なぜ、私はこの沈黙に抗う本を書いたのか?
~真実が語られるとき、最初に壊れるのは、沈黙の構造だ。~
「展示の裏に、犠牲がいる。」
そんなこと、口に出すのは野暮だと誰かが言う。
けれど私は、それを黙って見過ごすことができなかった。
美術館やギャラリーに足を運ぶと、静かな空気に包まれた空間に出会います。整えられた照明、白い壁、無言の鑑賞者たち。そこには「尊い沈黙」があるようにも見えます。
でも、その“静けさ”の裏に、誰かの苦しみや搾取、無報酬の「お手伝い」や理不尽な犠牲があるとしたら?
その構造が「空気」として見過ごされ、語られることすら許されないとしたら?
私は、その“沈黙の構造”にどうしても問いを投げかけたくなりました。
🔥 アートの世界にある「贋作」は、作品だけではなかった。
このたび、note投稿記事やThreadsで呟いてきたことを整理して、書籍を出版しました。
タイトルは──
『誰も描かなかった 贋作構造 日本アート界の暗黙』
この本で描いたのは、絵画の“贋作”そのものではありません。
本物のふりをした制度、やさしさの皮をかぶった支配、沈黙で支えられた構造的暴力。
つまり、「リスペクトのないアート界」そのものが、“贋作”のようなものなのではないか?という問いです。
✍️ なぜ、この本を書いたのか?
きっかけは、「お手伝い」という名の搾取構造に直面したことでした。
報酬も契約もなく、しかし“やりがい”や“信頼”といった言葉だけが飛び交う世界。
何かがおかしいと思いながらも、多くの人が沈黙してしまう。
それはきっと、「名士との関係を壊したくない」「展示の機会を失いたくない」──そんな恐れがあるからです。
でも、それではいつまでも変わらない。だから私は、問いを可視化するためにこの本を書きました。
構造に対して声を上げることは、“勇気”ではなく“責任”だと思ったのです。
📕 本の内容を少し紹介すると……
第1章|問いを避ける国、日本
フェルメールとレンブラントの比較から見える、日本の「美術との距離感」。
第2章|恐ろしいほど遅れたアート業界
ベルトラッキ事件や美術館の贋作疑惑──“見る目”のなさと構造的問題を問う。
第3章|ギャラリーの実態
契約も報酬もない“お手伝い”という名の支配と、アーティストが沈黙する理由。
第4章|変革の歴史に学ぶ
クールベ、マネ、アンデパンダン展──「問い」から始まる美術史。
第5章|“贋作構造”に捧ぐ
アートを“個人の趣味”で終わらせないために。
“観る文化”から、“語る文化”“買う文化”へ。
🗣 これは“あなたの物語”かもしれない
この本は、アートの専門家だけに向けたものではありません。
組織の中で“おかしい”と感じながらも声を上げられなかった人
美術館で何度も「違和感」を覚えたことのある人
社会の“仕組み”に小さな疑問を持ち続けてきた人
この本が、あなたの中の問いにそっと火を灯す
──そんな一冊になればと願っています。
📕 書籍はこちらから
『誰も描かなかった 贋作構造 日本アート界の暗黙』
これまでnoteで触れた課題の背景や構造については、書籍の中でより深く掘り下げ、具体的な事例とともに問い直しています。
もし、少しでも「なぜこうなっているのか?」と感じられたなら
本書が、考えるためのひとつの起点になれたら幸いです。
ぜひ、この機会にページをめくってみてください。



コメント