経済目的だけの「外国人受け入れ」の末路
このような現状をもたらす「移民利権」はすでに“岩盤化”していると言っていい。受け入れ企業や支援組織に“恩恵”をもたらす技能実習(育成就労・27年開始予定)と留学による受け入れ制度と体制が“稼働”している限り、高市政権の外国人に対する管理の厳格化政策とは無関係に、在留外国人が増え続けるのは間違いない。
制度上において、在留外国人の出身国や数を事実上、決めている現場は、人数の多さがそのまま“利益”となる、大学や、監理団体などに代表される外国人材の支援組織、そして低賃金人材の人数の分の利ザヤを稼げる企業だ。
そこには、地域社会への親和性や受け入れた後の文化摩擦や負担など、社会問題を見据えた判断やその動機は一切存在しない。あるのは、外国人を労働者として必要とする関係者の純粋な経済目的だけだ。文化摩擦がすでに指摘されているイスラム圏出身者でも、受け入れを実行する日本人の関係者らは地域住民が感じるデメリットとは無関係の立場だ。責任やデメリットと無縁な一方的な受益サイドの“営利目的”の思惑が、将来的な日本の民族構成を方向付けている現実がある。
政治家が唱える「人口減による人手不足」や「多文化共生スローガン」が、目的ではなく、“利権”維持の手段としての口実に過ぎないとしたらどうだろうか。