植村特別記者(右)は江夏氏(左)の3つの伝説の真相に迫った
注目の人物や話題に鬼筆記者こと、植村徹也サンケイスポーツ代表補佐兼特別記者がズバリと斬り込む「徹也の部屋」。前回に続き、今春の阪神キャンプで臨時コーチを務めた虎のレジェンド、江夏豊氏(67)の登場です。熱く振り返る伝説のシーンの数々に鬼筆が迫ります。
(1)「阪神は人生そのもの。甲子園のマウンド、背番号28は青春のすべて」
植村 ことしは阪神が球団創設80周年を迎えています。その中に江夏さんの栄光の足跡も刻まれているわけですが、江夏さんにとってタイガースとは何ですか?
江夏 人生そのもの。甲子園のマウンドは青春のすべてやね。その後、いろいろな球団のお世話になったけれど、故郷は甲子園だし、タテジマだし、背番号28は青春のすべてやね。18歳から28歳まで、一番遊びたい盛りにタイガースで苦労したんだから。
植村 タイガースの人気はどう感じられますか? 大阪vs東京という部分もありますが。
江夏 これは400年前の石田三成と徳川家康の関ヶ原の戦いに遡る。特に西の人間は、東京には負けたくない。巨人ファン10人に「ライバルは?」と聞けば「阪神」「広島」「中日」といろいろな答えが返ってくるやろうな。でも、西のチームのファンに聞けば10人中9人は「巨人」と答える。
植村 江夏さんが巨人に対して牙をむいた姿が、我々には強烈でした。
江夏 それは村山実という人の影響やね。巨人に対する思い、闘志…。現役時も、指導者でも、嫌と言うほど見せられた。
植村 村山さんの一番強烈な思い出って何ですか?
江夏 1年目は弟みたいに可愛がられて。2年目は話もしなかった。もうライバルだから。甲子園のマウンドを守ってきた人にとって、それを脅かす人間が現れたということだよな。
(続けて)
2年目の春のキャンプの思い出は強烈だよ。それまでは当たり前のように、村山さんの投球練習を見て、勉強していた。村山さんら主力と、我々若手はブルペンに入る時間帯が違う。何とか早くランニングを終わらせて、村山さんのブルペンを見たいと思って、ワクワクして行った。ある日、目が合ったんだよな、村山さんと。そうしたら、パッとピッチングを止めた。
植村 エッ? 練習途中でですか?
江夏 見せたくなかったんだろう。
植村 キャンプの投球練習を江夏さんに見られて、問題があるんですかね。
江夏 それぐらいライバル視していたんだろうな。捕手の辻さんがゲラゲラ笑って「ユタカ、気にするなよ」と言ってくれた。今の世界では考えられん。村山実って何と根性が悪いんや、と思ったよ(笑)
植村 後に後輩が見に来て、江夏さんが投球練習を止めたことは?
江夏 それはなかったかな。ちょうど村山さんが真っすぐの力が落ちてきて、フォークにシュートをかけたり、スライダーをかけることを覚えた時期やね。
植村 今では考えられないような話ですが、ある意味、プロ魂ですよね。村山さんの一番の思い出が、ブルペンで投球練習を止めた話とは思いませんでした。その村山さんが2度目の監督就任された時は、キャンプで「ボス」と呼んでおられましたね。