪組織の摘発も含まれる。
此処最近、マリゴルドの失脚によって統率されていた密猟組織が蜘蛛の子を散らすようにあちこちで四方に散らばり、暗躍していた。
そして、その多くは都会であるスオウシティに潜んでいるとされており、一番近いクワゾメタウンのキャプテンである彼女が自ら捕縛に出向いていたのである。
あっさりとアジトの場所を特定してみせたキリは、すぐさま突入作戦を立案し、決行。
構成員たちも、配下の忍者によって速やかに制圧され、襲い掛かって来たポケモンも、キリが繰り出したメテノによって正確に弱点を狙撃され、倒れてしまうのだった。
そのまま地下室に押し入ったキリは、配下たちに捕獲されたポケモンの保護を命じると、目の前に立っている首領格の男に言い放つ。
「……コソコソと隠れるのは、もう終わりでござる──ドン・ドリル」
「これはこれは、キャプテン様自らおいでなすったか。結構な事で」
「サイゴクを只の田舎だと思っていたのなら、遺憾極まるでござるよ。……此処はお前達のような汚れた存在が居て良い場所ではない」
「……人の巣で好き勝手しやがって。まあでもいいぜ、キャプテン様が相手なら、良い実験台になるだろ」
「──!?」
首領──ドン・ドリルは、注射器のようなものを取り出すと、それを自らの首筋に当てる。
「
ぼこぼこ、と男の肌が泡立っていく。
キリは、思わず後ずさった。
それは変貌と称するしかなかった。
両腕はドリルのように鋭利に尖っていき、更に額からもドリルが現れていく。
その姿はキリの知る、とあるポケモンの特徴に合致していた。
「──ドリュウズに──ッ!?」
頭が理解を拒んでいる。
しかし、次の瞬間にはキリの脳内で目の前で起きた現象の正体が解析されつつあった。
重要なのは注射器の中身。そこにあった物質を直接注入したことで、身体に急速的な変化をもたらしたのだろう、とキリは考える。
その物質の正体は、恐らくポケモンのエキス。そして、密猟されたポケモンの
「くだらん真似事の為に、ポケモンを犠牲にするか!!」
「真似事じゃあない!! ……言う事を聞くか分からない生き物に仕事を任せる時代は終わりだ!」
周りの設備を破壊しながら、ドン・ドリルは床を強く強く蹴った。
自らの身体をドリルに見立てて、キリ目掛けて回転して突撃する──しかし。
「──いいや、それでもくだらん真似事の範疇は出ないでござるよ」
ドリルライナーを正面から受け止めたのは──バンギラスだった。
効果抜群のはずの攻撃にも拘わらず、全く動じた様子を見せない。
そして、回転を続けるドン・ドリル目掛けてキリはワイヤーを何本も放つ。
回転する彼の身体に鉄の糸がどんどん絡まっていき──回転が止まる頃には、完全に糸巻きのようになってしまうのだった。
「がっ、ぐっ……クソ!! 全く千切れんぞ──ッ!?」
「やれやれ、鉄糸も引き千切れぬようでは、その力もたかが知れているな」
「おのれぇ──ッ!!」
「加えて、バンギラスの馬鹿力をナメて貰っては困るでござる」
「うぎっ、う、腕が──」
ドリルは完全に停止。バンギラスに押さえつけられ、投げ飛ばされてしまう。
「お、おおっ、俺はまだ終わって──」
「いや、終わりでござる」
そして無防備になった顔面に、キリが思いっきり飛び膝蹴りを見舞う。
例えポケモンの力を借りたとしても、耐久力は人並みでしかなかったのか、はたまた彼女の身体能力が人の域を超えているのかは定かではない。
だが、ドン・ドリルは一瞬で意識を奪われ、天井にぶつかった後、倒れてしまうのだった。
「……これにて任務完了。密猟組織のリーダー……ドン・ドリルを……確保──」
部下たちがドン・ドリルを捕まえ、連れていくのを見届けて、キリはばたり、と壁にもたれかかる。
大して苦戦したわけでもないのに、どっと疲労が込み上げて来る。何より頭が熱い。
「キリ様、大丈夫ですか?」
「頭領──お身体は」
「心配ない。只の眩暈でござる──」
そう言って立ち上がろうとした時だった。
(何だった、あの変貌……変態? いや、どちらでもいい。人間がポケモンのような姿になるなど……)
(ダメだ、頭が痛い、足がもつれる……視界がブレ──)
ばたん。
電池の切れた人形のように、キリはその場に倒れてしまうのだった。
──断章「忍×闘アライブリバースト」
※※※
「……で? オレっちが呼ばれたってワケっスか。キリさんの容態は?」
「肉体の疲労は回復するだろう。しかし問題は脳だ。リュウグウ殿亡き後、キリ殿はその引継ぎや事後処理など全ての業務を同時並列的に、そして完璧にこなしていた」
