モバイルアプリエンジニアだけど鉄道会社に転職して、退職した
こんにちは。ととです。
わたくしごとですが、大阪の鉄道会社を12月末に退職することにしまして、先日が最終出勤日でした。
ということで、私が2年半あまり、どのような仕事をしてどのような経験を積んだか、記録として残しておこうと思います。
(以下、ただのオレ頑張ったぜポエムです)
入社した理由
大学卒業+就職と同時に上京してモバイルアプリエンジニアになって6年ほど、わりと東京ライフを楽しんでいたのですが、色んな事情があり地元・大阪へ帰ることに。
それに伴い転職サイトを眺めていたら、びっくりするほど見慣れた社名、小さい頃から通学にも部活の遠征にも親戚の家に行くのにも利用してきた地元の鉄道会社が、まさかの"モバイルアプリエンジニアを募集している"じゃないですか!しかも、私が転職活動しているタイミングで?思し召し的なやつ?
そもそも私が転職サバイバーをしている理由は、1つの会社しか知らないよりは、色々経験しておいたほうが、長い人生においてリスクヘッジになりそうだから。
1社目は大手SIer、2社目はITベンチャー、と来ていたので次は非IT系の会社に入ってみたら今まで知らない世界が経験できるだろうな、と考えていたところでした。
そしてどうせならば、自分が大人になって身につけた知識や経験を、わずかでも地元に還元できるというのも、まあ悪くない話だなとも思い、入社することにしました。
入社してから
鉄道会社に入社したものの、入社してそのままシステム子会社に出向することになりました。
私に与えられたミッションは「デジタル顧客接点の拡充の施策の一環としてモバイルアプリを開発する」(※中期経営計画から抜粋)。
そして、「アジャイルに改修ができるように内製化も目標に入れたい」。
非ITの会社に入るのも初めて、0→1のアプリの開発も初めて、アジャイルも初めて、内製化?も初めて。
色々やったことないことだらけで、やれることはなんでもやった気がします。
情熱と行動力だけはありまして
— とと (@totokit4) September 20, 2024
プロジェクトを進めるためにやるべきことは何でもやるっていうか
何をどうやったらいいか悪巧みして、うまく行った時が楽しいなぁ
稟議も契約書も書くし、Macが無いなら買いに行くし、根回しが必要なら駆けずり回るし、育成も採用もやりますよ
っていうエンジニアしてる
プロジェクトを始めるための準備
iOSアプリを開発するのに必須の、Macがない。検証用のiPhoneもAndroid端末も当然ない。
家電を売っている会社に問い合わせ、見積もりを出してもらい、稟議をかけ、購入手続きをし、そして手に入れたけど、社用ネットワークに繋がらない。社内ネットワーク担当に問い合わせ、そしたらセキュリティ担当に規定のソフトで監視ができないことには言われ…と、ガチで慣れないことをするが故に、着手するまで予想もしていなかったタスクが次から次へ登場する。(後から思うとそりゃそうだろという展開なのですが。)
「ひぇぇええええ!次はなんだよぉ」と叫びながらそういったタスクを進めておりましたが、幸いにも社内の人はみんなとても親切だったので、困ってあちこちに頼っても嫌な顔せず応対してくれました。
「あーそれは〇〇さんに聞いて」と言われてもキョトンな中途入社の私には、こういう時に色々人に繋いでもらえるのはありがたかったです。
そして今まで自分が"入社と同時に全てがセットアップされたMacが手元に届く"とか、"GitHubもしくはGitLabが使われ運用ルールが決まっている"とかいう環境を当然のように思っていたことにも気付かされ、いかに自分が無人島(=自分が活かされる環境が整っていない場所)では活きていけないかを実感しました。これは本当に経験して良かったな〜と思います。
次にやったことは、ベンダ探し。
これから開発するアプリの要求を鑑みるに、当然1,2人で開発できる規模のアプリではない。そして社内にモバイルアプリ開発の経験がある人はほぼ私だけ。もちろん、採用している時間はない。つまり、外部から協力者(会社)を探してこなければならない。
