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哈爾濱で食べた3 - ロシアの香り漂う夜、舌で味わう街の来歴

松花江。アムール川最大の支流にして、長白山山頂のカルデラ湖を源に持つ大河である。吉林省と黒竜江省の境をなして東北平原を悠然と貫き、やがて黒竜江省へと入り、ハルビン市街のすぐ北を流れ去っていく。

今回は、その松花江を眼下に望める部屋に宿を取った。……そのつもりだったのだが、実際のところ、ホテルは川に「近い」だけで、部屋の窓から見えるのは雑居ビルの壁ばかり。労働節直前、慌てて部屋を押さえたため、景色まで吟味する余裕はなかったのだ。

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ちなみに宿の名は、「哈布斯堡酒店(ハプスブルクホテル)」。ハルビンという街の来歴を思えば、ロシア趣味に振り切って「罗曼诺夫酒店(ロマノフホテル)」でもよさそうなものだが、なぜかここでは中欧王朝が採用されている。

それ以上に我々がのけぞったのは、宿泊者向けの無料サービスとして、「西洋王朝風コスプレ写真撮影」が用意されていたことだ。

「ところ変われば品変わる、か……」
「漢服より、さらに仕上がりが恐ろしいね……」

先日の蘇州旅行で妖怪ハンフー(漢服)に散々遭遇した我々は、ここハルビンでも別種の妖怪と邂逅する可能性に思いを馳せ、静かに震えたのだった。

まあ、ホテルの部屋自体は広々しており、立派な中国茶器や茶盤があつらえられているなど、滞在は快適だったことは書き添えておこう。

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趣味の良しあしはともかく、立派な茶器セットがあった

夕方になって、我が子と散歩へ出かけた。連れが少し体調を崩していたので、二人で部屋からは見えない松花江を眺めに行くことにしたのだ。夕焼けに赤く染まる空と、影絵のように浮かぶロープウェー。「明日ママが元気になったら、あれに乗ろう」と、約束する。

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その足で、ハルビン一番の繁華街、中央大街をひやかしに行った。ロシア風の大型建築が建ち並び、土産物屋にもロシアを思わせる品が溢れていて、異国情緒は満点だ。

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例の似非ドラえもん・マトリョーシカを見つけたのも、この通りだった。僕は笑い飛ばしていたのだが、我が子の心には深く刺さったらしく、何軒か見比べた末、「一番変な顔のやつ」を選び抜くという妙なこだわりを発揮した(笑)。

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酒コーナーには、アルコール度数96度のスピリタスまで並んでいた。……今思えば、一本買って帰ってもよかったかもしれない。経済制裁の影響で、日本を含む多くの国ではロシア産の酒の輸入が禁じられている。こうして自由に手に取れるのは、中国にいる今だけなのだから。

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酒といえば、街のあちこちに、古式のビールサーバーのような装置を備えたドリンクスタンドがあった。 「现酿现打(その場で醸して、その場で注ぐ)」といううたい文句に惹かれ、ビールでも飲みながら歩こうかと近づいてみると、注がれたのはビールではなく、格瓦斯(クワス)だった。

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格瓦斯(クワス)とは、ライ麦パンを発酵させて作る、ロシアや東欧で古くから飲まれてきた低アルコール飲料。アルコール分はごくわずかで、子どもが飲むこともある、いわば「飲むパン」のような存在だ。

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ひと口飲むと、ほんのり甘酸っぱく、黒パンを思わせる香ばしさが広がる。炭酸は弱めで、ビールの代わりと思うと肩透かしだが、歩き疲れた体には案外優しい味だった。

