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※情報量が多くなってきたので見やすく修正中だが、ほぼ完成している。
(2021-12-13 15:05:27 の投稿を随時修正している。)
携挙とは?
全世界の子供達と本物のキリスト者が全員、
一瞬にして栄光の姿に変えられ、天に引き上げられ、
この地上から消えることである。
本物のキリスト者は
イエスキリストだけを信じる者たちであり、
イエス ”も” 信じるスピ系は携挙されない。
本物の神はねたむ神だからである。(他の神を信じるものは許さない)
ここで、あなたがたに奥義を告げよう。
わたしたちすべては、眠り続けるのではない。
終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。
というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、
わたしたちは変えられるのである。
すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。
その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、 それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。
だから、あなたがたは、これらの言葉をもって互に慰め合いなさい。
新約聖書時代に神の子イエスキリストが
信じる者達を迎えに来ると約束をしているのである。
イエスキリストを信じるキリスト者達が生きたまま天国へ迎えられる、
それが携挙である。
「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。ヨハネによる福音書 14:1-3
何故先のことがわかるのか?聖書に全て書いてあるからである。
天地創造の初めから世の終わりまで、聖書には全て預言され書かれているのだ。
そしてそれらの預言は全て成就している。インチキ占い師の予言とは全く違う。
神の霊によって預言されていることは必ず成就するのである。
携挙、それは同時多発的に起こる。一瞬の出来事だ。
キリスト者達は宇宙人によって拐われたわけではない。
もし大切な人がいなくなっても安心してほしい。
携挙とは天国に行くことだからだ。
準備はできているか?目を覚ませ。準備せよ。
携挙とはキリスト者(花嫁)にとって、花婿が迎えに来る時間である。
うまくまとまっていた動画を見つけたので共有する。
▶︎聖書が預言するこれからの世界(5)クリスチャンの携挙【難易度★★】
今できること
<キリストを信じていない人>は一刻も早く、
唯一の本物の神、イエスキリストを信じることである。
あなたがたご一同も、またイスラエルの人々全体も、知っていてもらいたい。この人が元気になってみんなの前に立っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、神が死人の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのである。 このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。
この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである。使徒行伝 4:10-12
信じるだけで天国に迎え入れてもらえるのだから、
信じるだけである。何のデメリットがあるというのだろう?
せっかく神が天国へのパスポートを無料で配っているのに
「いりません」と言うようなものである。
最高級レストランのフルコースに招待されてるのに断って
「ゴミ食べるからいらないです」と言うようなものだ。
天国へのパスポートを受け取りたい人のために、
信じて救われるための参考記事を貼っておく。
携挙される条件
諸説あるが、単に救われただけでは十分でないと考えている。
いずれにしても、救いと報いは別物だとわかる。
信じる者は救われるが、ごく一部の信者のみが携挙される。
患難前携挙説が正しい根拠
まず、携挙は「奥義(Mystery)」である。
携挙を理解できない者が多いのは携挙が奥義だからだ。
ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。
終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。
そして携挙はキリスト者の希望である。
指導者が携挙を教えないことは希望を奪い、信者を騙していることと同じである。
教師はより厳しい裁きを受けることになるから気をつけてほしい。
わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち多くの者は、教師にならないがよい。
わたしたち教師が、他の人たちよりも、もっときびしいさばきを受けることが、よくわかっているからである。ヤコブの手紙 3:1
またキリスト者は天に国籍があり、キリストの大使と言われている。
大使は戦争の前には祖国に戻されるものである。それが携挙だ。
その時イエスが天から空中へと下り、花嫁を迎える。
空中再臨の体勢と、地上再臨の時の戦闘体勢とは違う。
さらに古代ユダヤ人の婚礼の儀式と教会のキリストの花嫁の例えは一致している。
反キリストがまだ誰かわからないのは、(名前を数字換算すると666)
地上のキリスト者が、反キリストの現れを引き止めているからである。
携挙でキリスト者が取り去られると、反キリストが現れる。
そして、あなたがたが知っているとおり、彼が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。 不法の秘密の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。 その時になると、不法の者が現れる。この者を、主イエスは口の息をもって殺し、来臨の輝きによって滅ぼすであろう。
地が腐敗するのを食い止めている「地の塩・世の光」のキリスト者がいなくなれば、
悪魔崇拝者達のやりたい放題の時代がやって来る。恐ろしい世の中になるだろう。
黙示録の6章以降は大患難時代に入り「教会」という単語が消える。(=携挙されている)
大患難時代に救われるキリスト者は大変なことになる。
ホロコーストよりも恐ろしく歴史上ないほどに大迫害され、
殉教の死を遂げ、地上の命と引き換えにやっと、永遠の命を得られる時代である。
ちなみにエルサレムに建てられる予定の第三神殿は
既に準備が整っており、建設開始すれば90日で完成するそうだ。
また最近は神殿準備のための赤い牛が生贄として捧げられたと話題になっている。
反キリストが7年間の平和条約を結ぶと大患難時代が始まるが、
半分の3年半で破棄し、第三神殿に「自分が神だ」と言って立つと言われている。
神殿の建設は大患難時代が始まってからでも、充分に間に合う計算になる。
患難中・患難後携挙説が間違っているという根拠
- 「終わりのラッパの意味とイスラエルの祭り」
- マタイ24章の終末のしるしは大患難時代である
- 患難中携挙説を検証する 〜結論:解釈がおかしい〜
- 異端の教え・偽りの教え・欺きの時代
- マタイ24章・25章でイエスは「携挙」ではなく大患難時代と地上再臨のことを語っている
- キリスト者が気にするべきはイエスキリストからの手紙=ヨハネの黙示録
- 患難後携挙説が間違っているという根拠
聖書通読していれば、辻褄が合わないため、議論にもならないはずのおかしな説。
信じる者達をふるいにかけ、選別し、引き抜き、試すための、惑わしの教えである。
なぜ、議論になるのだろうか。それは...
