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みんないつかはだよ
みんないつかはだよ
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みんないつかはだよ
@shibetuchan
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35歳でまだまだ若いのに、母親も亡くなり夫にも先立たれ、子どもは一人で十分なので今後産む予定もなく、ただただ無気力の余生感。ゆっくり楽しみや生き甲斐を見つけたいけど、その作業も今は疲れるからボーッとしてたいな。
私の場合、夫との死別理由が自殺や事故ではなく長い闘病の末だった。それでも「もう数日持つか、いつどうなってもおかしくないです」と言われた瞬間に、なぜか病院でXを開設した。
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ボバすいか
@iftbct
身内を自殺や事故で亡くした経験ある人なら分かると思うけど、強い精神的なショックを受けた時なんとか正気を保つために、SNSで文章を書いて言語化して、それを自分自身で読むことで状況を解説してもらってるような感覚が欲しくてそういう行動を取ることがあるんだよ。余裕とかじゃないんだわ x.com/hironino5/stat…
死別、死別っていつまでも死別にとらわれててもさ…と思われようが構わない。毎日毎秒、色んなタイミングで夫のことを想うんだもん。最愛の人と死別してるんだもん、死別、死別と言わせてくれ。
夫の仕事関係者から「手を合わせに行きたい」と連絡があり、未だ納骨してないため来るとしたら自宅…こういう時の気持ちのもっていき方を教えてほしい。断りたい。
大切な人との死別で苦しんでる人へ。
頑張ろう!あの人の分まで生きよう!
後悔のないよう毎日を大切にしよう!
と思えば思うほど、ちょっとした事、
日々の予期せぬ衝撃で
ものすごい反動がくるから、、、
ゆっくりぼちぼち過ごそうね

死別したことで、夫に対して美化してる部分は大いにあるだろうし、年々美化されてく感じも否めないけど、やっぱり出会えたことも好きになったことも運命だったと思うし、夫に会いたくて泣けてくる。
夫と死別して、子どもとなんとか楽しい時間が増えるように過ごしてきた。「時間薬」という言葉があるように、確かに死別直後よりは夜な夜な泣くことも少なくなった。今はほぼないと言ってもいいくらい。夫がいない生活に私も子どもも慣れてきた気さえしてる。だけどさ…やっぱり夫が生きてないのが嫌過
夫と出会うまで私は25年も生きてきて、夫と出会ってからは9年一緒に生活して、去年死別してからは自分の34年の人生が丸々消え去った気になっている。喪失という不思議体験中。
夫ともう会えない、寂しい←最後ココ
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でも今を大切に生きなきゃ
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息子も私も健康だし
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猫も可愛いし
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健康さえあれば夫がいなくたって!
↓
みんないつか死ぬんだし…
↓
死別はやっぱり辛すぎる←今ココ
以上、わたしの死別沼
※悪態注意※葬式や通夜参列レベルの経験で死別の辛さを「分かるよ〜辛いよね〜」と軽く共感してほしくないんだよな…なんて可愛くない発想になる時もあります。
火葬炉の前の別れを経験したら、辛い、悲しいの表現を通り越してショックで意識飛ぶよ
Quote
みんないつかはだよ
@shibetuchan
死別って必然的に家族、親族、友達(恋人)と大切な人の数だけ経験する可能性のある出来事だと思うんだけど、若くしてその経験が連続すると本当に心が持たなくなる。悲しみに関しては同じだし表現違うかもしれないけど、親、配偶者、友達と自らも高齢になって「寿命だね」なんて以外、若ければ若いほど
Show moreもうすぐ死別して二年経つけど、やっぱりどうしたって「よく生きてるよ」「よくやってるよ」と自画自賛で思ってしまう。最近よく見る遺族年金改悪のニュースで『五年もあれば生活立て直せるだろ』『下手すりゃ再婚だって出来るだろ』なんて声も見掛けるけど、大切な人と死別した人たちにとったら何年経
ふと(そろそろ帰ってくるかも!)と思ってしまう時がある。頭ではもう亡くなってるし帰ってこない事も分かってるのに、長い出張から帰ってくるような感覚。分かる人いますか?夫と死別して一年半なんだけど、いつまでこの感覚あるんだろう…寂しい
そうだ、私はまだ死別歴1年半。
死別初心者みたいなもんだ
悲しみとうまく付き合えなくて当然なんだ!石の上にも3年!きっと何事も、上級者になるには修行と忍耐が必要なんだな。
はぁ、、、
大切な人との別れは本当につらい。
「自分にとってどれだけ大切な人だったか」で、立て直せないほど心が折れてしまう場合もあると思う。
どんな奇跡が起こったとしても二度と会えないんだもん。故人が悲しむから頑張らなきゃだめだよ!なんて綺麗事は放り投げよ
ポイッ #死別
年に数回会うレベルでの祖父母や身内との死別経験で「分かるよ、悲しいよね」的発言をする人に申し訳ないけどイラッとする時がある(本当に申し訳ないし捻くれてるのは百も承知
)
自分にとって一番大切な人との死別は、底を突き抜けるくらいの喪失感なのよ
配偶者死別は嘔吐目眩再起不能レベル!
