今月19日、高市早苗首相のもとで安全保障政策を担当する政府高官が、オフレコ(オフ・ザ・レコード)で「核を持つべきだ」と発言したことが一斉に報じられた。歴代内閣が堅持してきた非核三原則=持たず、作らず、持ち込ませずを真っ向から否定する暴論。永田町や霞が関に衝撃が走ったのは言うまでもない。
■伏せられた発言者の正体
これまで日本は、世界唯一の被爆国として核のない世界を訴えてきた。政府高官は個人的な意見と断ったようだが、問題の発言が国是ともいえる「非核三原則」を逸脱するものであることは確かだ。
問題のオフレコ懇談会(オフ懇)は18日のランチタイムに行われ、記者クラブ加盟社の大半が参加していた。政府高官の発言について最初に報じたとされているのは朝日新聞と共同通信。朝日は「官邸幹部は、高市早苗首相に対し安全保障政策などについて意見具申をする立場」、共同は「高市政権で安全保障政策を担当する官邸筋」と、いずれも発言者の名前や役職については伏せた。
その後、続いた毎日新聞も「安全保障を担当する首相官邸関係者」、日経新聞も「安全保障政策を担当する官邸筋」と同様の対応。懇談会が「オフレコ」だったためとみられている。
■筋金入りの核武装論者
ニュースが流れた日、自民党のある大臣経験者は議員会館の自室で、ため息交じりに「ああ、やっちゃった。だから、この人選はダメなんだって。高市首相は友達が少ないからなぁ。大きな問題になる前に更迭すべきだ。尾上くんにとって補佐官はあまりに荷が重い」と話し問題発言の「政府高官」が、元航空自衛隊の空将・尾上定正氏であることを明かした。文官ではない“制服組”を官邸に入れていたということ。異例の人事だった。
尾上氏は防大卒業後、航空自衛隊に入隊。空自北部航空方面隊司令官や同補給本部長を歴任し、退官後は防衛大臣政策参与を経て高市政権発足とともに「国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当」の補佐官として起用されていた。核武装論者が「核軍縮・不拡散問題担当」というのだから開いた口が塞がらない。
尾上氏を知る自民党関係者はこう語る。
「自衛隊OBの彼が、著作や講演で格好よく『核武装』『核を持とう』と述べれば、ある特定の層には受けがいい。その延長でやっちまった感じだ。OBや評論家と総理補佐官はまったく別物。補佐官が『核武装』と言えば、日本がその方向で進んでいくという方針を示したことになってしまう。尾上さんはペラペラよく話す方だから、危ないなと思っていた。案の定だ」
今年6月、笹川平和財団は『日米同盟における拡大抑止の実効性向上を目指してー「核の傘」を本物にー』という提言をまとめ発表した(*下の画像参照)。尾上氏は笹川平和財団上席フェローとして参加していた。
提言内容は、《非核三原則第3項「持ち込ませず」の見直し》、《非核三原則のうち第3項「持ち込ませず」を「撃ち込ませず」に変更するべきである》、《核持ち込み・核共有の推進》などと、非核三原則の見直しを求めるもの。その理由として、「(非核三原則は)核搭載米艦船及び米航空機の、寄港及び領海内通行・領空通過さえ認めない」から、日本や周辺で「有事」があった時、十分な対応ができないと主張する。
提言はさらに踏み込み、《日米間の核共有の取り組み等を検討すべきである》として核保有や核シェアリングを考えるべきだと説く。提言のもととなった会合に参加したのは、唯一の被爆国である日本の“元軍人”たち。正気の沙汰とは思えない。
尾上氏はこの論文に先立ち、PHP研究所から発刊された『自衛隊最高幹部が明かす 国防の地政学』(折木良一自衛隊第三代統合幕僚長「日本の核武装はありうるか」というテーマで執筆していた。
その中で尾上氏は、《「懲罰的抑止力」を保有することで日本に対する核攻撃の脅威を低減させる取り組みである。懲罰的抑止とは、相手にとって受け入れがたい報復能力を相手に認識させることで攻撃を思いとどまらせることである。日本が独自に核兵器を保有すれば、拡大抑止のジレンマ(東京を守るためにロサンゼルスを差し出せるのか)を解消し、自らの核抑止力で日本に対する核攻撃の脅威に対抗することができる》などと「核武装」の必要性を強調していた。「■日本の核兵器保有はありえるか」「■防衛費を大幅に増額せよ」といった小見出しは、高市内閣の安全保障政策と重なる。
■注目される高市総理の対応
尾上氏の問題発言を受けて、木原稔官房長官は「報道へのコメントは差し控える」「政府としては非核三原則を堅持」と説明し、火消しに躍起だ。だが、立憲民主党の野田佳彦代表が「総理の横にいる、安保政策の提言をする方がこのような考えをもっていることが問題だ」と批判。公明党の斉藤鉄夫代表も「罷免に値する重大な発言」と述べている。
自民党の中谷元前防衛大臣でさえも「政府の立場で個人的な意見を言うのは控えるべき。しかるべき対応を」と厳しく指摘したが、高市首相をはじめとする「政権幹部」らにその気はなさそうだ。それどころか、小泉進次郎防衛相や日本維新の会代表の吉村洋文大阪府知事は、オフレコ発言を報じたマスコミの姿勢を非難する始末。右傾化が顕著な連立内閣とはいえ、この方々は問題の本質が理解できていない。
「高市総理はオフレコ発言を公開したマスコミが悪いという世論を形成して逃げ切りたいのでしょう。しかし、非核三原則の方針変更とも思われることを、オフレコでもあっても軽々と言うものではない。個人的意見でもメディアの前ではダメだ。自民党の中からも『傷が深くなる前に』と更迭論が出ている。総理の台湾有事発言に続いて核武装論とくれば政権が極端な右寄りであることを証明したようなもの。周辺諸国はもちろん、アメリカも不快に思っているはずだ」(前出の大臣経験者)