小説:ballad.(バラード)⑨
チャイムが3回、ノックが数回。そして静寂。俺達は息を飲み、玄関に繋がる廊下、真っ暗な廊下を黙って見つめていた。山田は布団の中に入って震えているし、三木田はすごく真面目な顔をして腰をあげようとした。「三木田?」「――誰か確かめにいかないと…」と呟いているが、正気なのか?「せめて、何か身を守る物を持つべきだ。」俺は提案をし、三木田は部屋の中を見渡して「気休めか…」と苦笑した。柄の部分だけはしっかりと長い焦げ茶色の箒を手にして俺に呼びかけた。「中村さんも来てくださいよ。」まじかー。まあ、四の五の言える段階ではないか。「わかった。」俺は腰を上げて縮こまった山田を見やり、「行ってくるよ」と声をかけた。
暗い廊下を三木田と俺はゆっくり足踏みしながら玄関に向かって歩く。手に持ったギターが震える。いやもう他に色々あったのに、どうしてギター?いや知らないが?ああもう!散らばった箱が邪魔だよ!普段から片付けないからだぞ山田!三木田も!!家も大して広いわけではないのに、リビングから玄関までの道のりは異様に長く感じる。「先に警察、呼ぶべきか…」三木田が不安そうに投げかける。「ただの杞憂で済んだら、いらん誤解を与えてしまうし…」いや、何を言ってるんだ。俺は。こんな状況下なら警察だろ!「三木田」「…しっ…」三木田は顎を使って制した。俺は黙った。「――誰か、玄関の外、すぐそこにいるな」扉の先に重い息遣いが微かに聞こえる。本当だ…誰だ?
誰なのかを俺は考えた。星野を殺した犯人達。これは確率的には低いという考えがあった。というのも、犯人達は山田が殺人現場の音を聞いていたことを知るわけがないからだ。山田は窓に近づかなかった。ここ数週間は警察が調査のために殺人現場にいたはずだから、犯人達は戻ってこれるはずもない。…よな?それを仮定しても、山田がいきなりカーテンを閉めて生活をしたとて、それを不審に思ったりするだろうか?それに、ビルの建物内には監視カメラがある。わざわざ逆手にとってまで犯人達が山田の家の前に来るだろうか?考えが足りていないだろうか?
もうひとつは、ダイゴが言うヤクザか、並木さん。2人が関わっている可能性が…「おい。」三木田に話しかけられて思考は中断した。「しっかり気を張れよなあ。ドア、開けるから。」俺は頷いた。ギターの柄を強く握りしめた
。三木田は鍵をゆっくり回して、カチッとはずす音がした。「――すう」三木田は息を飲んで、扉を勢いよく開けた。
白い天井、白い壁。蛍光灯がちかちかと光る。警察署内とはいえ、全然建物内は暖かくないし、やけに椅子は冷たく感じた。俺の隣にいる山田は家の中にいた時よりかは肌色もよく、落ち着いた感じだ。それもそうだよな。ふいに取調室の扉が開き、三木田がすんなりと出てきた。女性の警官が三木田の背中を鋭い目で見張っている。「やけに早いな」俺が話しかけると三木田は無言で目配せしてきて、俺は背筋が伸びた――わかってるって。「次、中村さん、お願いします。」「はい」俺は返事をして、室内に足を運ぶ。扉が閉まる瞬間、三木田が山田の背中をさすって、話しかけている姿が目に入った。
「金木大吾は一命を取り留めたと連絡が病院からあった――とはいえ背中から深く刺されたから、目を覚ますのはまだ先だろうが。」「ナイフが心臓を外してただけ幸いです。」あれ?日本語おかしいか?坂本警部と呼ばれた男はタバコの煙を深く吐くと、パイプ椅子から席を立ち、俺に背中を見せる。バインダーからチラリと見える満月が綺麗だ。カチッと短く抑えた電子時計が「03時40分」から「03時41分」に切り替わった。
しかし…取り調べも初めてだけど、取調室なんて人生初めて入ったなあ!興奮を隠しきれない。部屋の中はちゃんと暖かいし、なんかよくわからないキャビネット棚や書類の山が部屋の隅にあるし、自分用と警察が座る用のパイプ椅子もふかふかでびっくりだ。事務机の上には老けた星野の顔と、金木大吾、並木さんの顔写真がホワイトボードに貼り付けられていて、3人を太マジックで大きな丸で囲って、「3人の関係性は!?」と書かれてあった。「――何か知らないか?」だしぬけに坂本は話しかけてきた。俺の視線を感じ取ったのか。