モバイルアプリの開発を手伝ってくれる会社にいくつか声をかけ、NDAを締結し、うちからの要件をまとめ、各社と打ち合わせを設定して見積もりを受け取り、各社比較表を作って社内に説明。どこにお願いするか決まったら、契約書を受け取り、クラウドサインをしたりあれこれ。
今までSEといっても、せいぜい要件定義〜テスト〜リリースくらいまでしかやったことがない社会人人生だったので、これも本当に初めての経験でした。
入社前までの職務経歴書に「幅広い工程を経験してきました」とか書いていて、今となっては恥ずかしいにも程がある。
「NDA?…秘密保持契約ってなに?」みたいなレベルだった私は、年下の社員達がやっているのを見様見真似でやってみてやっぱり分からなくて教わったり、結局手順を間違えて非常に忙しい上司に再申請を山ほど送ったり…
1年経つ頃には少し慣れましたが、それでも最後まで契約ごとは苦手でした。
でもここで色々苦労しながらも知り合えたベンダさんとは、本当に良いご縁となり、一緒にプロジェクトを進める素晴らしい仲間となってくれました。グッジョブ、私。
「ナイスバグ!👍」
— とと (@totokit4) June 10, 2025
「よくこのタイミングで気づいた!👏」
という声が飛び交うチームにできてよかった
プロジェクトを始めてから
決してわたしはモバイルアプリエンジニアの世界で、上位にいるエンジニアではありません。どちらかというと"できない"側な気さえします。それでも、"会社の中で唯一のモバイルアプリ開発経験ありの人"で、つまりトップで、そしてラストマンでした。
だって私、私がADPのAdmin権限どころか一時期はAccountHolderの権限持ってた。私が操作ミスったら、自社のアプリ全部消し飛ばせるってこと!?p8キーとかさ、私が発行して私が管理するんやって。Google Play Consoleのプロジェクトも。もちろんFirebaseのオーナー権限も。なんでやねん。前までの会社だと末端の方が近いペーペーのエンジニアやで。怖いって。でも私がやらなきゃプロジェクトが進まへんよな。
この責任を任せてくれた会社には本当に感謝しています。
もちろん、分からないことはベンダにいるエンジニアさんたちが教えてくれましたし、リスクの大きい作業は上司が一緒にダブルチェックにいてくれたりしたので、個人開発のように何もかも私がやったわけではないですし、一人で悩む必要もなく後ろに強力なサポートがあった上での、守られた上でのプレッシャーですが。
でもこのラストマンシップを、20代から30代になる時に経験できて、そして一生忘れないだろうと思います。
(※今はこの権限集中は改善されています)
前述の記載に加え、私が工程として主にやっていたことは、
顧客の要求整理、提案、ベンダ選定、契約、工数見積もり、要件定義、仕様調整、プロジェクト管理、育成、インフラ構築申請、基本設計、詳細設計書とテスト設計書のレビュー、リリース作業、です。
でも、なんというか、「仕事を考える仕事」をやっていた気がします。「開発を始めるのに開発/検証/ステージング/本番の4環境がそれぞれ何月ごろに必要かしら」とか、「テストを始めるのに検証端末が何台必要で、テストアカウントは何個必要かしら」とか。それに必要な作業を必要なタイミングで、適切な誰かに依頼したりするのが主な仕事でした。
全然専門外のインフラ(AWS)の構築については非常に手こずりましたが、その一環でラスベガスで開催されたre:Inventに行かせてもらったのは良い思い出です。ありがたや。
また、しばらくするとありがたいことに社内で「モバイルアプリについて、もしくはあのプロジェクトについては、アイツに聞けばいい」と認識してもらったので、あっちこちからの問い合わせ窓口的な役割もしておりました。
頼りにされるって嬉しいですね。
実は、一時期数ヶ月ほど、企画やマーケティングの仕事をお手伝いさせていただいたこともありました。
その時は、潜在ニーズがどうとかいうことを勉強したり、全国の鉄道会社が出しているアプリを100近く触って機能比較したり、なかなか開発するのとは違う脳の使い方/手の動かし方をして、夢にまで出たのが懐かしいです。
あと、開発を進める中で発生した課題に対して
「あなたは調査、私は調整、では2日後に会おう!散ッ!」
〜2日後〜
