2024年春、東京・お台場に開業したテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」は商業施設を居抜きで活用している。そこには、特徴や強みを生かすことで投資を抑え、成功確率を高める刀の考えがある。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする。(本文敬称略)

 2022年3月に閉館した東京・お台場のショッピングモール「ヴィーナスフォート」。運営会社の森ビルが解体を考えていたところ、刀から思わぬ提案が舞い込んだ。

 「あの建物を壊すのはもったいない。大規模改修した上で使うことを検討できないか」

 窓口として刀からの提案を受けた森ビルの上田晃史は、耳を疑った。

「僕はまだ使える」と言っているように聞こえた

 ヴィーナスフォートは1999年の開業後、修繕を繰り返して営業してきた。このまま残したとしても、建物の維持管理だけで莫大なコストがかかる。とても「使いたい」と申し出る事業者は現れないだろう。将来開発のために、いったん更地にするというのが社内の既定路線だった。

 森岡はヴィーナスフォートについて「久々に行ってみたら『僕はまだ使える』と言っているように聞こえた。施設内のつくり込みがすごく、今あるものを生かせば、すごい空間ができると思った」と振り返る。

 例えば、ヨーロッパ風の街並みを活用しながら、照明を暗くし、音響や装飾を変えるだけで、ダークかつミステリアスなエンターテインメント空間に変わる。建物を解体して新築するとなると莫大な開発費が必要だが、居抜き出店であれば初期投資はかなり抑えられる。

ヴィーナスフォート時代のつくりを生かした「ザ・シャーロック」(写真=SHERLOCK HOLMS,DR.WATSON, and are trademarks of Conan Doyle Estate Ltd.Ⓡ)
ヴィーナスフォート時代のつくりを生かした「ザ・シャーロック」(写真=SHERLOCK HOLMS,DR.WATSON, and are trademarks of Conan Doyle Estate Ltd.Ⓡ)

 ヴィーナスフォートの場合、元がショッピングモールなので屋根があり、空調も完備している。季節や天候に左右されず、快適に過ごせるのも魅力的に映った。

 東京のお台場という立地も、インバウンド(訪日外国人)がたくさん集まる東京の中で、観光ルートの一つになっており、イマーシブシアターという新しいエンタメを世界に発信するには絶好の場所だと森岡は考えた。

 「これだけ素晴らしい施設があり、(森ビルも)我々を歓迎してくれている。この球を打たないのであれば、何のためにエンタメとマーケティングの看板を掲げているのかと自問自答して(今回の計画を)実現できるだけの能力を整えてきた」(森岡)

 建物は森ビルが所有している。イマーシブ・フォート東京は、森ビルから建物を賃借し、刀として企画・開発から運営まで自社で行う初のテーマパークだ。

 刀はひとたび入居を決めると、開業まで一気に準備を進めた。工事にかけられる期間はたった1年。それは、建築や工事作業者が全国的に人手不足となる中、「通常ではあり得ない短いスケジュール」(刀担当者)だった。

 工事を業者に丸投げしていれば工期が遅れていた可能性がある。ここで力を発揮したのが、刀が社内に抱える技術者だ。プラント大手で発電所の建設に関わったことのある社員もいれば、外資メーカーで海外工場の建設に携わってきた社員、通信大手に在籍していた社員もいる。

 そうした知見を多いに生かし、工事プロセスで省略できる部分、残して使える部分を洗い出し、刀側で工事計画の大まかな概要をつくった。業者の言い分を、うのみにはしない。対等に議論できたからこそ、迅速に工事を進められたという。

 これまで例のない既存物件でのテーマパーク開業。ヴィーナスフォート跡地の再開発について声がかかったとき、刀から居抜きの発想が出てきたのは偶然ではない。17年創業の刀は、精鋭こそ集まるが、まだ小さなスタートアップであり、資金の余力は十分とは言いがたい。そこで考えたのが、全国にある使われなくなった不動産の活用だった。

「イマーシブ・フォート東京」で濃密な体験ができるアトラクション「江戸花魁奇譚」(写真=イマーシブ・フォート東京)
「イマーシブ・フォート東京」で濃密な体験ができるアトラクション「江戸花魁奇譚」(写真=イマーシブ・フォート東京)

 イマーシブ・フォート東京を運営する刀イマーシブ社長の田村考は「あの建物を使うとしたらどうなるだろう、季節もののイベントにして巡回にしたらどうだろうなどとアイデアレベルで定期的にゆるやかな議論を繰り返してきた」と振り返る。