「山本組、郷田組、星野の人間関係でも、なんでもいい。」やけに熱い人だな。「山本組、郷田組の関係性については知りません。並木さんのことも詳しくはありません。でも、星野に関してならもしかしたら力になれるかもしれません。」坂本はまた席に座る。パイプ椅子がきしむ音が部屋に響く。「それは、つまり、どういうことです?」一語一句ゆっくりと話す坂本。なんか緊張してきたな。
「僕と星野は中学一年生の頃、少しだけ友達でした。とある日、すみません、、時期は秋しか覚えていなくて…えっと、学校をサボった日、星野に喧嘩をふっかけてきた、同級生の別のクラスの生徒です。」今でもよくよく覚えている。俺は星野とそいつらとの喧嘩に巻き込まれた。五人だ。各々パイプ棒やらバットやら握っていた。星野は俺を守ろうとはしてくれていたのに俺は縮こまるしかできなかった。気付けなかった。怖かった。だから、星野と絶交した。もう二度と俺に話しかけないで欲しいと言った。星野はわかった。だけ言った。それからずっと疎遠でいてくれた。そこまで坂本に話しても仕方がない。「僕は…そいつらが今でも星野に絡んでいるんじゃないかなって考えてるんです。」と答えた。
「その人達の顔は?」坂本が呟く。
「覚えています。」坂本はデスクの中にあった古びた中学のアルバムを取り出した。
「被害者である星野が在籍していた頃のアルバムです。そして一応、その数年前、数年後のアルバムをうちの刑事が学校に問い合わせてなんとか借りる事ができましてね…」坂本のタバコの煙が天を泳ぐ。あれ?でも今は女性の方と坂本しかいないみたいだけど、女性の方がその刑事?まあ、関係ないか――俺には。坂本はアルバムの張り付いたページを不器用に開いた。「…探してもらっても良いですか?」俺は頷いてアルバムを受け取った。あの頃の星野と、その下にいる俺。「仲直りをする」と言う文字が胸をチクリとさせたけど、今やるべきことは犯人かもしれない人の情報提供だ。つい最近見た、忘れもしないそいつらの顔が載っているページを迷うことなく開いた。
山田は警察の保護下で守られることになった。今日は警察の布団で寝泊まりらしい。すこし羨ましいな。それに、あのビル周辺もしばらくは警察の目が益々と厳しくなっていくだろうから、犯人らも来られはしない。「ちゃんと打ち合わせ通りに話したんだよな?」なんだよ三木田。待っててくれたのか?
三木田は警察署内の受付前の4面の広いソファが三つ並んでいて、そこに腰かけて携帯を触っていた。俺が頷きながら三木田に近づくと、三木田は深いため息を着いて天を仰いだ。「めっちゃねみー」「そうだな」俺は軽く笑った。携帯の時計は5時台を指している。「もうこのまま会社に行く方がいいな」と独りごちた。「くそまじめ」三木田は短く答えると、ソファの上に寝転ぶ。「明るくなって人が増える時間になるまでは俺はここにいるわ。承諾も得てる。」「じゃあ、それまでは」俺は携帯をソファに投げ置いた。「一緒にいようかな」「…好きにしなよ」嫌では無さそうだからそうする。俺も後ろに背中を倒して寝転んだ。広い天井だこと。
「新宿刺殺事件の犯人」だしぬけに三木田が声を出す。俺は黙って話を聞く。「誰だと思う?俺、最初山田だと疑ったわ。」「どうして?」「あいつ、脳みそいっちゃってるじゃん。あいつ自身が知らないウチに人殺しそー」ケロッと笑う三木田に、俺は確かに…と汗をかく。「――まあ、俺はいつでも殺される覚悟はしてるけど…。」三木田の声が少し部屋全体に響いた。俺は天井を見つめながら三木田に問う「関わることをやめないのか ?」三木田は鼻で笑う。「いつか俺を殺してくれるなら別に今のままでそれでいい。」ん…よくわからないな?三木田が欠伸をしているのが伝わった。いまいち整理しきれないが、これ以上深入りする必要もないだろう。俺は突っ込むことを放棄して目を閉じた。
「もうすぐクリスマスだな」三木田がまだ話しかけてくる。「そうだな」ともう話しかける気もないニュアンスで短く答えた。三木田がうっすらと笑ったような気がした。
続く


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