鏡面に響け、摩天より吼えろ 其の十八
Show Must Go On !
ガンガンと軽く頭を叩いてようやく冷静な思考を僅かながら取り戻せた気がする。だが迷ってる時間はない、一刻も早くこの場を離れなければ。
これで確信が持てた。パズルの最後のひとかけら、世界の主導権をとっているからこそ100%そうだと断言できなかった……あのデコトラの群れが正真正銘「サンラク」の味方であると確信出来たなら採れる策も一つに絞る事ができる。
ハイウェイから飛び降りて、地面までの数十メートルをヘルメスブートで滑るように落下。目指す先は当然サイナの立つ場所だ。
「契約者」
「いいかサイナ、手短に伝えるぞ。これがラストオーダーだ、泣いても笑ってもこの一撃で終わりだ」
端的な一言。しばし目を見開いていたサイナであったが、何かを感じ取ったのか、スポットライトに照らされた輝きの中で優美に一礼する。
「………御命令を。当機は貴方の人形。貴方に寄り添い、共に在るモノ。当機は───」
「手短に、っつってんだろ。んなもんわざわざ口にする事でもないだろ……いいか、「奴」に出来ることは俺にも出来る。なら「彼女」に出来ることはお前でも出来る。だから───」
◇
「───って訳だ。鏡はいつだって同じ事をするもんだ。お前にもきっと出来る」
「……………確証は、ありません。当機の演算能力を以ってしても、どういったプロセスを経ているのか、完全な解答を出すことは現状不可能です」
サンラクがサイナに頼んだ事は、説明も参考もなく無茶を通せと言うようなものだ。
だが、サイナは一通り論理的な否定をした後に。しかし、と前置いて彼女を背に前に立つサンラクへと視線を向ける。
「───ですが、当機は非論理的な根拠を以ってこう断言します」
お任せを。
返事はなく、ただ夜風に揺れる長衣を羽織る背中が、信頼という形で返事をしていた。
契約者曰く。今のオルケストラは世界を駆け巡るハイウェイに己の力、その全てを注ぎ込んでいる。エリーゼ・ジッタードールが出現していた時は世界の主導権を奪い合う戦いであったが、今はその逆。エルマ・サキシマは世界の主導権、その殆どをサイナに譲る事で強固な干渉力を持つ高速道路を形成しているのだと。
であればサイナにも同じことが出来るは当然のこと、鏡写しであるならばなおさらに。サンラクのオーダーは即ちエルマと同様の力を行使すること。世界を捨て、ただ己の想い描く象徴を歌い上げる。
だがどうやって? サイナというNPCの持つ情報ではその方法を確信に至らせるだけのものを生み出さない。そもそもオルケストラが未だブラックボックスである以上、そもそも原理を明らかにする事は不可能だ。
だがサイナというNPCがここに至るまでに得たものが正解へと歌を導く。
「…………当機の契約者、貴方はどんな光景を望みますか?」
「そうだな……折角の摩天楼なのにずっと見上げてばかりだったからなぁ」
背を向けるサンラクの指がインベントリアからあるオブジェクトを展開させる。
それは歪な形の箱を鞘とする奇妙な大太刀、これまでずっとインベントリアの中に眠り続けていた不滅の兎からの助太刀。
サンラク当人もサブサーバーセブンの登録ではないサイナも知る由のない事ではあるが、人知れず蘇った正典と戦わされたサンラクへのテコ入れ、言うなればイベント専用の武器であるそれは世界に一振りしか存在しないモノであり……世界に三振りしか存在しない枠組みに属するモノ。
「さぁて兄貴……約束通り風を斬れるようになったんだ、まさかここで鈍器運用なんてとんでも展開にしてくれるなよ……?」
すなわち災浄大業物。かつて世界を滅ぼしかけた三つの厄災、その一つを宿す「ある目的」の為に不滅のヴァイスアッシュが鍛えた刃である。