「うわぁ、考えたくねーッス」
「……少しは我らに任せれば良いものを、隠れて仕事をしていたほど。その結果、オーバーフローを起こし──」
──イッコンタウン・キャプテンのノオトは、忍者に連れられて、キャプテンのキリが眠る寝室に案内されていた。
敷かれた布団の上では確かに仮面を外したキリが寝転がっており、そして──
「あい~、あいあい……」
「こうなってしまったのだ……」
「どうなっちゃったの!?」
──ガラガラを持って、何やら呟いていた。
口には哺乳瓶がブチ込まれている。
とてもではないが、15歳の金髪美少女にやらせることではない。
この特殊プレイもびっくりな光景に早速ノオトは理解が追い付かず、忍者の首根っこを掴む。
「オイイイ、説明しろォォォ!! 過労でとうとうおかしくなっちまってるじゃねーッスか!!」
「言ってしまえば、脳髄のキャパオーバー。それに伴う幼児退行!! それが今のキリ様の症状だ。こんなケースは初めて──」
「オレっちも初めてなんスけど!? 仕事のし過ぎで頭がぴょいしちまってんじゃねーか!!」
「我々も忠言していたのだが、全く聞き入られず……最近は密猟組織の対処にも追われていた故……気付いた時には手遅れであった」
「元に戻るんスよね、これ!?」
「恐らく──」
「恐らくもメイビーもねーよ!! 戻らなかったら困るんスけどォ!?」
キリの脳は、ハッキリ言って常人のそれを遥かに上回る処理速度を誇る。運動神経の高さも、知能の高さも、そこに由来すると言っても過言ではない。
だがしかし、どのような高精度のコンピューターと言えど酷使し続ければいずれはショートする。
特に繊細な彼女の脳は、とうとう此度このようにダウンしてしまい、今に至る。
だが、ノオトを見つけるなり──哺乳瓶を外したキリは、ふにゃりとした笑みで笑いかける。
「ノ、ノオト、どのぉ……? えっへへへ、ノオト殿だぁ」
「おお、キリ様が言葉を! 昨日までは赤子同然の語彙しかなかったというのに! 何という回復力──」
「バカ!! 感心してんじゃねーッスよ!!」
「やはりブドウ糖……! ブドウ糖は全てを解決する! この分なら数時間後には言語能力が戻っているだろう、流石キリ様!!」
「だとしても哺乳瓶で摂取するモンじゃねーだろ」
仮面を付けた完璧なキャプテンとしての姿でなければ、人見知りが激しい仮面を外した姿でもない、全く見た事のないキリの姿にノオトは困惑する。
「我々からの頼みは一つ。キリ様に息の抜き方を教えてやってほしい」
「ええ……」
「ノオト殿は知らないと思うが、仮面を付けているときのキリ殿は傍目から見ても仕事中毒そのもの。しかも自分でも分かっているのか、仮面を取りたがらぬ」
「……オンオフの入れ方を分かってるんスね……」
「故に猶更タチが悪い。仮面を脱がなければずっと集中力が続くことを理解している。このままでは、キリ様も早死にしてしまう。付き合いの長いノオト殿ならば、キリ様を適切に補佐できるだろうとのことだ」
「それはあんたらの仕事っしょ」
「……我々が休めと言って聞くような御方ではない。リュウグウ殿が亡くなった後は、猶更……」
「……」
なまじ仕事ができるが故に無理をしてしまったのだろう、とノオトは判断する。
「密猟組織も撲滅され、ひと段落。ここらでキリ様には、休んでもらわねばなるまい。幾ら忍者の頭領と言えど、まだ15の少女なのだ」
「……そう言えば例の組織って、ヘンな薬を作ってたんスよね?」
「ああ。人間の身体を変異させる薬品を密猟したポケモンから生成していたのだ」
「……悪趣味ッスね。この際オレっちも協力させてほしいくらいなんスけど」
「いや、奴等についての捜査は我々すながくれ忍軍全体で執り行う。後始末は任せてほしい」
「ま、あんたらなら何も心配ないッスよねぇ。……りょーかいッス」
※※※
──数時間後。
「先程はお恥ずかしいところをお見せしたでござるよ……」
完全に元通りの語彙を取り戻したキリは、改めて寝室の布団の上で正座していた。
ついでに、復興作業の監督役、忍軍の指揮、森の神様の調査、その他テング団との戦闘の後始末、等々常人ならば1つでも胃が痛くなるような仕事に手を付けることを禁じられた。
結果、文字通り彼女は暇になってしまったのである。
「しかし、安心するでござるよ、ノオト殿。こんな事もあろうかとノートPCに書類のデータを……アレ? 開かないでござる!? あ、アイツら!! 人が寝てる間に電子機器に封を!!
