新年に入ってからここまで一度も釣りに行っていない、私あわぶき。
軽く風邪をひいちゃったりして、家の中で悶々としながら大人しく押入れの整理をしていた時、一冊の古い本が出てきました。
1980年に出版され、取材自体は40年近く前になるこの本。
紀州徳川家の御用鮎師を先祖に持つ鮎漁師、小西島二郎さんが紀の川の鮎漁300年の歴史や思いを語る一冊です。
これを聞いてピンときた方もおられると思います。
そう、釣りキチ三平にも登場した「茜屋流 小鷹網」の伝統漁法のお話です。(私は、話の内容を忘れてしまいましたが・・・)
紀の川の御漁場があった、妹背の淵。
私も和歌山県に来て、早9年。
県内の地理にも親しみ詳しくなった中、何年ぶりかにこの本を読んで、より感慨深いものがありました。
この本の中では、小鷹網の他に置き網や友釣りなど、茜屋に伝わる漁法が図解で紹介されています。
茜屋流の小鷹網は、我流は一切許されず、足の踏ん張り方や腰のひねり方など、きちっとした型があるそうです。
その型を身につけるため、田圃に杭を2本立てて、それを目標にして投げる練習を3年間も繰り返し、その修行の末にようやく川で網を打つことができたのだとか。
厳しいですね~(;´Д`A
紀州藩主から御漁場を賜り、時に殿様自身が釣りをしたり見学に来るような場所で、下手な姿は許されなかったのでしょうし、茜屋流として中途半端な姿を見せられなかったのでしょう。
そして、小鷹網1枚作るのに絹を紡いで1年以上かかり、生活もかかっている特に大切な道具でしたでしょうから、これくらいの修行は当然だったと想像できます。
これは、川に網を渡して置く漁法です。
私も幼いころから、板取川で鮎の置き網や火振り漁をしていた祖父にくっついて回っていたので、この辺りの話は頷く部分が多かったですね。
そして、茜屋流には秘伝の友釣りというものがあったそうで、それも紹介されています。
これは、おとりの背刺し針。
流れの緩い岩場や淵で、縄張り鮎を見ながら掛けて釣る時に、オトリを鼻かんではなく鮎の背に刺して操作する釣法だそうです。
そしてこれが、おとり鮎の口割り。
鮎の掛かりどころが悪くて、くの字になってしまった時や急流に鮎を沈めたい時に、おとり鮎の口にマッチ棒を折って噛ませるというもの。
下顎が水流を受けて、ルアーでいうリップになるということですね。
「この発想はなかった」と膝を打ちましたが、私にはここまでサディスティックなことはできません。;^_^A
この本からは、茜屋流を守り伝えてきた小西さんの崇高な誇りと、紀の川を守り思う心が終始伺えます。
それは、小西さんの語る所の
「鬼手仏心(きしゅぶっしん)」
この一言に込められています。
漁師として鮎を捕る「鬼手」。自らの生活のために、やむを得ず持つ鬼の手。
しかし、鮎を捕るからには、心の中に持たねばならぬ鱗一枚落とさんとする「仏心」。鮎に対する心遣いでもあり、自分への慎みです。
とても奥深い言葉。
私達、鮎釣り士としては、とかく
「いかに鮎をたくさん釣るか、大きい鮎を釣るか、大会でいい成績を残すか、いい道具を使うか」
を考えがちになると思いますが、自然から恩恵を受ける者として時々立ち止まって「仏心」を忘れていないか、自らに問うことが大切かもしれませんね。