人気者になったおばあちゃんトド ダルマザメに襲われ衰弱も離れ業を駆使して回復へ

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<23>

トドを保護(鴨川シーワールド提供)
トドを保護(鴨川シーワールド提供)

《海岸に打ち上げられた野生動物を保護することもある》

海岸に海の動物が打ち上げられると、やはり水族館ですので、その近所の方から電話がかかってくることがあります。コマッコウ、ハナゴンドウ、コビレゴンドウ、キタゾウアザラシ、キタオットセイ、ワモンアザラシ、トド、ゴマフアザラシ…。これまでに実にさまざまな動物が海からやってきました。もっとも、当館に収容できる施設がない場合や、感染症が持ち込まれる恐れもあるため、すべてを保護できるということでもありません。

印象深いのはトドです。平成26年11月、千葉県鴨川市の北東に位置する山武(さんむ)市の海岸にいるのが見つかりました。北海道など北方にいるはずのトドが千葉県沖にいるはずがありません。オットセイならば山武市の隣の九十九里町の方まで南下していてもおかしくないので、見間違いではないかと感じていました。

ところが、現場を確認した当館の「ひれあし類」担当、中野良昭さん(現・神戸須磨シーワールド館長)が、「確かにトドです」と。驚きました。痩せて弱っている様子だというので保護することになりました。トドはアシカ類の中で一番大きく、体重はオスで800キロ、メスで300キロくらいになります。海岸にいたのはメスで、中野さんたちは胴長などを着て海側から陸側へ追い込むようにしてトドに網をかぶせて保護しました。

弱っていてもトドは大きいうえにかみつくので危険です。ところがこのトドは網から逃げ出そうとするそぶりも、かみつこうとするそぶりもなく抵抗する力は弱かったそうで、輸送檻(おり)に収容され、当館に運び込まれました。

《保護したトドの様子は》

檻の外から観察すると、おばあちゃんトドのようでした。体は痩せて骨が浮き出ていて、体重は196キロしかありません。体のあちこちにダルマザメに皮膚を食いちぎられた痕があり、そこが化膿(かのう)しています。ダルマザメというのは体長30~50センチ程度の小さなサメです。口も小さいのですが、獲物にかみついて皮膚だけを丸くえぐり取って食べる習性があります。傷痕が丸いクッキーに似ているので、英語で「クッキー・カッター・シャーク」と言います。トドやアザラシなど「ひれあし類」以外でも、打ち上げられたイルカの体にも同様の傷痕を見ることがあります。ダルマザメは、潜水艦にすら向かっていくようなサメなのです。

おばあちゃんトドは自分で餌を食べられる状態ではなかったので、まずは補液を試みました。静脈を確保するのは並大抵のことでなく、檻の外から皮下に針を刺して行いました。また離れ業を駆使してチューブを喉の奥に入れ、お湯をのませるなどしたところ衰弱の状態から次第に回復し、1週間ほどで自分で餌を食べるようになりました。12月には、当館の施設「トドの海」で、ほかのトドたちと一緒に生活を始めました。

《このトドは「サチ」と名付けられ、人気者になった》

当館で幸せに暮らしてほしいという願いを込めて、また「山武市」の「サ」と「千葉県」の「チ」から、「サチ」と名付けられました。先住のトドともすぐに打ち解けて、仲良くのんびりと暮らしました。メディアで取り上げられたこともあり、サッちゃんを見に来てくれるお客さまも多かったですね。

サッちゃんは亡くなった際、解剖によってがんを患っていたことが分かりました。最後の時間を当館で穏やかに暮らすお手伝いが少しでもできたとしたら、何よりです。(聞き手 金谷かおり)

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