小説:ballad.(バラード)⑦
山田の家の中は俺の家の中と比べると、随分と物に溢れているというか散らかった部屋という印象だった。まず、玄関に入るとドでかいアーティストかな?歌っている人のジグソーパズルの額縁と靴棚が迎えてくれて、靴棚の上はなんかよくわからないフィギュア――俺が見た限りでは顔が有名なゲームのヤツだ――が、ゴロゴロしていた。
「さあ、上がってよ」つい先程まで眠たそうにしていた山田は笑顔を絶やす事なく、俺に靴を脱ぐように促す。俺は言われた通りにする。三木田の靴が一瞬、判別つかないくらいには色んな安っぽい埃かぶった靴が玄関に散らばっているし、靴の箱は靴棚の扉の前に棒積みだ。リビングに続く床も色んな箱やら本やらが壁の隅に追いやられているのがわかる。異臭をごまかすためにラベンダーの防臭剤が床に2個、棚に1個焚かれていた。臭いはそこまでひどくはない。俺は玄関に上がる。
ぺたぺたと冷たい床を山田の後に続いて踏みながら歩く。ちゃんとトイレと風呂は別れているタイプかな?それにしたって、まさか山田の家に上がることになるなんてな…内心自分の臆病な面に苦笑する。
金木ダイゴと呼ばれたあの男。俺の胸ぐらを掴んできた時、本当に怖かった。解放された後も、寒さも忘れて数分は長く階段を見てたかもしれない。山本組という「組」はおそらくヤクザなのが察しはつく。狙われて後からつけられたらどうしようとか、星野「みたい」に刺されたらどうしようとか――色々な不安に駆られて、なかなか家に帰ることに渋っていたのを山田に汲み取られたのか、『家に来れば?』と誘われて、気づいたら流れるようにと…現在に至る。
でも、正直どうなんだろう?とは思う。山田だ。
いくらお酒に酔いつぶれていたとは言えど、あの眠たそうなムーブは嘘だったんじゃないか?と再び考え出してしまった。もうやめようと決意したじゃないか。人を疑いすぎるのはだめだって。人には必ず表に出す時と出さない時の感情がある。もちろん出すタイミングだって人それぞれなんだ。山田はたまたまあの時、本当に眠たくて、ダイゴがいなくなった後に眠気が消えて覚醒したと信じたい。
「三木田まだ寝てるわ」山田は何がおかしいのか。別に関心がある訳じゃないけれど、俺は今更ながら、そもそも泥酔した三木田に傍にいなかった山田に一瞬――だけ、疑心がよぎったが、目を強く積むって、息をのむ。そして目をゆっくり開いた。山田の横から、扉ガラス越しに――三木田だ――を見た。ドアの下の隙間から、暖かい空気が廊下に流れてくるのが靴下越しからも伝わった。
三木田は本当にそれはそれは気持ちよく眠っていた。俺の家のソファとは少しだけ形は違えど、ソファの上にはゲームセンターとかでありそうな随分とやわらかそうなぬいぐるみがあり、クッション代わりとなっていた。三木田は横向きに微笑みながら眠っていた。上着、ネクタイと靴下は脱がされたのか、靴下は床にあり、上着とネクタイはソファの背もたれにかかっていた。三木田のお腹の上は暖かそうな茶色の毛布がかけられているし、寝息も遠巻きで見た俺でもしっかりしているのが判明(わか)る。
なんだ、何も起きたわけじゃなかったか。
ほっとした。
変なことを考えてしまった。三木田が死ぬ?
そうだ有り得るわけがないんだよ。
いいか?いくらこの建物の下で『刺殺事件が起きた』とて、それが山田の部屋と『あの事件』が結びつくわけがない。そもそも何故こんなにも、何に対して不安になる必要があるんだ。俺は。
「健人も上着脱げば?」おいこら山田、いつから下の名前で呼んでいいと言った。…別にいいけどさ。
「そうする。ありがとう。」三木田の上着と被らないように別の場所に置こうと考えた。俺はやや前かがみの体制になりながら、木型のローテーブルの上にスーツを丁寧に畳んで置く。
ん、タバコ。俺は目を細める。
山田ってタバコ吸うんだ。
「コーヒー飲む?」山田が台所から顔を出す。俺は体を上げて、山田のいる方向に顔を向けて頷くと、山田はニッと笑ってまた台所の中に戻った。なんだその表情は。俺は思わず微笑んでしまったことに気づいて、恥ずかしさで天を仰いで――ついでに部屋を見渡した。
何か、山田って思ってたよりヲタク?いくつかアニメポスターの額縁が壁にいくつも飾られている――多分、ロボット戦士のなんちゃら。テレビは俺の家と同じくらいのそんなに高級そうな感じでもない。観葉植物と山田が結びつかなさすぎて笑える。窓の横はギターだ。音楽も嗜むらしい。ギターが5本立てかけられていた。窓。カーテンはしっかり閉まっている――位置的にはその窓から『例の事件』が見れそうだなと思った。
聞きたい。聞いてみたい。
知りたい。あの日のことを。
「さっきの金木ダイゴってやつさ~?」山田から特に反応がない。「並木さんの店の常連だよな」コップの出し入れをする音。「山田?」「へ?なに?」山田の声。もうちゃんと聞けよ。「だから――」俺は台所にいる山田に近寄って、改めて声をかける。
「金木ダイゴって山田の知り合い?」
あれ、ちょっと質問の仕方間違えたかな?
山田はまたがたごと『なにか』している。
「山田ってば―「答えたくない。」―。」
拒絶に近い反応で、俺は思わず呆気にとられてしまった。山田が震えてるのがわかった。確信した。そうだよな、山田だって怖かったはずだよなと思った。ダイゴが店の中に来た時の眠むそうなムーブも、ダイゴに襲われた時のムーブも全部演技だったけど、それらは全部、恐怖から来た自己防衛にしか過ぎなかったんだ。「ごめん」俺の口から謝罪の言葉が漏れる。
山田はおもむろに立ち上がり、初めて笑顔以外の苦痛を浮かべた表情を見せてくれた。「俺もご、ごめん・・・うまく・・・説明できないけど・・・」三木田は変わらずすやすや寝息を立てている。「あの刺殺事件の日からずっと怖くて――」俺は内心少しでも疑った自分に恥じて、居た堪れない気持ちになった。「とりあえず、座りながら話さないか?俺がコーヒー入れるからさ」俺は山田の隣に立つと、一瞬山田の肩が小さく震えた。
山田が座布団を寝室から持ってきてくれて、三木田と俺たちでローテーブルを挟むように座る。コーヒーを一口、二口と飲んだ。山田は少し落ち着いたらしい。
ゆっくりと「新宿で起きた刺殺事件の日」を話しはじめた。


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