試しに我が子にも飲ませてみたものの、そもそも炭酸が苦手なので、お気に召さなかった様子。親子で生ビールで乾杯できる日まで、どうやらまだ道のりは長そうだ(笑)。

哈爾濱で食べた3 - ロシアの香り漂う夜、舌で味わう街の来歴

僕らが出歩いている間、連れは部屋で昼寝をして、体力の回復に努める手はずだった。ホテルへ戻ると、さっきよりはいくらか顔色もよくなっている。

ところが、昼寝は思わぬ形で中断されていたらしい。

「最初はすごく気持ちよく寝てたんだけどさ……夜床服務にやってきたおばちゃんが、呼び鈴をピンポンピンポン鳴らしてさ」

夜床服務というのは、中国のホテルでよくあるサービスで、夕方から夜にかけて客室を再度整え、タオルを替えたり、水や果物を置いたりしてくれる、いわば「夜のハウスキーピング」だ。

「寝たままやり過ごそうと思ったんだけど、今度は大声で叫び始めたのよ。どうしても果物の盛り合わせを渡したかったみたいで、『グオパーーーン!! グオパーーーン!!(果盤!!果盤!!)』って、廊下に響き渡る大音量で(笑)」

少々押しつけがましい親切心がいかにも東北人らしくて、思わず笑ってしまった。

ちなみにその果盤おばさんは、翌日以降も毎日やってきて、同じ調子で「グオパーーーン!! グオパーーーン!!」と叫んでは、到底食べ切れるはずのない量の果物を置いていってくれたのだった(笑)。

さて、夕食は連れの希望でロシア料理になった。その歴史的経緯から、ハルビンにはロシア料理の老舗がいくつも残っている。最も古い創業1901年の「塔道斯西餐厅」を始めとして、創業1906年の「马迭尔西餐厅」、創業1925年の「华梅西餐厅」など、枚挙に暇がない。

折しも夕方の散歩で街に漂うロシアの雰囲気を感じ取ってきたところなので、良い流れと言えるだろう。

しかし、連れがロシア料理を選んだ理由は、それとは別のところにあった。

「一番食べたいのは東北料理だけど、今はまだ体調が万全じゃないんだよね。だったら今夜はロシア料理にしておく。百パーセント食べられなくても、悔いが残らないように」

体調不良のときでさえ、真っ先に考えるのは「食」のこと。見上げた根性である。

連れの意向を受けて僕が選んだ店は、「塔道斯西餐厅」。各店の料理写真や口コミを見比べた結果、観光地化しきっていない、どこか素朴さを残した雰囲気に惹かれたからだ。

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塔道斯西餐厅は、ハルビン最古級のロシア料理店として知られる老舗で、創業は1901年。アルメニア系の創業者が開いたコーカサス風味の料理店がその始まりだという。

1920年に現在の中央大街へ移転し、時代の波の中で改名や休業を挟みつつも、2005年に創業名を復活させて再開。店内には百年の歳月を感じさせるロシア風の内装が残り、古い写真や年代物のピアノなどが、いかにも老舗らしい空気を醸し出している。

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料理全体の印象を先に言ってしまえば、味わいはどこか懐かしい。悪くはないが、目を見張るほど美味しいというわけでもない。例えるなら、昭和から続く街場の洋食食堂の味である。

店内には、一人でふらりと入ってきて、何品かつまみながらウォッカを飲んでいる地元の男性客もいた。そういう姿を見ると、この店が今も「生きている」ことが分かる。

まずは俄式西梅红菜沙拉(ビーツのサラダ)。細かく刻んだビーツをマヨネーズ系のソースで和え、きれいな円柱状に成形してある。上にはナッツが散らされ、仕上げに赤い葉脈の走るレッドソレルが一枚添えられていた。

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ビーツが缶詰の水煮を思わせる風味だったのは少し拍子抜けだが、ビーツの旬は初夏(6~7月)と秋(10~11月)と聞く。時季外れと考えれば、仕方がないのだろう。甘さは控えめで、味としては悪くない。

乌克兰红菜汤(ウクライナ式ボルシチ)は、ボルシチというより、昭和の洋食店のミネストローネに近い。トマトの主張が強く、ケチャップほどの甘さはないものの、ビーツの存在感は全く感じられない。