龍の如くうねり走るアスファルトの道。最早ジェットコースターのレールでさえもう少し纏まりがある程の混沌を生み出しているそれは、目標であるサンラクが地上に立っている事に気づいたのか、先頭のデコトラに真紅の荒ぶる獣を乗せながら急降下を仕掛ける。
「サイナ! 頼むぜ……………空へ!!!!」
「了解」
スカイスクレイパーはエルマの歌、エルマの憧れ、エルマの想い。さりとてサイナが今から自分だけの曲をゼロから生み出すような奇跡は起きない。
ならば、
「───遠く、遠く、在りし日の姿を夢に見た」
流れる旋律はエルマ・サキシマの「スカイスクレイパー」、されど紡ぐ言葉は歌詞とは異なる想い。
「過去の栄光、天を摩する威容。旅立ちを見送り、故郷に残ったその姿を」
欲しいのは広い世界などではない。エルマに、己の写し身に挑む親愛なる主人の寄る辺、誰よりも高く天にその手が届くようなそれを。
「N」パッチ、正式名称は「Namida」パッチ。既にサイナは感情を持った一人の存在、であれば単なる替え歌なれど込めた想いは紛れもない本物で。
「今は亡きその姿、私は今も夢に見る。憧れの中に根ざす私の───」
サイナの目に浮かぶそれは紛れもない涙、悲しみでもなく喜びでもなく。征服人形のキャパシティを超える情報が温かで透明な滴を零れさせる。
世界に亀裂が走る。二人の「歌姫」が剣を振るう戦士のためだけに歌うが故に、どちらからも手放された世界が崩れていく。
夜空がガラスのようにピキパキと音を立てて割れていく、だがそんな滅びゆく世界の中で確たる輝きを放つものが二つ。
大きく距離を取って最速の直線を刻まんとする道と「星」。
そしてもう一つ。信頼と好感を大黒柱に組み上げられるそれは高く、高く、戦士を乗せて高く! 空へ!!
歌姫は頬を伝う涙を拭うことすらせず、遠く離れていった戦士を眩しげに見つめる。想いは結実する、天をも摩するその名を微笑みながら静かに口にすれば───
「───摩天楼」
先頭と頂天、最後の戦いが始まる。
◆
風のない空。亀裂の入った月の光を背に俺は特大タワーの頂点に立つ。成る程? シャンフロにおける天国からの景色ってやつは随分と世紀末のようだ。世界が壊れていく光景とはな。
「高さよし、距離よし、時間よし」
防具はとっくに外した、やはりリュカオーンの刻傷がある以上は一張羅を使い潰す訳にもいかない。おのれリュカオーンめ。
「ふぅー…………」
ここに来るまでの間にこの刀の情報は一通り確認した。世界を滅ぼしかけた獣……否、この表現は厳密には正しいとは言えない。
「世界を滅ぼしかけた災害、殲嵐の台風が獣に貶められ、されど刀に宿る霊として祀られしもの……!」
その祀られし霊獣の名は、その大太刀の銘は!
「覇国兇嵐!! 」
その名を呼んだことで解放条件を達成。ねじれた箱……本来の鞘ごと刀を封じていた匣が木屑となって砕け散る。
それと同時に顕となった真の黒鞘から噴き出した強烈な風が俺を中心に渦を巻き始める。
ふと視線を向ければ、兇嵐帝痕・極が起動してもいないのに猛烈に回転を始めている。アガトレオの血肉が封じられた琥珀を基とするこのアクセサリーからすればこの刀は己の大本でもあるわけか。
「………」
重さそのものは百足式8-0.5や別離なく死を憶ふよりも遥かに軽いはずなのに、重い。まるで何か大きな気配が肩にのしかかっているようだ……いいね、こんなクソほど細かい描写にまでリアリティを突き詰めていく所は嫌いじゃない。
見下ろせば崩壊を始める世界を真っ直ぐこのビルへと猛進する光の群れがある。デコトラだからな、よく目立つんだよ……先頭のデコトラに乗ってる獣畜生の赤い姿もなァ!!
