過去の自分が蒔いた種に足元をすくわれる話
一年前の自分は何をするにおいても、自分の発言、行動について深く考えて実行をするということができなかった。意識をしていなかった。だから仕方がないよねという話ではなく、今後は本当に気をつけなきゃなあと想った。
ちなみに、その意識してないことがどういう感覚なのかを皆さんに説明すると、仕事中に確認をするという項目が抜けているという以前に、その確認をする意味がわからないと言えばわかりやすいですか?私の脳みそには「発言することで生じること」とか「確認をしないことで起きる不安」とかが軒並みなかったのです。
友達が怒る 何故?
会社の人達が怒る 何故?
そもそも怒っていることにすら気づけない鈍さが私にはあります。それも今にして考えると軽度発達障害を持っていた特性だったと説明はできますけど、それを説明できる時点で自分の所業に逃げることは罪なので、今は言われたら考えて反省をできる脳みそになっています。もうちょっと早く気づきたかったけど、たらればたられば…。
相方とはいずれ同居をする前提で、一緒に暮らす練習を時折週末に会う予定を決めて私の家で過ごしています。相方はたまに私の過去の所業を掘り起こす人なのですが、普段はそれくらいは別に「今はちゃんとやってるんだからいいでしょって」考えて(時折ムッとなって言い返しちゃう事もあります)流してるのですが、久々に過去の私シリーズが蒔いた種に、私自身が足元をすくわれる出来事がありました。
ようつべで旅行動画をみながら「あそこ行きたいね」とか「あれ食べてみたいね」という共有をよくしています。
私「あれ美味しそう 好きなんだよね~」
彼「え、うそだよ、貴方前に残して俺が捨てたじゃん」
私「え、そうだっけ?」
彼「嫌いなんだと思ってた」
なんて会話がありました。そうなんです。彼のせっかく買ってくれたご飯になるオカズを食べないなんてことをやらかしてたんです。まじ私はクソだと思います。久々に昔の俺はなんてやつだと思いながら、棚には缶詰が置いてあったりと、まだ手づかずの食品たちがちらほら…結構ダメージに来ました。せっかく買ってくれた冷麺もちゃんと食べなきゃな…と思いました。
人にもらったものとか、人から言われたこととか、本当に一回頭に入れて物事考えて判断するスキルが本当に空っぽなのどうにかしないと、こういう些細なところでまた傷を負ってしまうのです。
本当に、本当に気を付けないといけないなって思いました。
相方よ・・・ごめん・・・これからもこの無意識病には付き合ってもらいます。ふえ~~。


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