小説:ballad.(バラード)⑥
「最近わかったことだけど、山田と三木田って距離感だいぶ近いよな?」カシスオレンジのアルコールをグラスでちびりながら、そんなに酔ったわけではないけど、お酒の力を借りながら山田に聞いてみた。
「んーそう思うよね まわり。やっぱり。」へにゃりと笑う山田はすっかりアルコールが身体に回っているのか、今はお水を片手に小休止モードに入っている。敬語も砕けているけれど、タメだからかあまり気にならない。
女将の並木さんは別のお客さんと話している。
「いろいろ気にかけてくれるんだよね 昔から。」山田の言葉に俺は頷きながら耳を傾ける。グラスの氷が少し溶けて転がる音がした。
最初に話しかけたのは山田から三木田だったらしい。今はだいぶ三木田に鍛えられた山田だけど、当時はノンデリ山田と職場で陰口を叩かれるほどに言動が酷かったと聞いて、中学生時代の自分を久しぶりに思い出して、心がチクッとした。というか陰口なんて聞かなかったけどな?俺が人に興味がなかっただけか。
「でも、最近ちょっときついんすよね。」
三木田と、山田が呟く。
まあちょっと三木田は過剰すぎるなとは思う――けど…俺は友達を必要としなかった人間だったから、勝手なんてわからないよ。
「――良いんじゃないか?少なくとも山田と俺が繋がったのは三木田がいたからだし。」いけない。山田が話について来れていない顔をしている。
えーっと…「俺はどっちかと言うと山田の不器用さに理解できる。けど、結局人ってやつは誰かに支えてもらうことで自分自身がわかると思うんだよ。」
あれ、これいらんこと言ってるか?
ええいままよ。
「――山田に限らず、当人からしたら平気なことで当たり前に過ごしていることは、傍からみたら不安で心配になることってあると思うんだよな」俺は続ける。
「そういう自分では気づけない視点から教えてくれる人がいるってのは悪くないんじゃないか?」脳裏に星野がちらつく。今は関係ないからあっちにいなさい!
「まあ時にそれが嫌いな人だったとしてもだよ?」余計なことだこれ。
「俺は家族に放任されすぎて育っているから、放置される方が辛かったから…あーこの話は無し。」あーあーごめん山田。
「――なんか説教した感じになった。ごめん。傷つける意図とかは全然まったくないから。適当に流してくれ。」早口。俺は恥ずかしくなって、顔を両手で隠して正面を向いたまま目を瞑る。人との付き合いがわからないと距離感がおかしいのは俺もだな。反省だ。
沈黙が気まずい。
背中に汗が吹き出る。
いや、山田のことだから、今俺に言われた言葉を頭の中で整理していそうだ。並木さんと目が合った。にっこり微笑んで、また手前にいるハゲの接待モードに入っていく。聞き耳はしっかり立てているのかな…なんか恥ずかしい。
「中村…さんって」自分の肩が、少し震えた。
「会社だとすごい喋らないで仕事するじゃん?だから…んー人がよく分からないから話しかけにくさがあったんだけど、意外と普通の人だったんすね。」
山田の普通はよくわからない――けど、仕事に関しては一線を引いて取り組んでいるとこはある。そこは否定しない。
「俺はそんな風に自分を語るの苦手つーか」山田が話を続けた。…俺も自語りは嫌いだけど、いや。言わないでおこう。
「ノリよければ全てよしみたいなとこもあったり、するつーか。」俺は黙って先を促す。
「なんかつまんねっすね この話。」カラッと笑う山田。いや、吐けよ。止まるなっての。「いやいや」俺は手振り身振りで慌てた。
「つまらないとかそういう話じゃないというか、山田にとっては大事な話なんだろ?」腕を下ろして、山田をしっかり見据えた。山田は目を開いてびっくりしている。
「ちゃんと聞くよ。」
何言っちゃってんだ俺は。
「くみちゃんお会計ー」さっきのハゲだ。「はーい」俺の前を並木さんが通り過ぎた。レジ台に立っているのを背中で感じた。山田はまた何か考えているらしい。俺は恥ずかしさを誤魔化すために、お酒をちびちびと呑む。