携挙はいつか?の結論と考察
改めて、患難前携挙説が正しいと思う。
現時点での結論。
ラッパの祭りに携挙が起こるかと考察してきたが
異邦人の救いは奥義であり、旧約時代のイスラエル人への警告とは別物であった。
- もし携挙が起こらなかったらどうするのか? 〜不信仰な質問をする信者への答え〜
-
ラッパの祭りに携挙は起こらない?ラッパの祭りは地上再臨の時に成就する
- 預言が成就!携挙は近い!「その日その時はだれも知らない」と言う者は聖書を全く読んでいない怠け者
携挙が起きてしまったら?
携挙が起こると世界は大困難に陥る。
急にキリスト者が消えると事故や火災が多発し、世界は大パニックになる。
映画「レフト・ビハインド」みたいになる日が来る。
その時、反キリストが現れて嘘をつき、世界をまとめていくだろう。
また、携挙後の大混乱の時、Qアノンによって欺かれるかもしれない。
地の塩、防腐剤として機能していたキリスト者がこの世界から取り除かれると
悪魔が支配しているこの世界は一気に腐敗する。
今でも十分に酷いと感じる世界だが、比べ物にならない時代がやってくる。
カトリック(世界統一宗教)が「平和のため」と偽って戦争を始めるのかもしれない。
アメリカはカオス、日本やアジアは偶像礼拝の国になるようだ。
(既にそうだが、もっと酷いことになるようだ。)
反キリスト=偽者のメシアが
イスラエルと7年間の平和条約を結ぶ時、=7年間の大患難時代
偽りの3年半の平和が始まる。しかし、3年半後に条約を破棄し自分が神だと宣言。
自分の刻印=獣の刻印を押さなければ物の売り買いもできなくなり、殺される。
また、神を信じない人たち、悪魔崇拝や偶像崇拝、
宇宙人やスピ系を信じる人たちには神の怒りと裁きが下る。
大患難時代の目的は、
一つは神を信じない者たちへの神の裁きであり、
もう一つはイスラエルが救われるための試練と苦難の時期である。=ヤコブの苦難
そのため、人類には2つの選択肢しかない。
永遠に神と無縁の道を選び、悪魔と同じ火の池で裁かれ続けるか、
永遠に神と共に生きる道を選び、神の国(天国)に入るか。
人は本来、永遠に生きるように創造されている。
死は一時的な通過点であり、終わりの裁きの日には全員がよみがえり神の裁きを受ける。
イエスキリストを信じるべきだ。
そして信じるなら守りが約束されている今の時代の方が良いのだ。
実は今信じる者と大患難時代に信じる者とでは、天での立場が違うのである。
携挙後の世界の流れ
もし携挙が起こってしまったら...このブログの更新はできないだろう。
念のために世界がどうっていくのかの流れを貼っておく。
ペンテコステの日から始まった恵みの時代は携挙で終わってしまった。
ざっくりとした画像だが、大患難時代の7年間は時が進むごとに過酷になる。
最初の3年半はイスラエルが反キリスト(名前を計算すると666)と平和条約を結ぶが
3年半後に契約を破棄、反キリストが本性を表し自分が神だと言い、大迫害を始める。
7つの封印→7つのラッパ→7つの鉢の裁きの順番であり、ほとんどの人は死ぬ。
どうせ死ぬなら永遠の命を得て欲しい。それは御国の福音を信じることだ。
終わってしまった「恵みの福音」と「御国の福音」は別物である。
信じる者は皆殺されるが、天国に行くことが決まっている。
しかし大患難時代の信者は、恵みの時代の信者と立場が違うことは覚えておくように。
立場の違い参照 ▶︎ イスラエルの7つの例祭を調べて見えてきたこと
携挙されずレフトビハインドされてしまったら、
大患難時代に現れる144,000人のユダヤ人(世界宣教をする)と
イスラエルの2人の証人の言うことを聞くこと。
もし獣の刻印を受けてしまったら永遠の火と硫黄の苦しみが確定してしまう。
刻印なしでは物の売り買いができなくなるが、絶対に刻印を受けてはならない。
※もしこのブログが見れなくなったら削除されたと思っていい。私が自分で消すことはしない。