《鴨川シーワールドは昭和45年、日本で初めてシャチの飼育を開始し、勝俣さんが入社後の55年、2回目の搬入を行った》
当館開業時に米国から搬入したシャチは、オスの「ジャンボ」とメスの「チャッピー」でした。搬入から3年半ほどで亡くなり、私が実習させてもらったときにはシャチは飼育していませんでした。というか、入社するまで当館にシャチがいたことすら知りませんでした。
再度の搬入が決まり、当時の鳥羽山照夫・初代館長から、これから健康管理を担当する獣医師として予習しておくようにと指示を受けました。2頭の飼育記録、血液検査や治療時のデータを整理し、搬入以降に起きたことをまとめました。シャチは体長がオスで最大9メートル、メスで8メートル近くになります。バンドウイルカは3メートルですから大きさが違います。実物を見るまではまるで実感が湧きませんでした。
55年2月、ついにアイスランドから2頭のシャチが到着しました。オスとメスです。
輸送コンテナから担架ごとクレーンでつり上げられたシャチがプールサイドに到着。私が採血をすることになりました。イルカの採血はだいぶうまくできるようになっていましたが、シャチは初めてです。緊張しながら尾びれをアルコール綿で拭きました。
《初めてのシャチの採血は…》
体も尾びれも大きいから、きっと血管も太くて血を採りやすいだろうと思いながら、尾びれの表に注射針を刺しました。しかし、当たりが悪く血は少ししか採れません。何回やっても微妙な状態でした。アイスランドから2頭に付き添ってきた獣医師が見かねて代わってくれました。
彼はシャチの尾びれを持ち上げるよう合図し、職員が持ち上げると、慣れた手つきで尾びれの裏からすんなりと採血を終えました。そうか、裏か。同じ獣医師として悔しいところですが、シャチの飼育においてはまだ技術レベルに違いがありすぎました。
《採血を終えた2頭はプールにつり降ろされる》
プールに降ろすときに体重を量ると、オスは860キロ、メスの方が大きくて920キロ。およそ2~3歳の若い2頭です。オスは「キング」、メスは「カレン」と名付けられました。送水が始まるとプールで2頭仲良く泳ぐ様子が見られ、夜間も「ワッチ」(観察)が続きます。
飼育の始まりは餌を食べてもらうことです。まずは、当館に来る前に食べていたニシンをあげてみました。2頭はステージに近付いて水面下で口を開けるので、その辺りに投げると口にくわえますが、環境が慣れないのかあまり食欲旺盛ではありません。それでも初日はキングが13キロ、カレンが17キロを食べました。翌日からは、これから主食とするサバを与え始めます。
しかし5日目、カレンは口の中に餌とプールの海水を一緒にためるようになりました。魚をのみ込まないのです。魚種をニシンに戻しても食べません。
《餌の攻防戦が始まる》
飼育係が生きたサバを3匹調達してきました。カレンの口の近くに投げ与えましたが、サバが暴れた隙に横からキングが食べてしまいます。3匹目がようやくカレンの口に入ると、サバの頭を食いちぎり、身をおいしそうにのみ込みました。目を輝かせておかわりを期待します。そこで冷凍はしていない生サバを与えてみましたが、くわえた後に水の中に放してしまいました。
生きたサバはそう簡単に手に入らないものです。どうしたものかと悩みながら過ごしていましたが、ある日、ベテラン飼育係が生きのいいサバをカレンにあげています。「活魚が手に入ったのね!」と話しかけると、ベテランは「ハハッ、だまされたね」と言うのです。(聞き手 金谷かおり)