今山田に言ったことは、全て俺自身へのブーメランとして返ってきた。俺は山田にじゃなくて、星野に言いたかった。もっと踏み込みたかった。星野に伝えられなかった言葉を、そのまま山田にぶつけて気持ちよくなっているだけなんだと悟った。最低で酷いやつだな俺は。
手が震える。
「俺やっぱ中村さんみたいに自分の気持ちをそうやって話せる人間になりてえな。」
なんか都合良い感じに解釈してるよ…。
山田…おまえ無理だと思うんだよな…。
俺は口には出さないようにお酒を飲む。正直こういう内面のことって何か大きなきっかけや出来事さえ起きなきゃ、人は簡単に変わらないだろうし、山田に言えるほど、俺はすごいやつではない。がんばらなきゃいけないのはお互い様だろうし。
「そいやさ、くみさんよ。こないだの店のすぐ下で起きた刺殺事件、犯人ら捕まってないんだって?コワイネー。」「金木さん声でかいわよ。んーそうみたいね。」当たり障りのないニュアンスが俺の耳に入る。ハゲの奥にいたおっさんと今度は話しているのか。
ん。いつの間にかこんな時間か…深夜の時間になりそうだ――そろそろ帰らなきゃな。俺たち以外のお客さんも、今並木さんと話している人しかいなくなってるみたいだし。
「山田、そろそろお開きの時間にしないか?俺明日は普通に休日出勤なんだよ。」「んー。」山田が唸ってる。酔いが回りすぎて眠いんだろったくもー。
「並木さん、お会計お願いします!」俺が声を大きく出すと、並木さんが慌てて駆け寄ってレジにきた。「はいはい 全部で――」「山田しっかりしろよ。三木田にまた困らせるぞ。」俺は片手で山田を支えながら、尻ポケットから財布を出す。「はい3万円お預かりして――」随分と高いな、おい。
「くみちゃん、俺もあがるわ。」さっきの親父が俺の隣に立つ。ひげ面の白髪に染まった髪の毛。角狩りの頭。しわくちゃな顔。だぼっとした暗いズボンに茶色のダウンジャケット。タバコ臭…。
「旦那になる予定だったんだろう?」
さっきからなんの話してるんだ。こいつ。
並木さんもさすがに困り眉だ。「ダイゴさん、お願いだからそういう話は私と二人きりでお願いしますね。」きっぱりとドスの効いた声。
並木さんから、さっきのゆったりした雰囲気が消えたのがわかった。
「はい、おつり。」「あ、ども。」俺はお釣りを受け取った。ダイゴと呼ばれたおっさんは小さく舌打ちすると、つれねえなあとかブツブツ言ってる。お前うるさいんだよ。
「またきてねー」並木さんだ。さっきは、ごめんね。という表情をしているのが、なんとなく伝わる。俺はなるべく笑顔を務めて「またきます」と返事をして、山田の背中を押して店の外に出た。
「わっ――さむっ」いつの間にか風が強く吹き込んでいて、俺は寒さで身震いした。階段越しから見れる新宿の都心はきらきらと色んな光で輝いていて、少し綺麗だなと思った。
「さすがにさみいなあ」ダイゴだ。身震いしているのがなんとなく見なくても伝わる。ニッシッシと下品な笑い声をしている。おい山田いつまで腰にしがみついてるんだよ。だめだなこりゃ。完全にお眠ちゃんじゃん。
聞くべきじゃないか?
唐突に、脳裏によぎった。
なにを?
「おい」急に胸ぐらを掴まれた?ダイゴ…に。「…なに?なんですか!?」苦しい…山田!!
「世間知らずな坊ちゃんよ忠告しとくぞ。」
こわい!!なに!?
「今度舐めた顔を俺に向けたらボコるぞ。こちとら山本組の一員だからな。」すごく訛ってて言葉の処理が大変…。
「っやまだ!」声を荒らげる。起きてくれ!!
「ちっ!」急に突き放すようにダイゴの手から解放されて、山田もろとも尻もちを着く。コートを羽織ってるとはいえ普通に痛いんだが!あ、山田起きた。「どしたの?中村?」お前さ~~思わず涙がこみあげる。
ダイゴは階段をおりていくのか、ぶっきらぼうに足を踏む音が響く。俺はしばらく尻を床につけたまま、階段を睨みつけた。
続く


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