『六信』を自身の心で100%信じ、『五行』を義務として自覚し、行なっている人間は『ムスリム』です。
「では例え、窃盗・強姦・故意の殺人などの重大犯罪を犯しても、信仰(イーマーン)さえあればムスリムなのか?」
結論を先に言うと、
これらの犯罪を犯しても、信仰そのもの(イーマーン)を公に否定しない限り、その人はシャリーア法上『ムスリムのまま』です。
ただし、これは免罪を意味しません。むしろ逆です。
イスラームにおける信仰(イーマーン) は、
①心で信じること
②舌で告白すること
③行為によって完成すること
から成り立ちますが、罪を犯した瞬間に信仰が消滅するわけではない、というのがスンナ派の立場です。
一方で、窃盗・姦通・強姦・殺人はすべて大罪です。
宗教的にも法的にも極めて重い罪です。
①シャリーア法上は厳格な処罰の対象
②被害者の権利が最優先
③来世においても重大な裁きを受ける
と明確に位置づけられています。
つまり、
「ムスリムであること」と「善人であること」は自動的に一致しない。
しかし同時に、
「ムスリムだから犯罪が許される」などという発想も完全な誤りです。
この点でイスラームは、歴史的に二つの極端を退けてきました。
異端としての
「大罪を犯したら即不信仰者になる」とする過激思想
また「信仰さえあれば行為は関係ない」とする無責任思想
そのどちらでもなく、
信仰は残るが、罪は罪として徹底的に裁かれるという中庸を取ります。
イスラームでは、
①信仰はムスリムとしてのアイデンティティ
②行為は自己責任完結型(現世と来世含む)
この二つは切り離されず、常に同時に問われます。
だからこそ、
この理解を欠いた議論が、
「イスラームは犯罪に甘い」という誤解や、
逆に「犯罪者は全員イスラームの本質だ」という一般化を生みます。
イスラームでは、信仰の線引きには慎重で、行為の責任には極めて厳しい宗教です。
これが、神学と法学を分離しないイスラームの一貫性なのです。
Quote
PS HANT
@HantPs94688
Replying to @Samurai_Japan01
そもそも、”ムスリム”を名乗っている人間が本当にムスリムなのか?という問題もあるようです。日本人目線で誤解や偏見に惑わされずに理解するのはハードルが高そうですが、彼らと正しく向き合うためにありのままの姿を知る努力を続けたいところですね。
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