(テープで物理的にPCの使用を禁じられてるッス……)
「小癪な! これでは、仕事が進まないでござるよ!」
「キリさんは働きすぎなんスよ……」
「し、しかし」
「以前は此処までワーホリ拗らせてなかったじゃねーッスか。何でこんな……」
「……拙者は、今や筆頭キャプテン。リュウグウ殿の跡を継がねばならんでござる。その為には、サイゴクを……一刻も早く復興させねばいけないでござるよ」
「それで無茶な仕事の量を入れてたんスね……真面目なのは、キリさんの良い所ッスけど、真面目過ぎも考えモノッス」
「……うう、面目ない」
「キリさんは、おやしろの実質的な最高戦力。いざという時にブッ倒れたら、誰がおやしろを守るんスか」
「そ、それは──」
「あんたの代わりなんて、誰も居ねーんスよ」
無理矢理ノオトはキリの仮面を引っ剥がす。
普段なら抵抗できるはずの彼女は、それを邪魔することもしなかった。
すぐさま可愛らしい素顔が露になり、彼女は顔が真っ赤になって手で覆ってしまう。
「な、ななな、なーんてことをするでござるかァ!? 返すでござるよ!」
「いいや、返さねーッス。仮面は禁止。ついでに、これから一週間、仕事も鍛錬も禁止! その間のお目付け役は、オレっちが務めるッス」
「ダ、ダメでござるよ! ノオト殿に、おやしろに迷惑が掛かるでござる!」
「既に迷惑掛かってんスよ! 任務の終わりにブッ倒れて、おまけに3日間近く頭がアッパラパーになってたキャプテンを放っておけるかって話ッス」
「うぐぅ……ぐうの音も出ない」
「出てんじゃねーッスか。しかも、あんた今、オレっちの動きに反応できなかったっしょ。弱ってるんスよ。あんたが思ってる以上に」
「……拙者は、どうすれば。拙者にはまだ、やるべきことが沢山あるのに」
「そりゃあ簡単ッス。あんたも年頃の女の子なら、ちったぁそれらしいことをやるべきなんスよ。ゴマノハの名前でオレっちの前に出て来てた時も、仕事か鍛錬ばっかだったし」
「……それ以外の生き方なんて分からないでござるよ……それに拙者、仮面無しだと人とまともに喋れないし、結局これしかないのでござるよ」
彼女は腕に自分の顔を埋めた。
重度のコミュ障であるが故に、任務と修行に明け暮れて生きてきたのが此処に来て響いている。
キリは、自分を休めると言うことをロクに知らない。
そればかりか、休みなしで何日も動けてしまうだけの脳と身体を持つだけに、無茶が利いてしまうのである。
「日々己を鍛え上げ、磨き上げ、忍び耐える。それが……忍者の在り方でござるよ。それを取り上げたら何にも残らないでござる……」
「本気でそう思ってるんスか?」
「でも……」
「でももヘチマもねーッス。とにかくあんたには、今からオレっちに付き合ってもらうッスからね」
「一体何を……」
「決まってるっしょ?」
にやり、とノオトは笑みを浮かべる。
「デートッスよ、デート!!」
「ハァ!?」
キリは目を白黒させる。
そんな彼女を差し置いて、すぐさまノオトは言い出した。
「明日、もう一回此処に来るッスから。オレっちが、色々教えてやるッスよ」
「ふぇえ……」
※※※
「デートだなんて分からないでござる~!! 遊びに行く恰好なんて知らないでござる!! そもそも人前で素顔なんて曝した日には何も出来なくなるでござるー!!」
その時、キリに電撃走る。
「そうか! 替え玉を使えば良いでござるッ!!」
「本末転倒というのですよキリ様、それに幾ら何でもノオト殿が可哀想です」
「あう……それもそうでござる」
「そうやってすぐ、難しく考え込んでしまうのが良くない所ですよ、キリ様」
【すながくれ忍軍:一番隊隊長・ミカヅキ】
ミカヅキは、最もキリと信頼関係の強い初老の側近だ。
従者としての役割や、付き人としての役割もこなしている実質的なナンバー2つである。
