初めてのプチオンリー主催から一ヶ月くらい経ちましたが、その一ヶ月前後がとても人生なので聞いてくれ

※この記事は二次創作同人誌のおたくが書いているのでそれが前提ですが、二次創作同人関連の記事というにはあまりにも『人生』です。
※また、人によってはしんどいだろう環境の話や人死にや下の介護の話が出てきます
ほえーっと楽しんで読んでね!

 こんにちはおたくです。今のジャンルで本を出すようになってから3年、20冊ほど本を出せました。
 今年の5月に自ジャンルのオンリー開いてくれー!と赤ブー投票をした話はまあhttps://note.com/hypnd/n/n22fe17875a8b

でも読んでもろて……とにかく開催確定しました。
 開催に際して、人が集まらないのは悲しいし、楽しい要素が増えるとイイナーッと思ったので、景品あり参加企画型のプチオンリーを主催することにしました。
 22人の絵師さんに22キャラのイラストを頼みステッカーを作成、ペーパーを参加の皆様に作っていただき、ペーパーを集めると枚数に応じてランダムステッカーガチャ!という感じです。メインビジュアルやロゴなどをデザイナーさんに頼み、統一感のある企画になったと思っております。

 それらに直接関係はないのですが、この記事は人生の話なので前提として言うと、私の父は数年前から慢性肺疾患(肺気腫とGIST併発)で一年半前から重症化しておりベッド周りから離れられず自宅療養、母はちょうどその時期にアルツハイマー型認知症が発覚し進行も早くかなりものが覚えられない状態、同居の姉は重度知的障害(愛の手帳A1)で、私は発達障害と長期に続いた鬱症状で精神手帳持ちの状態で三人を介護しております。おりました。

 まあでも……やれるやろ!とやりました!やれました!
 これは11月16日に開催されたイベント、その前後の自分のわちゃわちゃの話です。

イベント一ヶ月前までのなにか

 9月30日!私はプチオンリー主催の準備がそろそろたけなわというところで父を施設に入れることにした!
 具体的にこの流れを言うと……
 一年半前、父は通院治療が難しく通院をしても積極的な治療は無理(小康とでも呼べるような状態にはならず延命しか出来ない)という状態になり、その時点で施設入居の打診は受けていたのですが……何しろ母のアルツハイマーがガンガン進行しているのが分かっており、長女は重度知的障害です。父は「ベッドからオイって言うくらいなら出来るから」と、妻と娘心配さに自宅治療を選びました。
 しかしそれから父はじわじわ具合が悪くなり続け、私の介護負担は(数時間目を離すと死んじゃうかもの人+覚えられないので医療機器のチェックやバイタルチェックなどできないし自分でもトラブルを起こす人+子供と同じ人)×それぞれの加齢と病気経年による悪化 という感じで膨れ上がっておりました。
 ま、それでもやれるやろーとやっていたのですが、ある日父方の伯父が訪ねて来て、色々見た後言いました。
「こいつ(父)施設に入れなよ!もみこちゃんぶっ倒れちゃうよ!」
 ……そうかも!
 というか、一年前に父がかかりつけ医に施設入居を断って以来「その選択肢」があるということ念頭から消えていたかも!
 その頃の父は体力気力が尽き、さらにせん妄が出るようになっていたので当初言っていた「ベッドからオイって言う」は出来ないようになっていましたし、せん妄の幻覚と苦しさで私はよく分からない話を聞かされたり夜中に平均3回くらい起こされたりしていたので、実際父がいるのといないのでは……私の負担段違いになるかも!
 それに……私にはプチオンリー主催以外にもしたいことが11月ありました。

 ちゃんと父に訊ねました。「パパ、もみこ限界って言ったらホーム入る?」「じゃあ仕方ないな……」

 という訳で決意を固めて、ついでにイベントの各種〆切もある10月になりました。

 ここでこのころの私の『比較的何もない平均的な日』のタスクです。

パートがある日(週四回)

04:30起床 一緒に起きた猫を連れて家の換気、ゴミ出し、父のポータブルトイレの掃除、猫トイレの掃除、猫の飲み水と食事準備、前日に母が取り込んだ洗濯物(母は所定の場所に物をしまえないので、取り込んだら全て一箇所に置くよう頼んでいる)を所定の棚にしまいつつ昨晩最後の洗濯物を洗濯機で回す、シャワーを浴びる、母と姉のパンとインスタントスープと目玉焼きを準備しつつ自分の朝ごはんも用意する。父の状態が良ければ父の朝食も用意(状態が悪ければinゼリーやメイバランスを枕元に置く)朝ごはんを食べながら動画を見て少し安らぎを得る。日焼け止めと眉毛描き、自分の服薬、他の家族を起こして全員へ服薬を渡す、戸締りと猫含めた家族の状態を指差し確認して07:00出勤。