 具体的な建物も想定して、入り口や出口の場所や大きさなどから防災上のリスクをシミュレーションしたこともあった。そして、不動産関係者などには、むしろ、既存建物の空き物件を探してほしいと依頼していた。

 「新たな土地が欲しいといったことや(新ビルなどの)新しいプロジェクトに入らせてほしいというオーダーはほとんどしていない」と刀イマーシブの担当者は明かす。

 刀は居抜き出店という事業モデルの応用も考えている。田村は「非常に再現性が高い」と強調する。同社はこれを米ニューヨークや英ロンドンなど、世界の主要都市に展開する構想を抱いている。その際に居抜き出店の事業モデルが生きると見る。

事業の最大の敵は「投資」

 「エンターテインメント企業にとって最大、最悪の敵は投資。設備投資の比重があまりにも大き過ぎる」(森岡)

 それは過去の実例からも明らかだった。

 森岡はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)時代、廃業した遊園地を約50カ所調べた。すると、投資が需要を上回ったが故に立ち行かなくなったケースが100%だったという。需要は、商圏の大きさや人口を調べれば、ある程度分かる。それにもかかわらず、需要を上回る投資をした結果、廃業に追い込まれてしまった。

 刀が投資を判断する際、軸に置くのが投資と需要の綱引きにおいて需要が上回っているかどうかだ。

 過去には大きな投資を実施したこともある。USJ時代には約450億円の投資をした「ハリー・ポッター」エリアの新設に踏み切っている。だが、これも、「(需要と投資の)綱引きで需要が勝っていたから」(森岡)。当時、USJのシニアアナリストで現刀CIO(最高インテリジェンス責任者)の今西と共に複数のアプローチによって需要予測を計算し、投資以上の需要が得られることを導き出した。 

 「(会社規模に照らすと)投資は巨額だったが、はるかにそれを上回る需要があると分かった」と森岡は振り返る。

 独自の数学マーケティングによって導き出した需要予測を、投資額と照らし合わせる。このバランスで需要が大きくなり、投資が小さくなるほど成功確率は高まると考える。

 では、どのようにして投資を最小化するのか。一番の鉄則は「あるものをうまく活用すること」と森岡は言い切る。イマーシブ・フォート東京ではどうか。

「お金をかけすぎると失敗する」

 「ゼロからつくるとめちゃくちゃお金がかかる。私には、『先に投資をしてくださっている案件』に見えた」

 「特徴は(そのまま)生かした方がいい。それをこちらの都合で塗り潰すと、かえって投資が増える」

 これが森岡流の考えだ。もっとも、大前提として消費者が求める最適なサービスを提供すること。その上で、構想に沿うように資産の特徴をとことん生かすのだ。USJ時代の森岡の功績ではハリー・ポッターエリアの巨額投資に注目が集まりがちだが、実は、森岡はそこに至るまでの方がむしろ大変だったと語っている。入社した10年当時のUSJは入場客数が大幅に低迷していた。

 資金に余力がない中でいかに集客できる策をひねり出すか。おまけに14年のハリー・ポッターエリア開業に向け、事業での失敗は許されない状況だった。

USJ時代、森岡は資金がない中でジェットコースターを後ろ向きに走らせるアイデアをひねり出した(写真=J_News_photo/stock.adobe.com)
USJ時代、森岡は資金がない中でジェットコースターを後ろ向きに走らせるアイデアをひねり出した(写真=J_News_photo/stock.adobe.com)

 そこで打ち出したのが、後ろ向きに走るジェットコースターやハロウィーンイベント。映画のテーマパークだったUSJに、日本のゲームやアニメのコンテンツも起用し、客層を拡大した。いずれもアイデア重視で投資額を抑えた策。そこで投資に対して需要が大きく上回った。ハリー・ポッターエリア開業前の13 年度には、01年度の開業以来12年ぶりに来場客数1000万人の大台を突破していた。

 「お金をたくさんかけたら事業がうまくいくと思うかもしれないが、そうではない。むしろ逆だ。お金をかけすぎるとテーマパークは失敗する」(森岡)

 需要が投資を上回ってこそ成功確率が高まることは、テーマパーク業界に限らない。巨大工場の建設やM&A(合併・買収)で過剰投資がたたり、会社が傾くのも、その典型例だろう。投資より需要が上回ることは、あらゆる事業に応用できる考え方だ。

日経ビジネス電子版 2025年2月20日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)