「覇国兇嵐の匣鞘は砕けた、あとは黒鞘だ」
この刀は二つの鞘から刃を抜き放つ為に幾つかの条件を達成しなければならない気難し屋だ。匣鞘は「所有者からの許可」なので問題はないが黒鞘の方は俺自身がなんとかしなくちゃならねぇ。
「まぁ、当てはある……」
後は野となれ山となれ。なんなら全部吹っ飛ばして綺麗な地平線を、そこから登る朝日を俺に見せてくれ……!!
「吼えろ覇国兇嵐! 存分に世界を喰い殺せ!!」
ここまでお膳立てしてもらって負けられるかよ、性能制限? 閲覧情報にロック? 知るかっ! 今使える全部を寄越せ、骨の髄まで使い倒してやる!! 燃えろカフェイン! 残りカスにもう一度火を点けろ!! テンションMAXだっ!!!
黒鞘の大太刀を無理矢理居合の姿勢で保持してビルの頂点から身を投げる。俺は翼を持たず、翅を持たない……つまり飛べば落ちる。だがその落下こそが重要! 臨界速が無いならば無いなりに加速の術はある!!
無重律の恩寵起動! ビルの壁面を地面と定義し、使えるスキル全てを発動しながらビルの壁を上から下へと駆け落ちる!!
「風を喰らえ! 息を吸い込め! 嵐の皇帝、ねじれた無限の風! いざ助太刀!!」
兇嵐帝痕起動! 渦を流れて加速!!
地面が近い、このままいけば地面のシミ、潰れたザクロよりも酷いモノに成り果てるだろう。だが、だが、だが! そうは問屋と俺が卸さない、ヘルメスブート! 空に坂を描いて駆け抜ける!!
騒々しいデコトラの咆哮、獣が叫んだ音が聞こえた気がした。風だ、崩壊する世界の空気が腰の一点に収束していく。
まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、来る、迫る、踏み込む、あと少し──────
「やってやろうじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!」
封雷の撃鉄!! 風と雷の同時使用、制御しきれない回転に手綱をつける唯一の方法、冴えたやり方、ベストアンサーはこれだ!!!
両足を揃え、前屈の姿勢から兎跳びの要領で跳躍! 過剰伝達の効果によって弾丸の如く跳ね上がった俺の身体を後押す大気の衝撃。それはまるで何か大きな獣の咆哮に押し出されるようで。俺に使うことを許された力はただ一つ、大いなる加速……嵐の帝王からの叱咤激励!!
「【嵐帝の喝破】!」
轟、と獣の咆哮に似た風の音が全ての騒音を掻き消す。己の足が齎したものではない、大きな力が前に俺の身体を吹き飛ばす。偉大な獣な気配が背後に取り残されていく、吹き荒ぶ風の中で左腰の刀だけが俺に「抜け」と囁いた気がした。お望み通りに!!
「キ、リ……!」
『───────』
最後に踏み込んだ左足。時計回りの旋風が身体に最後の加速を齎す。嵐の片鱗が黒い雷によって増幅され、世界が横に伸びていく瞬間、黒鞘が大きく震えた。
まるで最初からそこには空気しかなかったかのように鞘が溶けて、消えて……真界観測眼を以ってしても一秒にも満たない超高速の世界の中で、実に美しい輝きを放つ薄い緑色の刃が滑るように閃く。
嵐の祀霊の神威を借りて、晴天流は風を斬り裂き敵を断つ。なればこの一刀に……
「風!!!!!」
断てぬものなし。
制御しきれない推進力と回転力と共に前方斜め上へ吹き飛んでいく俺の身体。
だがそれでも、握りしめた手と握り締められた覇国兇嵐からは、確かに敵を違わず断ち斬った確信の手応えが残っていた。
七百話になんとか合わせることができました
・覇国兇嵐
あるいは災浄大業物の一振り
あるいは刀に封じ込められた獣の名
あるいは……古代黎明期、旧大陸全土を滅ぼせる程に肥大化した大陸級超規格台風の名
ヴァイスアッシュの「概念斬り」によって現象から生命へと貶められた嵐の帝王は死闘の果てに調伏され、祀られし霊として刀に封じ込められた。