死別って「ベストを尽くせた」「最期は良い時間を過ごせた」「亡き人に寄り添えた」と言い切れないところが、心が癒えにくいところなのかなぁと感じる。自責の念に駆られる必要はないと分かっていても、やっぱりまだまだ一緒にいたかったし、大事な人だし、ならその人にもっと優しくできたはずだろうと
大好きな人と死別して、ずっとずっとその大好きな人を想い続けてる人たちとハグしたい!!心の中ではいつもハグしてる気持ち。
(男女関係なく、そして変な意味はない)
やっぱり若年死別ってトラウマ。ずっと不安感が抜けない。これからも未来を共にするはずだった大事な人が死ぬって普通に心が壊れる。絶対に経験した人しか分からない、言い表せない辛さがある。新しいことへのチャレンジだったり何気ない日々を壊すこともある位。だからと言って毎日を平常運転で過ごせ
がん闘病の末での訃報はさらに胸が締めつけられる。「なんでこんな早く死んじゃうの」「まだ一緒に居たい」「死なないでほしい」という気持ちと『楽にしてあげたい』『もう頑張らなくていいんだよ』『痛みから解放されて良かった』という気持ちと、私はこの両方の気持ちで今でもとても寂しい。
死別して悲劇のヒロインに浸ってるわけでも引きずってるわけでもないんだよな〜。みんないつか大切な人と死別するのに、どうしてこうも哀しい出来事に対して上から目線な人がいるのか不思議でならない。
死別して約1年8ヶ月。時間経過と共に「死別前の生活を取り戻したい」「いつか切り替えられる日が来るのかな」「時間薬っていつから楽になるの?」という気持ちが薄れてきた。
今は『亡き夫は私の心の中に。この状態で生きていくことに慣れたい』という気持ちになってきた。
私はこれからもネガツイしていく!!『まだ言ってるんだ…』と思われたとしてもありのまま素直にネガツイする!!だってそうじゃなきゃ死別で苦しんでる悲しんでる人たちが救われない気がするもん。そりゃあ前を向いて頑張る姿は美しいけど、ネガティブでも踏ん張る姿だってもっと称賛されるべきだ。
去年は何してたっけとフォルダ見返したら、夫と息子と3人で日光観光して那須に泊まってた。たった一年で状況ってこんな変わるんだね。ってことは来年良くも悪くも「去年のことが嘘みたい!!」って激変あるもんなのかな。激変なんかいらないから穏やかに平穏に3人で暮らしたかったよ。#死別
「夫が死んじゃったよ〜」「会いたいよ〜」「生き返ってよ〜」ってエンエン泣いてた頃の方が楽だったかも。もちろんしんどさの質は違うけど、泣けてた方が気持ちのスイッチ切り替えができる感じがするね。
映画とか見て無理やり泣くか
トレンドワードの「真美子夫人」から、大谷夫妻関連の投稿を見てたら、夫婦っていいなぁ〜と思えて仕方ない。
穏やかそうな背中の広い夫、穏やかそうなチャーミングな妻、相性良さそうな夫婦を見ると、私ももっともっと夫と時間を共にしたかった!
夫が恋しいです、、はい
夫と会わなすぎて(結婚してたのって夢だったのかな…)と変な錯覚に陥るときがある。たまたま昨日、プロポーズされてから籍入れる時期の写真を見返してたんだけど、私とっても幸せそうだった。子どもが産まれた時の私も幸せそうだけど、プロポーズされたときの顔は格別にキラキラしてたな
まだまだ時間はかかるにしても、夫がいなくなってしまったver.の生活にも適応していきたい。
周りを見渡すとみんな当たり前のように家族揃ってて、帰ってきてからとても落ち込むことがある。落ち込んだところでだし、内情だって各家庭それぞれ分からないのにね。
「今日はシチューだよ〜」と当たり前のように小皿にシチューを入れ、そのまま夫の仏壇まで供えに歩いてる時(私は何をしてるんだろう)とふと思う。亡き相手に語りかける瞬間、どうしようもなく切なくなるね。仕方ないけど。
夫と遠く離れてしまって寂しいけど、ここにいるみんなが「奮闘していたり」「模索していたり」それなりに過ごしているから、私もそれなりに毎日を送れています。私だけが悲劇のようで、当然私だけじゃない。だけど、今日も相変わらず寂しいね、みんな!!