私「ここまでは妥協できそうな気配まで調整できた」
エンジニア「ここまでは実現できそうな気配まで目処がついた」
私「ではその方向で行こう、また問題が発生したら言ってくれ」
エンジニア「ラジャ」
みたいなのが、一番生を実感していました。
私も一応エンジニアの端くれだから、エンジニアの言っていることはある程度は分かるし、自分のコミュニケーションスキルでそういう開発サイドの力になれる仕事は楽しかったですね。
とはいえ、
開発「何が欲しいのか決まってないと工数見積もれねぇ」
企画「いくらでどこまでできるのか分かんないから何も決められねぇ」
という鶏が先か卵が先かのような状況から出られず苦しんだり、
非エンジニアとのコミュニケーションでミスって落ち込んだり、
チームマネジメントとかプロジェクトマネジメントみたいな本を読んでは当時は「そんなふうにできればどんなにいいかボケェ!!」と(本に)怒って悔しくて泣いて(そんな時はエンジニアの友達によく愚痴を聞いてもらってました。ありがとうございました)なんて日々もありました。
今となっては本当に笑える思い出ばかりなのですが。笑
半年ほど前からは、私の苦手な契約作業はマネージャーが巻き取ってくれたり、技術知識が必要ない調整は新任リーダーがやってくれるようになってすごく助かりました。また、社外の方で優秀なPMOがお手伝いしてくださいました。
色んな人に支えられ、入社して2年と少し経った今年の9月に、無事アプリを大型リニューアルという形で(作り直してるけどストアではリニューアルとして)アプリをリリースできて本当に良かったです。
その後何回か修正版を出しましたが、開発スケジュール変更や追加予算、大きな障害はなく、プロジェクトがひと段落となりました。
ほんの少し地元に還元できたのではないかと思っています。
他にやったこと
入社1ヶ月で、社長ラジオのMCに名乗り出てみたり、ネックストラップを作ったり、社内ライブラリに本を追加したり、そこに技術書のPOPを作っておいてみたり、社内Wikiを開設したり。
若手を社外勉強会に誘ってみたら全然誰も引っかからず、会社で社外の勉強会をみんなで見ようの会を開催してみたり。
ウーマンデブサミ2023で登壇させていただいたりもしました。
とはいえ、これらの活動は仕事がまだ忙しくなかった入社後半年くらいしかやることができず、うまく運用が継続したり、効果が出たと実感ができたものがあるわけではないので、個人的にはあまり誇らしげには言えないのが情けないところです。
TechBlogの立ち上げに関わらせていただいて、これは今後も記事が追加されると思うので、良かったら見てみてください!
まとめ
当初思っていた今まで知らない世界が経験できたし、自分の課題も色々見つけられたと思います。
あれこれやった分、ここには書けないようなお恥ずかしい醜態や、情けない失敗、未熟なやらかし、色々ありました。たくさん迷惑もかけました。
でも、そんな時にこそ嬉しいことを言ってもらったり「頑張ってるの知ってるよ!」「大変だと思うけど頑張れ!君なら出来る!」と言ってもらって、どうにかここまでやり遂げることができて、本当に支えてくれた方々には感謝しています。
(30歳にもなってこんな風に褒めてもらわないと仕事できないのか、というのは今後の改善点としたいと思います。でも本当に助かりました)
わたくしごとですが、現職を12月末に退職することしまして
— とと (@totokit4) December 13, 2025
昨日が最終出勤日でした
2年半しかいなかったのに、たくさんはなむけの言葉をもらって、
最後にはこーんな可愛い花束をもらいました💐
ありがとうございました pic.twitter.com/wIPLRT2OwH
有休消化中は「やりたい」「やらなきゃ」と思って後回しにしてきたことの消化に充てて、充電時間としたいと思います。
とりあえず、入社してから5kgくらい太って人生最高体重なので、戻したい。
次の職場は決まっているので、また頑張ります!
ここまで読んでくださりありがとうございました!


ととさんのキャリア話凄く考えさせられました 自分もプログラミングを学んだ学部で大学卒業しましたが、本当にこのキャリアでいいのかまだ悩んでるのが現状です