──窮屈に思えた言葉の世界がだんだんと楽しく思え、徐々に熱が入っていく。
私たちの現場はほとんどがスタジオで、そこで原稿やVTRに触れ、起きていることを知ることが多いんです。そこで原稿をただ読み上げる機械になってしまうことはニュースを伝えるうえでは一番よくない。当たり前ですが、私が読むニュース原稿はフィクションなどではなく、人々の暮らしや命に関わること。そこに書かれていることが誰かの身に起きたことで、そうした人生を左右するような出来事を読む。その重みをしっかりと心で感じ、丁寧に声にしていくことが大事だと、ずっと自分に言い聞かせてきました。
たとえば、報道番組で新型コロナでご家族を亡くされた方のインタビューVTRを見たとき、その言葉の数々に自分の心を浸すんです。自分の心を震わせて、その波紋を言葉にする。そして出てきた言葉が何であれ、そこに熱量が加われば、それは自分だけが感じたこと、ファクトです。このファクトが会話では何より強い。
しゃれた修飾語がなくても、心に落とし込んだ言葉があればいい。どれだけ自分の心や腹に落とし込んだファクトを話すことができるかが大事だと思っています。言い換えれば、本当に思っていること以外は口にしない。うわべだけの言葉というのは伝わってしまうものです。
「私たち」って誰?
自分の思いを伝えるために「一人称」も意識しています。たとえば戦争を伝える報道番組で「私たちもこの戦争の記憶を忘れないようにしなくてはならないと思います」と言いがちですが、「私たち」って誰だろうと。だから一人称で「私はこの戦争の記憶をこれからも伝えていきたいと思います」と言います。もちろん言葉への責任も生じますが、伝わり方が強くなります。これは今すごく意識しています。
※AERA 2025年12月22日号
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