母はこの後に姉を通いの施設へ送り出し(玄関まで)掃除洗濯をしてくれている。

12:30以降帰宅 パート先の割引で買った何かを歩き食べしながら帰宅することが多い、帰宅後にそれへ加えて野菜ジュースとサプリを摂取し昼ごはん了。母は自分で何かしら食べているのでまず父の状態を確認、服薬をさせる、要求次第で昼ごはん支度、母の取り込んだ洗濯物を棚へしまう。平日の昼の場合その後ヘルパーさんや医師や看護師が来るか「公」の存在と面談があることが多い、でなければ買い出し。隙間時間で猫を構うか同人関連の作業をするかインターネットで人に構ってもらう。細々と父の介助をする。気がつくと夕方になる。

18:00以降 猫の飲み水と食事準備。パートのある日はヘルパーさん(週二回)作か惣菜で人間の夕食を済ませる。母が料理を温めたり皿を並べるのを補佐、食事をする。他の家族全員に服薬をさせる。だいたいこの時間から父が具合を悪くするので気を遣う。気を遣ったり宥めたり失禁を片付けたりさまざまな家事をしていると21:00くらいになるので寝る。

21:00以降 父が平均三回くらい苦しみで起こしてくる。

パートがない日

05:30起床になるだけでタスク量はあまり変わらない。強いていうなら役所や病院に行かないとだったりが増える。自分で料理して家族の夕食にする。

 ここに出来るだけ同人関連のタスクを捩じ込みながら……老人ホームの見学に行ったりします。しました。
 10月の頭は複数の施設に電話と書面で問い合わせしまくっては断られ(父は指定難病じゃないし要介護2(その時)でしたので有料老人ホームしか選択肢がないのですが、それにしては必要な医療サポートが多い)でした。
 〆切に関してですが、先述の通りプチオンリーのメインビジュアルや重要になる紙モノのデザインはデザイナーさんに頼んでいます。本当にそうして良かった……!それでも自分で調整すべきものは出てくるので調整をして入稿です。かなり本を作って来たので入稿作業慣れしていて良かったです。
 ラリーイベント台紙・ステッカー22種・シークレット(あたり)ステッカー・参加者のお礼用パッケージ・ラリー用スタンプ を入稿したので26種の原稿をこの時点で管理、入稿することになりました。
 訳わかんなくなった父に暴言を吐かれて相手が謝罪しないので家出しかかったり(ケアマネさんが青褪めたらしい)、家にあまりにも真っ当な状態じゃない人しかいないので防犯カメラの取り付け工事をしたら業者さんがネット回線を物理的にダメにして三日くらいネットが不通になったりしつつもまあ順調に進んだので、10月中旬からは毎週末企画アカウントでイラスト付きのカウントダウンポストを開始しました。
 10月20日頃には父が入れそうでかつ近い施設が見つかったので、そこを見学して必要書類の用意が始まりました。入居費用月50万とかするとこでしたが、まあ父の金としてなら払えなくもないからな……。
 会場で流すBGMの手配、大看板の入稿もしました。
 10月末には大量のステッカーをガチャ用の封筒に詰め込む作業オフなどもさせていただきました。こういう生活をしている人間なので、どうしても物理的な段取りが要る作業をおしゃべりしながらたった一日で済ませられて助かりました。
 ホームの方も自宅へ訪問しに来てくださり、実際に父と対話するなど移住に関して「詰め」の方の工程をしているように見えましたので、そのままホームに入るのだろうと思えました。そう、その時は……。

11月、どたばた

 11月7日、お電話もしもし受けました。父が行くつもりでいたホームからです。
 父、ホーム入居を断られました。症状が重篤すぎるそうです。
 ……月50万の看取りも可能ホームゥ!
 しかしくよくよしてもしかたありません。その場で前に候補と検討していた(そこよりも医療的に重度の人を見られそうだけど、住居設備とアクセス的によくなかった)ホームにもしもししました。
 ここからは怒涛のごとくイベント直前準備と「何がなんでもホームに移したい早く」が並走することになります。
 プチオンリー主催の日に間に合わせたいんじゃありません。ここまで固い決意でプチオンリー主催をして来たので、家に死にかかった人がいるくらいじゃそれは揺るぎませんし、そもそも都内のイベントなので横浜在住の私にとっては準備すれば出来るお出かけの範囲です。
 私はどうしても11月29日に大阪にいたかったのです。

 おたくのハマったきっかけ話は長いので省きますが、私はミクロネシアの文化、そして何よりもミクロネシアのシングルアウトリガーカヌーを使った航海に憧憬と好(ハオ)を持っています。
 この時期大阪の国立民族学博物館で行われていた特別展「舟と人類」じたい見たい展示でしたが、それだけでなくこの29日にかかる「チェチェメニ号の冒険」は私にとってもミクロネシアの航海技術記録としてもとても重要な類のものであり、どうしてもどうしてもどうしてもこれだけは観たかったのです。セルなし配信なし、観る方法は図書館のVHSをちっちゃい図書館モニタで見るかこの上映だけ、この上映は大スクリーンで専門家の解説付き。

 でもとりあえず目の前のこと!サークルナンバーリスト作成、ポスター入稿、ポップ入稿、搬入荷物発送などもしていました。これであとは最後の企画以外。プチオンリーの積み残しなし!

