鏡面に響け、摩天より吼えろ 其の四
冥響のオルケストラは音楽プレーヤーである。
冥響のオルケストラは神代の人類……否、神代以前の人類と密接な関わりがある。
冥響のオルケストラは………その「神代以前人類」に対する物語だ。
◆
「………………」
一旦ログアウトした俺は深夜三時にドールベース……もとい、オルケストラの座す扉の前で集合する約束をキョージュ達と決めていたのでその前に色々と準備をする。といっても缶を一本空けるだけなのだが。
オルケストラは長期戦前提だからな、リボルブランタンよりもトゥナイト……いや、ここはあえてアンデッドにするか。生者専用のこのライオットブラッドを飲んで遥か過去の亡霊達と相対するってなんかカッコいいし。うーんさわやかなミント的風味。禁忌の摂取法は強力だけどなんでもかんでも混ぜりゃいいってもんじゃない、素材そのままの味わいあってのミックスだ。
「さぁて…………」
ベヒーモスで欲しい情報は獲得できた。十層で検索できる情報はオルケストラという存在を解き明かす上で極めて重要なものだ、エタゼロは何故か十層に自作のベッドを作って寝ていたが………いやマジでよく分からない、よく分からないままにフレンド登録したがますます奴という存在の理解から遠のいていく気がしてならない………エタゼロ、一体奴はなんなんだ。鯖癌にいそうな雰囲気もあるが鯖癌とは違う異質さを感じる。
いや、もう気にするまい。奴と俺とでは見ているものが違う、目的が違う。あと性癖も全然違う。
「一時半か………まぁいいや、ゲーム内で色々片付けてれば三時になるか」
◆
「ようサイナ、探し物は見つかったのかよ?」
『この私がいるのだから、見つからないということはあり得ない』
出たなドルオタの亡霊め、俺の中ではお前も「黒」だぞ。
「ていうか何を探してたんだよ?」
「回答:………否、回答拒否」
「あん?」
「その答えはオルケストラに提示する際に判明するでしょう」
言うようになったじゃねーかサイナ、そしてジャストタイミングだ。
「これからオルケストラに殴り込みをかけるんでな、ここで拒否っても一時間ちょいで分かるだろうよ」
「…………成る程、了解」
マジかお前と言わんばかりの顔をされたが人生駆け抜けてナンボ、思い立ったその瞬間から吉日だ。
「で、エムルはなんで耳を塞いで丸まっているんだ」
『いやなに、人類種以外にもシュテルンブルームの素晴らしさを伝道できるならばそれをしない理由はないだろう。とりあえずファーストアルバムからメドレーをだね』
「し、静かな風の音だけを聞いて生きていたいですわ……」
『そんな君にシュテルンブルーム内でのミニユニット「繚乱の風」がリリースした「さわやかな風に乗って」をだね』
「びゃにゃーーーーっ!!!」
いいかドルオタ、何かを勧める時に10も20も突きつけると基本的に人は引く。恐らくその混乱する風みたいな名前のユニットをオススメしたくて仕方ないんだろうが一曲紹介すればいいところでアルバムを引っ張り出すな。
凄まじい速度で俺の背中に逃げてきたエムルを頭の上に乗せつつ、恐らくこいつの|未練が満たされる《全人類がアイドルを推す》日はこないんだろうとアンドリューに哀れみの視線を向けるが、当の本人は気にした風もない。
『……ふむ、時にサンラク。君の言うオルケストラとやらだが、情報をまとめる限り、私が紛失した音楽プレーヤーが何らかの要因で敵として立ちはだかっていると……そういう認識でいいのかね?』
「ん? まぁそうなる、ついでに言えばあんたの叔母が亡霊として出現するが」
『そこがよく分からないのだがね。何故ならアレは………』
「ああ、そうだな。その疑問は俺も理解している………それ込みで検証しにいくから全部分かったら答えを教えにきてやるよ」
『未だ空にも至れぬ文明に教えを説かれるとは、成る程どうして面白い』
「ああそれと」
『まだ何か?』
「あの音楽プレーヤーを失くした事、その様子じゃ知らないらしいな」
『………?』
「アンドリューさんよ、「象牙」に聞いてみな」
多分死ぬほど後悔するだろうぜ。
……
…………
………………
「はいこんばんわ、いざ寝ようと思ってたらいきなり叩き起こされてシャンフロに呼び出されたミレィでーす」
ドールフロントで待っていたのは、深夜三時だと言うのに異様な集合率を見せる【ライブラリ】の面々と俺より先にオルケストラをクリアしたプレイヤーことミレィであった。因縁があるようなないような微妙な感情があるが、今はそんなカビたセンチメンタルに用はない。オルケストラが個々人で見せる表情を変えると言うならもはや他人のことなどどうでもいい、俺に向ける顔を凹ませればいいだけだ。
「フルダイブは実質寝てるようなもんだからセーフ」
「脳みそはフル稼働してますよねーっていう」
そこは言わないお約束、まあゲーマーがそこを言わなくてもリアリストの方々がしつこいくらい言ってくるからどっこいどっこいよ。
「そういえばー、オルケストラを先にクリアした者からのアドバイスとか欲しいですかー? ほら結構情報とか集めてますよ? お買い得ですよ??」
「………………」
「どうしました?」
「教えてくれるのはありがたいけど、それなら回りくどいこと言わずに要点だけ教えて欲しいんだけど。初歩的なことだよミレィ君」
「う゛っ」
磐斎氏から聞いたぞぉ? ミレィさんよう………あんた、熱心なシャーロキアンだそうで…………道理でやたら回りくどい話し方をするわけだ。カビたセンチメンタルに用はないがそれはそれとして悔しい感情は心の燃料として大事に保管しているわけでぇ……
「どうせならバリツ教えてくださいよバリツ……ねぇ名探偵さん」
「ふぐう゛」
「まぁそこら辺にしてもらえるだろうか? 彼女はバリツは出来ないからね。一回無謀にも影リュカオーンに試して酷いことになった」
「その話気になる」
リュカオーン相手って時点でオチが見えてる気がしてならないがそれはそれとして話のタネとしては上等そうな気配がする。
「キョージュまでぇ………勘弁してくださいよ、あれ結構黒歴史なんですよ……」
と、まぁそんな雑談はさておいて。この場に大量の【ライブラリ】が集まったのにはちゃんと理由があるらしい……考察厨の面々を見回して、やたら低い声の魔法少女が俺を手で指し示しながら告げる。
「さて、オルケストラ正典ルートが確定しているサンラク氏の協力を取り付けることが出来た。あとは如何にしてオルケストラの戦闘を録画できるか……時間も時間だ、手早く皆の意見を聞いていこう」
・ミレィバリツ事件
丁度エタゼロが「鎧闘士」を開放した時期にまことしやかに囁かれていた「このゲーム、本気でやればスキルアシストなしで巨大モンスターを投げられる」という噂を実証するべく、当時格闘番組を見てなんだか自分が強くなった気がしていたミレィが(偶然のエンカウントとはいえ)よりにもよってリュカオーンの影に喧嘩を売った事件。
結果としては「呪い」すら付与されない塩試合に終わったのだが、前脚に掴みかかったミレィが蹴り飛ばされ、下半身を食いちぎられ、尻尾で弾き飛ばされ、最後に岩に叩きつけられて死ぬ、という一連の流れがあまりに芸術的だったために【ライブラリ】内で伝説になった。
そもそも噂は「アクセサリーや防具で性能を上げまくれば」スキル無しでもモンスターを投げられる、が真相だった。