「でもでもでも、恥ずかしいでござる……忍び装束と和服以外、しばらく着てないでござるよ……」
「しゃらんしゃらららん」
メテノを抱きかかえながら、キリは鏡の前で顔を真っ赤にして座り込んでしまう。
彼女が極度の恥ずかしがり屋であることは、ミカヅキも理解している。だが同時に──彼女の分厚い殻を壊せるのは、ノオトしか居ないとも理解していた。
キリからすれば同年代で出来た初めての友人、それがノオトだ。
彼女はついついノオトの為ならば、と気を許してしまう節がある。
(キリ様は、あまりにも早くキャプテンの座に付き過ぎた。先代は死の間際、それを望んでいなかった……だが同時に、キリ様は歴代でも屈指の才覚の持ち主でもあった)
彼女の髪を透きながら、ミカヅキはふと思案する。
仮面を被ったことで、キリは自らの心を殺し、忍びとして完成された器となった。
それは──彼女が自ら望んだことであった。
父の死後も尚、すながくれ忍軍をサイゴク屈指の戦力として維持するという執念が為した荒業であった。
(キリ様は真面目過ぎる。真面目は取柄だが過ぎれば短所。それが、対人関係を苦手とする要因の一つとなっていることは否めない)
(此度の休暇で、少しでも自らの力を抜く術を知り、筆頭キャプテンの重責を和らげることが出来ればいいのだが……)
「ああ、誰か服に詳しい者は居ないでござるかーッ!?」
「お任せくださいッ!!」
鏡の前で思い悩むキリの背後に突如として現れたのは、くノ一部隊であった。
「逢瀬とあらば、我らにお任せを!!」
「殿方を落とすのに必要なものはたった3つだけ!! これさえ守れば殿方のハートをゲットだぜ!!」
「1つ!! 積極的なボディタッチ!! 耳に息を吹きかけてもオーケー!!」
「2つ!! 隙を敢えて見せるべし!! 向こうからお持ち帰りしてくれるから!!」
「3つ!! スケスケの勝負下──」
げ ん こ つ
「貴様等はァ!! 馬鹿な事を言ってないで鍛錬に戻らんかァ!! そもそもキリ様とノオト様は只の友人関係だ!!」
「ごめんなさいでした……」
「お前達の言っとることは、何もかもが間違っとる!!」
「ひ、酷い……我々は少しだけキリ様とノオト殿の距離を縮めてあげよ―かなーってお節介を」
「焼かんでいい!!」
余計な事を吹き込もうとしたくノ一たちは、ミカヅキから思いっきり高速で拳骨をゲットしたのだった。
「スケスケの……何が必要でござる?」
「キリ様にはまだ早い!!」
「そんな! ミカヅキ様がそうやって過保護だから、若君もいつまで経っても対人恐怖症が治らんのですよ!」
「15歳なら、もう大人ですよ昔なら!! セーフ!!」
「すっ飛ばし過ぎだ貴様達はァ!!」
結局、ミカヅキによる厳重なチェックが入り、明日の彼女の私服が決定したのであった。
試し着替えが一通り終わり、疲れ果てた顔で──キリは問うた。
「……ところでミカヅキ」
「キリ様。仕事の話なら──」
「何を隠す必要があるでござるか。
「ぬっ──流石です。しかし、今は休暇中。キリ様が気にすることはありません」
「原因は我々の自白剤ではないのでござろう?」
キリの問に、ミカヅキは首を縦に振った。
捕縛したドン・ドリルは、間もなく泡を噴き出し、一命こそ取り留めたものの廃人化してしまったのである。
それをすぐに調べたキリは違和感を覚える。ドン・ドリルは仮にも組織の首領のはず。
薬の特性を理解していなかったとは思えない。自分が廃人化すると分かっている薬を、意気揚々と打ち込むバカが首領を務められるのか、と彼女は考える。
「まるであれでは口封じ同然。しかも組織のボスがでござる。考えれば考える程……奇妙な話でござろう」
「今考えるのは、明日の
「……分かった。ミカヅキ達に任せるでござるよ」