・仕方なかったんだ
・必死によくやったよ
・本当にあれで良かったのか
・もっとやってあげられたはず
・他愛もない話をもっとすれば良かった
と、色んな思いで胸が苦しくなる
自分を責めるわけではないけど、
もっともっと何かできた気さえしてしまう。
やっぱり夫と死別してから、自分が今までどうやって生きてきたのか・夫と出会う前はどう過ごしていたのかが思い出せない。夫無しでも生きてきた時代があったはずで、むしろその時代のほうが多いのに。失恋とは比にならない喪失感でなかなか自分を立て直せないでいる。死別ってつらいね。
夫がいないと私の人生に色がない。
大切な大切な息子はいるけど、
夫が与えてくれる彩りとは別物でね。
死んじゃったし、仕方ないことだけど
今日も嘆かせてくれよな!
ネガツイばかりでごめんだけど、
いいだろ、死別してんだから
現実世界では明るく口角上げてんだから
再来月で夫が亡くなって二年。お隣さんと外で遭遇する度に「あなたはよくやってるわよ」「息子くんも毎日どんどん大きくなって本当によくやってる」と自分の親にも義実家にも言われなかったことを言ってくれる。温かい言葉に泣きそうになる
次生まれ変われるなら恵まれた実家運が欲しい
夫が生きてた時間に戻ってほしい、
また家族みんなで過ごしたい。
今日は生理で体調も崩してるせいかナーバスに気持ちが揺さぶられてしんどい。地震の映像も今はとてもしんどい
ここ(X)にいる人はもちろん、私の親友たちだったり『何もしてあげられないけど
』の気持ちを持ちながら、そっと寄り添ってくれている感じが心地良い。悲しみの底にいるときに寄り添ってくれる人って、結局【何も言わず聞いてくれる人】なんだよね。これをできる人って本当に貴重で、大抵の人は
夫の終末期から今の今まで、子を誰かに見てもらうことなく(じじばば共に預ける場所無し)息子と二人三脚で頑張ってきた。
本当にしんどかった日もあったけど、現実的に預けられる状況はなかったし、手を差し伸べてくれる人もいなかったから二人で乗り切るしかなかった。
皆さん(死別仲間)の呟きはもちろん、死別内容問わず思ったことを吐き出したり、くだらない投稿を常時閲覧することが私にとって最大のグリーフケアなんだと思うこの頃です。
今日はハンバーグを作る予定。コネコネ。
死別って必然的に家族、親族、友達(恋人)と大切な人の数だけ経験する可能性のある出来事だと思うんだけど、若くしてその経験が連続すると本当に心が持たなくなる。悲しみに関しては同じだし表現違うかもしれないけど、親、配偶者、友達と自らも高齢になって「寿命だね」なんて以外、若ければ若いほど
配偶者死別を経験していない周りの人に対して「どうせ私の気持ちなんて分からないくせに!」なんて反発する気持ちは本当に一切なくて、ただただ純粋に『分からないだろうからお静かに』という気持ちです。変な探り入れてくる奴の意図ってお見通しだからな!気にかけてる風で家庭状況とか探ろうとしてく
【おぅ!帰ったぞー!】突然夫が玄関開けて帰ってきたりして…と想像する日がまだある。そしたら飼ってる猫も走っていくだろうし、息子も私も「わぁーーー」と玄関まで駆け出すんだろうなと。ものすごくリアルに想像できるのに、1000%現実にならないのが寂しいね。
死別後フルスピードで色んな手続きに駆け回ったせいで、今改めて申請類含め何がどうなってるのか全然把握できてない
私、どうやって色んな手続きした?スコーンっと全部抜けて自分で認知症疑うくらい覚えてない

私と夫は10個離れてるのだけど、ちょうど10年前の今日に籍を入れた。そして今の私は当時の夫の年齢になっている。そしてさらにこれから10年後、夫が亡くなった年齢に自分がなるのだと思うと、さらに不思議。その頃にはもう息子も18歳で立派な青年になってるんだなぁ
「もう二年か」「あっという間だね」←確かに自分でもそう思う瞬間があるにはあるけど、人から言われるのは絶対に違うのよな〜。ものすごくしんどい二年だったもん。
落ち着いたかと思えば、本当に些細なことで大きな波のような喪失感と焦りが戻ってくる。その頻度は間隔的には長く少なくなったけど、それでも突然落ちるこの感じがたまらなく嫌。こんな風にならなかった頃に戻りたい。元の私に戻りたい。
あの時踏ん張っててよかった、
ここまで生きててよかった、
と心から思える時ってくるのかな
生きてるだけで丸儲けなのはそうだろうけど、隣に夫がいないだけで虚無。
夫に依存してるしてないとか、生活面での不安とか、自立心を持てばいいんじゃない?とか全然そういう問題ではなくて。死別の嘆きを離婚の悩みとは一緒にしてほしくないんだよなぁ
離婚シングルと感覚一緒にされるとクゥ〜…うげぇ…と悔しくなる
死別仲間のみんなはもちろん、今つらくてしんどい思いしてる人たちみんなが、少しずつでも報われますように。
(神様、私はこんなにも心優しいです。BIGか何かが爆当たりますように)