烏合の隊列はされど強壮
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男にとって、目立つという行いは金や名誉よりも重要な事象だった。否、厳密には金も名誉も目立つ為の手段でしかない。
幼稚園の頃から中学生になるまで徒競走で負けた事はなかった。
中学一年生の夏、のちに地元最速と呼ばれる友人に初めて足で負けた時に走ることへの熱意はすっぱりと捨てた。もう目立てないと悟ったからだ。
大学生になって配信という今の場所に辿り着いた。
悪目立ちのような行動をしても善く目立つ、ゲームなら道化も暴漢も等しくスターになれる。幼い頃からずっと抱えてきた自己顕示欲を、非才の身で満たせる場所はここしかない。
第三者の視線が自分を固定してくれる。鏡を見てもどこかあやふやに感じてしまう自分を、何千何万倍という数の視線だけが妻夫木 隼を「ぱやぶさ」という形に定めてくれる。
───という旨の話を友人兼相方に話したところ、それはもうドン引きされたわけだが。
「それは誇れるものがあるからだぜ冷泉……」
動画編集ツールを操作する隣で相方の配信動画を眺めつつ妻夫木……ぱやぶさはポツリと呟く。当然パーソナルな電脳空間にいる以上、その言葉が誰かに届く事はない。
すい、とコンソールを動かせば流れる映像の一つが再生される。映し出されるのは一人の妙な頭をした男が崩壊する世界を駆け抜ける姿。だがぱやぶさの目は動画の人物を見ているようでそうではない。
あるいはその眼差しはもっと幼稚な、自分がその立場にありたいという輝き。
「いいねぇ……いいねぇシャンフロ。どこまで目立てるかな?」
リアリティもクオリティも、隔絶したそれらは大衆の目を強く魅了する。ならばそれら全てを舞台として己が立ったならば。
「最高だよシャングリラ・フロンティア……案件優先にして疎かにするんじゃなかった」
一番強くなくていい、一番速くなくていい……ただ、一番目立ちたい。
そう夢見れば、動画編集にも自然と力が入るというものだった。
◇◇
死ぬならば前のめりに。それが芹沢 鈴華の人生哲学だ。
何も戦国時代の武将のような人生が良いというわけではない。ただ、鈴華の思考を言語化するとこうなるのだ。
満足するのが嫌いだ、終わってしまったゲームを棚に置いてしまうのが嫌だ、なにより達成感が嫌いだ。
何かに挑戦している時に昂ること、困難に対面した時の挫折の影に背筋を凍らせること、少し休んで再びゲームを始める時に気を引き締めること。鈴華の心はいつだって挑戦者でありたい、見たいのは山の頂点から見る光景ではなく見上げた先に続く道なのだ。
だからゲーム配信も、楽しいのは事実だがそれと同じくらい不満に思っていたのだ。
「シャングリラ・フロンティア、凄いよね」
死ぬまでクリアできないようなゲームがしたい、それが芹沢 鈴華……徹夜騎士カリントウのささやかな願い。叶わぬ願いと知っているからこそ彼女はシャングリラ・フロンティアから離れていた。凄いゲームだと分かっているからこそ、終わった時の寂寥感は過去最大になるだろうと、そう感じたから。
でも違った。
ゲーム内の考察好きなプレイヤー達の手によって日夜明かされていく攻略情報は、そろそろ二年目に到達しようという今でさえ未だ全貌には程遠く。
いつしか攻略サイトを眺めることがカリントウの密かな趣味になるほどに、シャングリラ・フロンティアという世界の広さに魅入られていく日々。
もう我慢できない、そう思っていた矢先のぱやガルちゃんねるからの誘い……もはや断る理由はなかった。
二十四時間耐久配信を開始したカリントウは隕鉄鏡がリアルとバーチャルとを繋げるまでのわずかな隙間に、ポツリと呟いた。
「シャングリラ・フロンティア、楽しみたいな」
願わくば、永遠に!!