「早く……具体的には月末の三連休明けくらいに父を入れられませんか」
 さて、この(第二候補)ホームの方には最初からそう訊ねました。そもそも7日に問い合わせて10日に見学を漕ぎつけた時点で最短です。(金曜に問い合わせで月曜見学だから) 
「ご当人の状態を聞いてもご家庭の状況を聞いても……それだけお苦しいということですね」ターミナルケア相当を謳うホームは良いように捉えてくれました。これ以降全員一致でこの日程で動くことになります。見学から二週間で入居かつ間に国民の祝日が挟まるので、相当なRTAです。

 RTAはともかくプチオンリーの企画はまだもう一つ残っていました。委託ペーパーです。具体的には、遠隔地や不都合などのため参加不可能な方もペーパーを書いて(描いて)データを主催に送ろう!主催がプリントアウトして当日会場に置くよ!参加記念としてステッカーガチャを何枚か送るよ!というものです。これに関してはガチのギリギリまで募集したかったので、2日前の14日に日付が変わるまで待っていました。ついでに自分のペーパーも書きました。

 14日にはスパ銭のマッサージで「ガチガチ……ですよ……」と言われながら揉まれ、キンコーズで委託ペーパーとプチオンリー本部の必要な紙モノ(値段表示や受付表示など)を出力しました。
 15日はパート、パートの後委託ペーパーの紙を半分折りしつつ介護、家族の夕食作り。家族が夕食を食べ終えたら次の日私が最大限長く出かけられるように三品ほどのおかずを作りつつ(母は電子レンジやお湯を入れるレトルトがもう分かりませんが、電気コンロは使えるのでお鍋で温め直せる料理を複数用意するのが一番事故らず効率的です)……スペースで喋っていました。角煮を煮ている合間にも紙を折っていました。そのせつはお世話になりました。

11月16日以降

 イベント当日なんて「主催がんばったのでみんな楽しんでくれたらしくありがとう」しかないんだなあ!なので省きます。楽しかったです。がんばった。おうちにはヘルパーさんも来てくれていたし心配は特にないんだなあ。
 ペーパーラリーって楽しいです。紙をいっぱい集められるので。

 さて、週が明けて17日には私の「父絶対29日より前にホームに入れる」計画の要となる問い合わせが待っていました。
 父は酸素濃縮器という機械をリースで使っています。これは大気を集めて濃い酸素を作って患者の鼻や口に送り込む機械で、呼吸器系の病人にとっては命綱です。ホームにも同じ機械が必要です。
 つまりこうだ。父の契約リース会社がホームに同じ機器を運び込んでセットアップ→セットアップ完了をこちらに連絡→父を携帯用酸素ボンベに繋いでホームへ連れて行く→自宅から必要なくなった機器をリース会社が回収
 この流れのうち前半部分をリース会社が22−24の三連休より前に実行可能でない場合、私の計画は頓挫します。なんとかなりました。その場でホテルとチェチェメニ号の冒険上映会の予約をしました。
 障害者割引の新幹線チケットってなんでみどりの窓口じゃないと買えないん……。(この合間に買いに行った)

 20日にはこの一年以上見てもらっていた訪問診療の先生の「この家での」最後の診察でした。先生にはホームでも父を診てもらいます。
 その時には父には何の変化も見られませんでした。いつも通り減らずぐちをきき、いつも通りたくさんのメイバランスと少しの寿司の上のネタだけ(いつも寿司を食べたがるが、途中からネタだけ食べてシャリを残すようになる)を食べ……。

 その次の日、父は一歩も動けなくなりました。???

