【鬼筆・植村代表補佐兼特別記者「徹也の部屋」】(下)江夏氏、1973年虎V逸舞台裏を衝撃告白(5/5ページ)

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 打席は(佐々木)恭介。アイツは対江夏用。西本(幸雄)監督は何が何でも日本一になりたかった。勝つためには江夏をつぶさなければいけない。そのための秘策が藤瀬(史朗)の足。そして恭介の打撃。恭介はあの頃、かなり僕から打っていた。どう考えても、ゼロに抑える感じはなかったからな。

 植村 そして最後の最後、石渡(茂)に対して、カーブの握りでウエストしたわけですが。

 江夏 投手は腕がトップになると球種は変えられない。その前の段階ではズラしたりできる。リリーフをして覚えたことなんだけれど。打者をよく見たよ。あの当時、ウエストは真っすぐ、と決まっていた。カーブのウエストをした投手はいなかった。

 (続けて)

 でも、僕はやったよ。(スクイズが)来たと思った瞬間に、ウエストに変えた。神様のイタズラか、偶然なのか、(捕手の水沼)四郎がバッと立ってくれた。ただ、映像を何度も見たけれど、カットできない球じゃないんだよな。石渡が脇を開けた。脇を締めていれば、ファウルにはできただろうな。

 植村 面白い話ばかりですね。最後に、ことしのタイガースにひと言、お願いします。

 江夏 こんなに打てないチームじゃない。前半のポイントは、マートンの使い方かな。いじくり過ぎかな、と。打てなくても、もう少しやることがあるはず。機動力。といっても、盗塁だけじゃない。相手にプレッシャーを与えるような、エンドランとか、走塁とか。上本や大和は、十分にそういうことができる選手だから。

 植村 機動性ですよね。

 江夏 和田監督自身が現役時代、それを取り柄にやってきた選手なんだから。調子が悪いと打線を変える、試合に出させない、を繰り返していると…。兵隊は上を見てる。選手も、上が動きすぎると不安になってくるもの。

 植村 我々の会社にも通じますね。興味深い話、ありがとうございました

★取材後記

 村山実さんが2度目の監督になって迎えた1988年の春のオープン戦、甲子園球場だった。前日の采配を批判された村山監督は、一塁側ベンチ裏で報道陣に激怒し、評論家として来ていた江夏豊さんを見つけるや…。

 「ユタカっ! こいつらが寄ってたかって、ワシをいじめるんや! 助けてくれい!」

 そう言い放つと鬼の形相でグラウンドに飛び出した。その後ろ姿を目で追いながら、江夏さんは「ボスっ…」と困った顔になって、周囲の報道陣に「今はボスも大変なんやから、そっとしといてやってくれや」と理解を求めていた。

 こんな人間味あふれるやり取りは、今のプロ野球で見たことも、聞いたこともない。しかも、あの江夏さんがなだめ役になったことなど、きっと後にも先にも一度だけだったろう。

 改めて江夏さんは村山さんを「大恩人や」と言い、「あの人のお陰で僕はタイガースに入ったんや」と言った。数々の修羅場をくぐり抜けた男と男。先輩と後輩…。遠い先を見つめた江夏さんの表情を見ていると、阪神タイガースがまた嫌になるほど好きになってしまっていた。 (植村徹也)

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