小説:ballad.(バラード)⑧
俺ってね、産まれた時から――らしいけど、物心付いてから父親から殴られたり、母さんには見ないふりをされ続けてきた想い出があってさ――学校では暴力を直接受けてきたわけじゃないけど小学生の時代はいじめとかも受けてたし、だから――その…暴力が当たり前の環境で育ってきたんだ…。
だから、怖いんだ。
何か大きな音がすることも、
大きな声で強く言われることが
本当にとにかく怖いんだ。
誰かが俺のために何か言ってくれているって理屈は頭の中にあるのに、どうしてこの人は俺の事を強く言うのかって考えてしまって、このまま関わりも全て消したくなる気持ちに負けそうになるんだ。
うん、だから…
大人になればそんな環境から抜け出せると本気で信じて――勉強も面接もたくさんたくさん頑張ってね、きたんだ…。
…うん……。
普段は居酒屋では並木さんが守ってくれるから、大丈夫。不安はなかったよ。三木田が一緒の時は平気だったから、誰かと一緒なら金木って人もいじめたりはしないだろうって安心感があった。でも、でも、まさか健人が狙われるとは思わなくて、もう、もう、ホント、どうしようもなかったんだ――ごめんね。
――金木は多分だけども、初めて来る若い人にはみんなあんな感じらしいよ。そのせいで客足は遠くなるし、来る人はみんな親父ばかりだって並木さん、よく愚痴ってた。だから、健人が来てくれたことは並木さん、本当に嬉しかったんだって思う。
え?あのカーテン?ああ、うん。ほら、さっきお店で金木が話した…ヤクザが集団で暴行を受けて刺殺されたやつ。その現場が見れた窓。その時はカーテンは開きっぱなしで、窓にぴったり張りつけば外の様子も見えなくはなかったけど、俺が見れると思う?
でしょ?
俺が仕事に帰ってきたのが22時くらいだった――かな?健人は先に帰ってたよね?俺は三木田と新宿駅まで途中一緒だったんだけどさ。家に着いて眠っていた時に聞こえた。
怒鳴り声。一人じゃなかったよ。
誰かが誰かに怒鳴り散らかす音もしたよ。
俺は何事かわからなくて、なんであの時起きちゃったんだ…本当にびっくりして、音の原因を調べようと思って寝室からリビングに移った。
鈍く殴る音、いっぱい、した。
「うっ」て声も、した。怖かった…。
どうしよう?通報した方が良かったのかな?そんなことを考えている時に、インターホンが短く3回――くらい鳴ったんだ。玄関のドアを強く叩く音が長く感じるほどに、した。なんで?どうして?どうしようって考えたよ。どうして俺の家なの?どうするべきだったと思う?奴らが来る!俺を殺しにきたら!どうしようどうしようどうしよう!!俺を殺しにきたんだ!!殺される!!殺さなきゃ!!殺される前に、殺さなきゃ!!だから言う通りにしたよ!?靴も沢山買った!!欲しいものも沢山買ったじゃん!!なんでそんなこと言われなきゃいけないの!?お父さんみたいに言わないでよ!!殺す!!殺さなきゃだめなんだ!!――絶対に殺さなきゃ!!!
「山田。」俺は山田を抱きしめた。
「…山田?」声のトーンを落ち着かせながら「大丈夫?落ち着いたか?」と言ってみる。山田の顔面は蒼白で、今にも吐きそうだった。カタカタと体が震えている。優しく肩をなでた。
山田の独白。最後の方は本当に山田が何を話してるのかわからなかった。断片的にも拾えないかと想ったけど、もうこれ以上は俺が精神的に気がおかしい山田に殺されかねない――本当にだいぶギリギリのところまで聞き出してしまっていたらしい。
ほんの少し知りたくて聞いたのに、こんなに傷つけるつもりじゃなかった。この分の責任は取らなきゃいけない。山田がちゃんと落ち着くまではそばにいてやらなきゃだめだと思った。
「山田、今日俺も泊まるからさ、そうしたら少しは安心か?」俺はゆっくり山田に囁くように確認した。山田は小さく頷いた――山田の家から会社は歩いてでも30分はかかるけれど、遅刻に関しての心配は早起きすればどうとでもなる。俺は立ち上がり、リビングを抜けて山田の寝室から敷布団を探し出し――すぐに見つかった。持ってきた。布団を山田の身体を包むようにかけると、数分で山田は眠りに落ちた。本当に俺なんかに心許しすぎだよ。本当によくわかんね。俺はため息をついた。
カーテンの向こう側をなんとなく見つめながら、深く考えた。
やっぱり金木ダイゴと並木さんが話していたことは『星野のこと』だった。俺は机にほったらかしたままの自分の携帯を拾って、今更ながら新宿刺殺事件について調べてみた。(癇癪を起されても困るから、山田の目に入らないように)――けど、まさか星野を殺害した犯人達が捕まっていなかったなんて…俺はびっくりした。凶器も未だに見つかっていない。このまま未解決なんてことはあるのか?集団行動でそんなことは有り得るのか?足跡とか痕跡は必ず残るはずだろう?星野はどうなる?…もうひとつ気になるのは、星野と並木さんの関係性だ。金木ダイゴは『結婚する予定だった』と言っていた。確かに言っていた。星野と並木さんの関係。そして、星野は金木ダイゴとも絡んでいる可能性がある。2人ともう一度、話せないだろうか?