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玉ねぎ、人参、セロリが入り、仕上げに生クリームらしきものが少量かかっているが、どうもサワークリームではなさそうだ。「ボルシチを食べた」という満足感は薄いが、旨味ブースト感がない点は良かった。

俄式家常肉饼(ポーククロケット)は、中身がぎゅっと詰まった硬派なタイプ。衣もしっとりしていて、塩胡椒はしっかりめ。一応、熱い状態で供されたが、どことなく作り置き感もあった。

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名物の罐焖牛舌(タンシチュー)は、大きな角切りのタンが器にごろごろと盛られていて、その無骨な見た目に笑ってしまった。タンの下には、人参とセロリが入ったスープ。ボルシチよりは、やや濃厚な味わいだ。タンは柔らかく煮えていたが、やや酸味を帯びた香りを感じたのが残念。

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これまた名物の焗烤奶汁杂拌は、いわばソーセージのクリームソースグラタンで、五ミリ厚ほどの斜め切りがどっさり。燻香がしっかりしていて酒を呼ぶ味だ。チーズやクリームソースと一緒に食べても、塩辛すぎないのは好印象。周りのマッシュポテトと一緒に食べるのもよし。

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全麦面包は、全粒粉パン。パサパサで口の中の水分を持っていかれる系だが、スープに浸して食べれば悪くない。添えられたガーリックバターと、どこかチープなブルーベリージャムが、妙にこの店の空気に馴染んでいた。

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酒は赤ワインのデキャンタにしたが、写真を撮り忘れてしまった。食後にデザートやウォッカを頼んでも良かったのだけれど、連れの体調を考慮して、自重しておいた。

派手さはない。洗練とも違う。だが、こういう素朴な西洋の味が中国東北地方の町に根付き、今なお残っていることが感慨深い。ハルビンという街が重ねてきた時間を、舌で感じる夕食となった。

中央大街を歩いてホテルへ戻る途中、連れと我が子が冰糖葫芦(サンザシの飴がけ)の専門店へ吸い込まれた。店では我慢したデザートの代わりということらしい。

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まあ、僕にとっても、北京留学時代の思い出の味。サンザシの程よい酸味と甘味が、パリッとした飴と実によく合う。今の時代、イチゴだのリンゴだの、他の果物を使った飴がけもたくさんあるが、やっぱりサンザシに勝るものはないように思う。

9歳我が子は、初めての冰糖葫芦。元々サンザシが大好きなので、気に入らないわけがなく、「パパは味見って言ったんだから、ひとつだけね」と、素早く釘を刺された(笑)。

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家族が寝た後は、ロシア産のチョコレートをつまみに、ウォッカをちびり。

ロシアが香る夜は、こうして静かに更けていった。

今日菜単(今日のメニュー)

  • 俄式西梅红菜沙拉(éshì xīméi hóngcài shālā)

  • 乌克兰红菜汤(wūkèlán hóngcài tāng)

  • 俄式家常肉饼(éshì jiācháng ròubǐng)

  • 罐焖牛舌(guànmèn niúshé)

  • 焗烤奶汁杂拌(jùkǎo nǎizhī zábàn)

  • 全麦面包篮(quánmài miànbāo)

  • 冰糖葫芦(bīngtáng húlu)

店鋪信息(店舗情報)

塔道斯西餐厅(中央大街店)
住所:黑龙江省哈尔滨市中央大街127号(近西五道街)(baidu map

温馨提示(アドバイス)

・料理そのものよりも、この街が重ねてきた時間を味わうつもりで訪ねてみてください。

<時期:2025年5月/公開:2025年12月>

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北京・広州・上海在住(11年目)。初中国で本場の中華に魅入られてから約30年。長年の食べ歩きで知った本格中華料理レシピやローカル中華料理三昧の毎日を発信しています。中国食紀行「中華満腹大航海」が発売即重版!初レシピ本「あたらしい家中華」は13刷9万部、料理レシピ本大賞W受賞!
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