 看護師さんに来てもらいましたが、バイタルに変化はありませんでした。とにかく看護師さんにおむつをつけてもらい(父はそれまで起き上がってポータブルトイレに自力で座り直してしていました)……看護師さんが全く動けない成人男性にどうおむつをつけるかを見て「こりゃ一人じゃ無理だな」となったので、この日から日に二回、朝と夕方におむつのためのヘルパーさんが来ることとなります。もちろんヘルパーさん一人でも無理なので私もやります。
 でも……ヘルパーさんが来れるのは一番早くて朝の8時です。私のパートは7時半開始です。
 ウオオオオオ(8時に汗だくで成人男性のおむつを替えてベッド周り掃除して走ってパートに向かってギリ9時5分くらいにタイムカードが切れる顔)
(そもそも父がせん妄なのか苦しいのか、動けないのにおむつの付け替えに抵抗していたのがなあ……)

 さらにここで母と姉が熱を出しました。父は肺病なので感染症の疑いのある人間はしばらく近付けさせられません。普段なら母は父を心配する気持ちがあるので介護を手伝ってもらっているのですが、それも無理です。

 さて、このタイミングで一ヶ月前「ホームに行きたいんですか?区分変更しましょうか、特養行くために」「このタイミングで特養狙っても待機がすごくて私が保たねえんですが」という会話をケアマネさんとして、やった区分変更の書類が来ました。
 父は要介護4でした。
「そりゃ一人で見てるのキッツイはずだなあ」と今更ながらに思いました。進行早すぎて去年に出された要介護2の評価じゃ追いつかないまま私面倒見てたんかい。

 しかし楽しいこともありました。22日には友達が主催している合同誌の製本会でバニー謝罪会見を開いてもらったのです。
 バニー謝罪会見とは?おたくの趣味嗜好について語ると長い。ここでは「バニー服を着て謝罪会見をしてほしい、そういうものもある」とだけ語りましょう。とにかくバニー服は無理なものの、部分的にバニーで謝罪をしていただいたり、謝罪をしたりしました。本当にありがとうございます。

 原稿も提出出来ましたので、合同誌に載りました。ありがとうございます。

 ……父が全く動けず毎日おむつを替える中で三連休明け25日が来ました!
 パートは変わらず入れていましたので、朝日が昇ると共に父の支度をし、パートをして、パートから走って帰ると即座に父の出発です。

父の荷物リスト
・下着とくつした6セット
・パジャマ6セット
・目覚まし時計
・電池複数種類数種
・上記が入ったコロコロつきのプラケース
・おむつ二種類
・19インチテレビ
・スマートフォンおよびその充電器
・折りたたみが出来、車椅子で足を下に入れられる、高さ70cmの机
・パルスオキシジェンメーター
・大量の薬全て・袋こみと集められる限りのその薬の説明書
他にも父が「持っていきたい」というので電気ポットと好きなお茶も持ちました。これの他に酸素ボンベも私が引っ張って父について行かせます。

 介護をしていないと知らないかもなので説明すると、この世には介護タクシーというものがあります。ワゴンタイプです。なのでこれらはそこに積み込めます。車には車椅子を自動昇降させる機構もありますし、運転手の方が身体の不自由な方の乗り降りのサポートもしてくれます。
 ……父は全く動けないので二人がかりで簡易担架からリクライニングの車椅子に乗り移らされました。

 父はずっと苦しがっており「(ホームに行くのを)中止にしてくれ」と言っておりました。それに「ごめんね、でもお父さん行かないともみこ死んじゃうと思う」と答えたのは私です。
 父はこちらを見て「そのうち助けに行くからな」と言いました。せん妄はあったでしょうが、父らしい言葉なのでこういう人を自分の都合でホームに送り出したことは忘れないでおきます。
 ターミナルケア相当の受け入れも可能なホームは完全クリーン前提です。熱を出していた母は父の見送りも出来ず、私もホームの中には入れず玄関で父を見送りました。
「12月になったらお母さん連れて会いに行くからね」と最後に約束しました。
 ちなみにお茶道具は「持ち込めません」と持ち帰らされた。ズコー。

それはともかく11月末から12月

 それはともかく私は29日に大阪にいたいんだよ!!!!
 28日!私は朝の新幹線で大阪に旅立ちました!民族学博物館は1日で回るだけじゃしゃぶりつくせないワンダーランド!二日欲しい!なので28日朝から居ます。合理的判断。
 舟をスケッチしたりして閉館間際までずーっと楽しみました。あー楽しい。悔いがない。(フラグ)
 悔いがありました。(フラグ)

 29日の早朝、私は枕元のスマホが鳴って起こされました。
「もしもし」「もみこさんですか?お父様が心停止されました」
 目が覚めました。
 ――家に死にかけの人がいてもプチオンリー主催やると言った私ですが、父が死んで認知症の母は家で障害のある子と二人きりの状況で、映画は見ません。例えそれがどんなに観たかったとしてもおおおおお。

「エーン!」(新幹線の絵)「プワァーン!」(新幹線オノマトペ)(空に浮かぶもみこの滝涙顔)

 これ以降は頑張れ!三十代喪主で複数人家庭世帯主で一人で全ての手続き!篇になりますが、長すぎるので割愛します。

 俺たちの人生はここからですが、春コミは参加するらしいです。

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