【判決速報】なぜ東京高裁は「管轄権」を認めた上で、やまもといちろうを切り捨てたのか?――X Corp.勝訴判決が描く「独裁」と「追認」
令和7年12月25日(木)10:00 判決 損害賠償請求控訴事件
控訴人 山本一郎
被控訴人 Twitter, Inc. 訴訟承継人X Corp.
令和6年ネ略
825 高裁10部
前回の期日:令和7年3・11 第一回
「デジタル小作人」時代の幕開けー
令和7年12月25日、木曜日。 世間が「今日こそはサンタの格好する」等クリスマスにとりかかろうとする中、裁判所にはこの日も傍聴人がいる。東京高裁825号法廷の扉は、午前9時56分の時点では固く閉ざされている。
廊下に漂うちいさな苛立ち。期日取消か、という疑念が頭をよぎったその時――9時57分。 内側から金属音が響いた。そのわずか1分後、法廷内には事務的でありながら、どこか決定的な拒絶の色を帯びた空気が満ちている。合議体の裁判官たちは、クリアファイル片手に「鎮座」した。
午前10時、定刻。 裁判長は、感情の一切を排除した声で、短く主文を読み上げた。
「本件控訴を棄却する」
控訴人・山本一郎、被控訴人・X Corp.。 9ヶ月に及んだ控訴審の結末は、原審の維持、すなわちプラットフォーム側の全面勝訴。
しかし、この判決を単なる「言論人・有名人の敗訴」として消費することは一切許されない。今後日本でSNSを利用するすべての人間にとっての「法的な悪夢」を完成させてしまったのではないか。
東京高裁は、判決主文の中で驚くべき判断を示した。 第一に、「日本の裁判所に国際管轄権がある」と認めた。 第二に、適用される法律(準拠法)は、X社が主張するカリフォルニア州法ではなく、「日本法」であると控訴審は断定した。
ここまでは、控訴人・山本一郎の主張と筋が通った形だ。一見すれば、デジタル・プラットフォーマーによる法逃れを許さない、日本の司法主権の勝利のように見えるだろう。
だが、結論は「棄却」である。 これが何を意味するか、おわかりだろうか?
ここにあるのは、「日本法で裁いてやった。だが、その日本法こそが、お前を負けさせるのだ」という、グロテスクな二重の敗北宣告である。
東京高裁は、日本法の枠組み(民法の契約自由の原則、約款の拘束力)を適用することで、皮肉にも「X社は、理由なくユーザーを追放する権利を持つ」というプラットフォームの絶対権力を、日本の法律のお墨付きを与えて正当化してしまったのだ。 国際管轄権の認定は、ユーザーを救うための武器ではなく、現状を追認するための「権威付け」としての判断である。
9時57分に開かれた扉の向こうで、一体どのような法的ロジックが展開され、なぜ「表現の自由」は「契約書」敗北したのか。 この判決が確定した瞬間から、私たちのアカがいかに脆く、法的に守られない存在へと変わるのか。
クリスマスの朝に825号法廷で目撃されたディテールをなぞることで、デジタル世界の裏側で生まれた言論人やまもといちろうの「屈辱」が司法によって上書き保存された、残忍な判断を解剖する。
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