ジョローの商隊 おまけ編3
ギルスパーク イフルス代官の息子 シャシャートの街のパン屋の娘の旦那さん
パン職人の朝は早い。
シャシャートの街の真ん中にある古びた工房。
最近、建て増ししたパンの販売所がよく目立つ。
ここがパン職人の職場だ。
日が昇る前から数十人の職人が集まってくる。
なかには泊まり込んでいた者もいるようだ。
声を出しての挨拶はない。
日が昇る前では、近所迷惑だからだろう。
ハンドサインで挨拶を交わし、職人の一日が始まる。
それを見ている俺の名はサーモス。
サーモス・タッチホン。
朝、一番でできたパンを購入するために、日が昇る前から並んでいる男だ。
パン屋にここまで早く並ぶ必要などないように思うかもしれないが、並ばないと希望のパンが手に入らないのだ。
希望のパンを手に入れるため、ここにいる者は並んでいる。
「おはよう。
早いね」
常連の男性が挨拶をしてきたので、俺も挨拶を返す。
パンが販売されるまでの話し相手として、俺が選ばれたのだろう。
俺も暇だから、話につき合うが……
実はこの常連の男性。
俺は少し前から気になっていた。
魔族の年齢は外見からわかりにくいが、五十歳ぐらい。
着ている服は最良と言ってもいい品質で、財力を感じさせる。
口調は穏やかで、人柄はよさそう。
そこそこの家の主と思われる。
その男性のなにが気になるのかというと、朝に並んでパンを買いにきていることだ。
金があるならパン屋に頼んで持ってこさせればいいし、なんだったら使用人にでも頼めばいい。
それをしないのはなぜだ?
没落した貴族なのか?
などと気になっていた。
「実は息子の妻が、ここで働いていてね。
応援したくて、パンを買いに来ているんだよ」
なるほど。
それなら自分で買いに来なければいけないか。
納得。
前々から気になっていたことが解消されて、すっきりだ。
そのままなんだかんだと話をしていたら、日が昇り始めた。
そして、工房の扉が開かれ、職人が外に出てきて整列する。
販売前の朝礼だ。
パン屋のオーナーの娘さんが整列した職人の前で、声を張り上げる。
「我々はなんだ!」
そのオーナーの娘さんの声に、職人たちが声を合わせて応える。
「「「「「パン職人です!」」」」」
「んー?
ただのパン職人?」
「「「「「世界一、美味しいパンを焼く職人です!」」」」」
「よろしい!
我々の目的はなんだ!」
「「「「「美味しいパンを作ることです!」」」」」
「我々の敵は誰だ!」
「「「「「パンを食べない者たちです!」」」」」
「我々はなにをすべきだ!」
「「「「「世界にパンを!」」」」」
「そうだ!
世界中のありとあらゆる者たちにパンを食べさせることだ!」
「「「「「パンに栄光あれ!」」」」」
「では今日も一日、頑張りましょう!
挨拶!」
「「「「「いらっしゃいませ! どれにしましょう! 承知しました! こちら、おつりになります! ありがとうございました!」」」」」
あいかわらず、気合の入った朝礼だ。
おっと、いかん。
列が進んでいる。
パンの販売が始まったようだ。
俺の狙いは醤油パン、味噌パン、そして焼きそばパン!
この三つは人気だが、俺の並んでいる位置なら買えるだろう。
うん、買えた。
よかった。
一人、一種類につき五個までのルールのおかげだな。
おっ、常連の男性も買えたようだな。
そういえば、息子の奥さんには会えたのかな?
え?
あの前で声をかけていたオーナーの娘さんがそうなの?
へー。
将来、苦労しそうですねとは言わない。
義理であっても娘が頼もしいのはいいことだ。
ちなみに、息子さんのほうは、あのカレーを売っている店があるビッグルーフ・シャシャートで、非公式で警備員をしているそうだ。
非公式なのは、常連の男性の仕事を手伝うことが正式だから。
ひょっとして、知らないうちに顔を見ているかもしれない。
さて、俺は宿屋にパンを持ち帰り、朝食にする。
うん、美味しい。
このシャシャートの街に到着してから、食事のときは幸せだ。
まあ、逆に言えば、食事以外は問題だらけなのだが。
たとえば、五村に行ってラーメン屋に弟子入りしていた五人。
約束の日が過ぎても戻ってきていない。
代わりに引退届がきた。
殴ってでも連れ戻そうと思う。
仲間の大半が、カレーやラーメンの食べ物で激しく対立している。
まったく、食べ物の主義主張で喧嘩するとは……
これも美味しい、あれも美味しいでいいじゃないか。
野球に夢中な者、数人。
本業に影響がないのであれば、やるのはかまわない。
情報収集、忘れてないだろうな?
このまま魔王国に定住しちゃったらいいんじゃないかと言い出すやつも出てきた。
定住する物件を探すんじゃない。
そういったことは、一度、国に戻ってからにしてくれ。
ここで抜けられると、いろいろと困る。
そして、俺は俺で、魔王国との交渉窓口をつくることができていない。
困った。
困ったが……
実は新しく重要な問題が、出てきた。
五村には映画と呼ばれる、昔の映像に音楽と声を合わせて楽しませる見世物がある。
評判だったので、これも情報収集の一環と俺もみた。
なかなか面白かった。
だから、三回見た。
三回目でも十分面白かったのだが、それで気づいてしまった。
うん、気づいた。
映画の映像に出てきた三つの道具に、見覚えがあることに。
我が国の王家と、二つの貴族家に伝わる三種の神器だ。
二つの貴族家に伝わる神器は、毎年公開されているので見知っている。
王家に伝わる神器はなかなか公開されないのだが、俺は王子の遊び相手をしていたことがあったので、見ることができた。
三種の神器の用途はわからないが、神秘的な輝きがあった。
ただそこにあるだけで幸せを感じさせてくれた。
その神器が、映画の映像では食器を洗っていた。
その神器が、映画の映像では料理をしていた。
その神器が、映画の映像では生ゴミを処理していた。
……
正直、二回目で気づいていた。
三回目は確認作業だ。
間違いであってくれと思っていた。
だが、間違いじゃなかった。
どうしよう。
我が国の三種の神器が、あのような物だったなんて。
この事実を伝えるべきか?
いや、それはできない。
黙っておくべきだろう。
とくに、王家に伝わっている神器が、生ゴミの処理をしていることは絶対に伝わってはいけない。
いけないのだが……
あの映画のおもしろさだ。
将来的に国に伝わる気がする。
あー。
ほんとうにどうしよう。
忘れたい。
パンでも食べて……
もう全部食べてしまっていた。
くっ。
もっと味わって食べればよかった。
ええい、少し早いがカレーでも食べにいくか。
常連の男性の息子さんに会えるかもしれないしな。
名前は……たしか、ギルスパークだったな。
うん、何人かに聞けばすぐにわかるだろう。
三種の神器
食器洗い乾燥機
IHクッキングヒーター
生ゴミ処理機