俺はカーテンが閉じたままの窓に近づいて、カーテンを小さく開いてすぐに閉めた。ベランダの有り無しを確認したかった。結果的には無かったけど…確かにここから地上にかけては半分くらいは見えなくはない。けれど見えたとて頭上くらいが精いっぱいだろうと思った――俺は1日起きるくらいはしておこうかな。窓から離れて、山田の隣に座り直そうとした。
「カーテンは極力開けない方がいいですよ。まだ犯人は捕まってないんだから。」…三木田の声だ。俺は三木田のいる方に振り向いた。三木田は普段会社では見たことない――いじわるそうな――イヤ、ドヤ顔だ。そんな表情を浮かべながら、左足をソファに乗せて、左腕をひざに乗せている。なんだその漫画みたいなポーズは。「…いつから起きていた?」と聞いてみる。すると三木田は乾いた笑いを出して「貴方達が家に戻ってきてから…ですよ。」と言った。だろうな。
「貴方もやっぱりこっち側の人間だったんすね」三木田は浅く笑う。ん?「――いやちょっとまって、三木田?何の話だ?」「へ?」「…は?」いやまじで何の話をしているんだ????「――貴方も山田を自分の利益のために利用しているんでしょう?」いやまじでわからん。俺はよほどおかしな表情を三木田に向けていたのか、三木田は一瞬の間、大きな声で笑いはじめた。山田より下品なまるで悪役みたいな(失礼か)笑い声を出している。
俺は頭の中でいちおー整理する。
えーーとつまり、三木田は山田を利用していた・・・?
「――まあでも」三木田は続けた。「貴方も好奇心で山田のトラウマを掘り起こして事件のこと聞こうとしたんだから、お互い様ですよね?」んー…別にそういう意図はなかったけど、でも、まあ、結果的にはそうなったから否定はできない。「三木田は山田のことを人として好きだから、傍にいるんだと思ってた。」三木田は真顔になり吐き捨てるように笑った。「いいえ、俺は山田のこと、嫌いですよ」と言い切った。
三木田のやつ…あんなデリカシーのないやつ…なんてブツブツ言ってるけれど、俺は腑に落ちたというか、そうかと妙に納得した。彼らが同性愛者だとか恋人だとかならまだしも、年上年下の会社でのつながりだけだろう?距離感が変なやつらだと思ったし、もし仮に他の理由があるんだとしたら、とやかく言うのはおかしいと思って心に留めているつもりだったのに。こいつ、自供しまくってるんだよな。さっきから。
つまり、玄関に転がった私物はおそらく三木田の物なんだろうな。めんどくさいからそれについては触れないでおく。
「どういう顔だよ 中村サン。」「その方が自然だよなって思っただけ。」三木田の非効率さに笑うしかなかった。「いや待って、反応おかしいでしょ」三木田は慌てている。「だって逆に聞くけどなんで山田なの?三木田。」俺は聞いてみた。三木田はこんなメンタル不安定相手によくやるなと思った。苦労が割りに合わないことをずっとやってきたってことだろう?
三木田は質問に答えないから、突いてみる。
「ぶっちゃけると俺は三木田が山田の『なに』を利用しているのかは正直検討つかない。本当だって。だからさ、よくわからないけど、俺は二人の関係性に深入りするつもりはないし、好きにやってればいいと思う――」それに「俺ぇ二人のこと恋人だと思ってたし…」と付け加えると、三木田は顔を真っ赤にして「違うっ」と返した――拍子にソファから勢いよく立ち上がる。ワイシャツがズボンから片側はみ出てみっともない。
いやだって多様性の時代なんだからあり得る話ではあるんだろ?
俺ホモじゃないしよくわからないけど。
それにしても三木田のやつさっきから一応山田を気にして、声を潜めている気配れるところが、俺はやっぱりおかしくて声を殺して笑った。「なんで俺が山田なんかを好きだとかそんな変な解釈するんだ…」どいつもこいつも三木田は呟いてる。頭をかいて俺をきっと睨んだ。まだこの会話続けるのか・・・?
その時だった。
ピンポーンと、短く3回、
チャイムが鳴った。
次はドアを強くノックする音がした。
山田は慌てて飛び起きると、頭を抱えて縮こまった。俺と三木田は山田の近くに急いで寄った。
俺達は黙って息を飲む。
そして玄関に続く廊下をじっと見た。
続


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