「波の伊八」を地域の誇りに 鴨川で没後200年イベント(千葉県)
安房の三名工の一人、初代波の伊八(武志伊八郎信由)の没後200年PRイベントが、鴨川市の小湊さとうみ学校体育館で開催された。伊八研究の第一人者で、茂原市文化財審議会委員の片岡栄さんの講演があり、いすみ市の行元寺にある伊八の欄間彫刻「波に宝珠」が、葛飾北斎の「富嶽三十六景神奈川沖浪裏」に影響を与えたという説を解説した。 伊八の波に宝珠と北斎の浪裏は酷似しているが、北斎が伊八に影響を受けたという証拠はなく、研究者の間でもさまざまな意見がある。片岡さんは、影響があったと主張する研究者の一人で、「郷土の名工 波の伊八~堤等琳と北斎の作品から分かること~」と題して講演した。 片岡さんは、北斎と房総の関係について、当時の江戸庶民の間で流行した社寺詣に、成田山詣や飯縄寺詣、誕生寺詣があり、北斎が度々房総を訪れていたことが、木更津市の日枝神社に残る「画狂人北斎旅中画」と書かれた絵馬、「忠孝潮来府志(ちゅうこういたこぶし)」や「近世怪談霜夜星(しもよのほし)」などの読み本の挿絵から分かると説明。 伊八の彫刻がある飯縄寺に、北斎と親交の深かった絵師の堤等琳の天井画が、行元寺に等琳の弟子の板戸絵があることを紹介し、「房総を訪れた北斎が、それぞれの寺に足を運び、伊八の波を目にした」という推察を示した。 そして、波に宝珠と浪裏との間にある▽波の描写▽構図▽空間の模倣――など9カ所の酷似点を指摘。「浪裏は波に宝珠の粉本」という持論を展開した。 最後に「伊八の遺作から、いかに腕のいい彫工であったのかが分かる。伊八を正しく評価し、その一門が残した優れた作品を後世に伝えてほしい」などと締めくくった。
イベントは、伊八を顕彰する市民団体「波の伊八鴨川まちづくり塾」が主催。没後200年の節目に当たる昨年、「地域の誇りとして、波の伊八を知る機会にしよう」と、開催したイベントの第2弾として、市のまちづくり支援事業の採択を受け開催した。 会場では、「波に宝珠」をはじめ、「大天狗と牛若丸」(いすみ市・飯縄寺)、「俱利伽羅龍」(鴨川市・大山寺)など、伊八作品を写真パネルで紹介。片岡さんの講演の他、講談師の神田あおいさんが、講談「初代波の伊八物語」を披露した。 武志伊八郎信由は、1752(宝暦2)年に安房国長狭郡下打墨村(現・鴨川市打墨)に生まれ、1824(文政7)年に73歳で没した。安房や上総、江戸など広い地域で、寺社の彫り物を手掛けた。作品の多くに「波の伊八」の由来となる特徴的な波を描き、彫り物大工の間で「関東に行ったら波を彫るな」といわれていたとされる。 (伊丹賢)