◇◇◇
アルファ、ブラボー、チャーリー、中略してゴルフ、ホテルの合計八人。それがGUN! GUN! 傭兵団のメンバーだ。
FPSが好きな者達がFPSで知り合って一緒にFPSで配信する……つまりどいつもこいつもつむじからつま先までFPSが大好きな人種の集まりなのだ。
そんな彼らはやはりというか、今日も今日とてFPSをしていた。
「こちらブラボー。エコー、向こうの建物に1パーティ。砂は無し」
「了解、エコーがグレ投げまーす」
『こちらゴルフ、その建物のさらに向こうにいるパーティにちょっかい狙撃しますタイミング求む』
『こちらアルファ、横から監視中……窓際に立った、今』
タァン! と快音。廃ビルの屋上から放たれた弾丸が空を切り裂いて遥か遠くの敵に命中。それと同時に投げ放たれたグレネードが爆発したことで二つの敵グループが慌ただしく動き出す。
GUN! GUN! 傭兵団はそれ以上の追撃をすることなく身を隠し、経過を観察する。もう一つのグループからすれば「上の方から狙撃された」という情報だけが判明している。それ故に見上げた先のビルで慌ただしく動く者達を下手人と判断した彼らは、濡れ衣を被せられたグループへと銃口を向ける。
『こちらアルファ、お見事』
「こちらエコー、どうもどうも……で、どうする?」
『こちらデルタ、ドローン爆撃開始。アルファはブラボー達と合流して二方向から攻めて削る。砂組はビル篭城側を援護しつつ適宜位置移動』
「「了解」」
八人の兵士達が二手に分かれ、しかし一つの戦術として残る敵を的確に追い詰めていく。
主導権を誰が握ったかなど自明の理、決着まではそう長い時間はかからないのだった。
……
…………
「んー……やっぱ物足りないんだよなぁ」
「シャンフロでFPSできると考えちゃうとなー」
迷うことなく再戦を選びながらも、待機空間にて彼らは談笑する。
傭兵団の面々はFPSが大好きだ。きっと老人になってもそこにFPSゲームがあれば手を伸ばすだろうという確信を若くして抱くほどには。
だからこそFPSに一つだけ不満があった。
「ま、リアルで街中サバゲーなんか出来るわけないし気持ちが昂るのも分からなくはない」
「視聴者数もマシマシだからねぇ、FPSは団体ゲーだし格ゲー程盛り上がらないからこの調子で人口が増えてくれたら嬉しいよねー」
「目指せシルヴィア・ゴールドバーグ? それとも魚臣 慧?」
「俺達プロ相手にはほとんど勝てないんだからそこらへんのプロゲーマーを目指すのはフカし過ぎだろ」
「じゃあ改崎さんくらい?」
「妥協案みたいな扱いやめれ、失礼だろ」
FPSとは要するに銃を撃ち合うゲームである。
それはつまり、銃を撃ち合うために存在する世界だということ。
ゲーマーなら誰だって考えたことはあるはずだ。例えばもし学校にゾンビの大群が来たら? もしテロリストが乗り込んできたら? リアルで魔法が使えたら?
あるいは、街中で銃の撃ち合いをするなら。
彼らの「目的」はFPSではない場所でFPSをする事。銃を取り出す事自体が間違っているような場所を戦場に戦いたい、FPSのフレーバーとして存在する「非戦闘員」などではない、本当の非戦闘員達の中に飛び込んで戦ってみたい。
だからシャンフロで銃が解禁されたと聞いた時、彼らは思わずハイタッチした。そしてダメ押しの大規模PvP……もはや行かない理由を探す方が難しい。
「街中戦闘あるかな」
「そりゃあるっしょ、王都とデカい都市がドンパチやるならどっちかが追い詰められるわけだし」
「ま、我々まだ銃ゲットできてないんですけどね!!」
「シャンフロでも火薬の匂いが嗅ぎたいよなぁ!?」
「魔力とかそういう系だろシャンフロ銃」
彼らはどの陣営に就くか、自陣営が勝利する事で何が起きるかに重きを置かない………何故なら彼らは傭兵団、正義の形など遊ぶゲームで度々変わる。無抵抗を撃つ趣味はないが、結局のところ彼らはトリガーを引いて弾が「敵」に当たればそれでいい。
◇◇◇◇
タバコに火をつけ、一服する。
男にとって高揚を抑えるルーティーンは、それだった。
「ふぅーーーー…………いやはや、学生時代を思い出すね」
ギャンブルとも違う、本業とも違う。焼けるような溺れるような、それでいてご馳走を待つかのような焦燥と期待。それは今ではそうそう味わえないかつての「青春」を思い出させるものだ。
男にとって、これは千載一遇のチャンスなのだ。
手を伸ばすには遠く、追いつこうにも男の足はそこまで登り切る力がない。であればせめて願いを託すしかない……そしておそらく、自分の見立ては間違っていないと確信もできる。
「どちらかというとサードレマ側が「正義」寄りだからね、十中八九向こうについているだろう」
くゆる煙が空に消える。男の家は隣人に煙が届く前に掻き消える程度には広い庭がある、近所迷惑を考える必要はなかった。
「さて……慧君はラブレターを読んでくれるかな?」
流れ星に願った事が叶うのを待つかのように、プロゲーマー改崎 速手は空を見上げて薄く笑う───
「熱っっっ!?」
そして、吸いすぎたことで指で挟んでいるフィルター部分まで燃えた事で悲鳴が夜の空に響いた。
ぱやぶさ:目立ちたい!!!!!
カリントウ:死ぬまで遊び尽くしたい
傭兵団:FPS! FPS!
改崎:ラヴィニュー