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小説:ballad.(バラード)⑤

   今日は忘年会の日だ。
 年末に近づくにつれ忙しさが増してしまうため、少し早めにやろうということになった。俺にとって居酒屋は初めての経験だ。

仕事は定時にしっかり終わらせて、いざ行こうとしたら部長に1時間みっちりコンピューターの教育をする羽目になった。三木田と山田には先に行ってもらった。心配そうな顔はされたけど大丈夫だろう。

そして今は会社の外にいる。携帯の画面の左端の時間を気にしながら、Googleマップを頼りに歩いて直接現地に向かっている。だんだんと街灯や人通りや車、高いビルも少なくなっていくし、建物の影となっている道には雪の塊は溶けずに残されている。信号の無意味な動きが一層道路を寂しくさせた。

暗すぎて少し怖いくらいだ。
息を吐くと真っ白な煙が体内から出てきた。

山田がくれたチラシに載っていたお店は、どれも一度は店の前まで行って事前に練習したけれど、直前になって全く候補になかった、しかも都心から少し離れた場所に変えられた。

    ヤツは俺が会社に来て早々に『中村さん すみません!全っ然、人が集まらなかったんで、俺と三木田と三人になるから馴染みの店で忘年会することになりました!』と言いながら両手を合わせて頭を下げた。俺はもちろん『ええ~~~!?』とは思った。口には出さなかったけど。

『それで?』どこのお店なんだ?と、俺が携帯の電源を入れると、山田は『えーっと』と言いながらスーツの尻ポケットから真っ赤なiPhoneを取り出す。

『中村さん 住所送りたいんで、LINE登録してもいっすか?』えー…まあいいかとLINEのIDを教えていたら、三木田も気づいたら山田の隣にいて――かくして連絡先は母と父の下に二人の名前が山田、三木田と並ぶ結果になった。

   「それにしても…」俺が初めて家族以外の人間の連絡先を入れるなんて、こんな展開は予想はしてなかった。思わず笑みを浮かべてしまう。認めるけど楽しいかもしれない。

しかし…。
というかさ、俺は足を止める。
歩いている人や走ってる車が交差する。

肝心なお店が全然わからないんだけど。
どこだよ「よっちゃえ。」店の名前だ。

また、そこそこ身長が高いビルが密集している場所に来たけど、全然わからない。ここら辺は飲み屋が多いようで、人はいるからちょっと安心するけども。

こういうのは幹事である山田が、もう少し気を利かせてくれて店の前にいてくれたらなと思うのはダメか?人任せすぎるか。というか都心でいいだろ。どんだけ歩かせるんだよアイツ。

「大人しく迎えに来てもらおうかな…」と携帯握りながら呟く。だけどなー俺は眉を顰めて目を瞑る。

今日の昼休み。慣れは急げとLINEを山田に送ってみたけど、既読はすぐにつかないし、返事はクソ遅いか、大抵、時間が経ってから直接話しかけてくる。三木田も『僕に対しても山田はそういうヤツだよ』と言うもんだから、笑うしかない。山田は三木田を見習ってほしいよ。もう少し。

俺は三木田に店が分からない云々をLINEでやり取りした後、すぐ近くにあるファミマ(コンビニ)の住所を送ると、秒で既読がついた。

『迎えに行きます』と謝罪スタンプの返事がすぐに来た。ありがとう三木田。大好き。

ファミマの外で立ち往生していると、5分かからずして来たのは山田だった。おいこら。LINEみなさいよ。

「惜しかったですねー」殺すよ?

「すぐ後ろの建物だったのに!」あっけからんと笑顔で寄ってくる。というか私服で来やがった。革ジャン前開けに白T。結構長いこと履いてきたのがわかるジーンズ姿。「なんで私服?家近いのか?」と聞いてみる。

ああ…と山田は呟いてすぐ言葉を繋げた。「今から行く居酒屋の上なんすよ。俺の家!」はーなるほど。

「別に中村さんも着替えてくればいいのに。」山田が唇をとんがらせて言う。煽りか?「それだと間に合わないくらいには真逆な場所に住んでいるんだよ。」と嫌味を込めて言うと山田は目を輝かせて笑みを見せつける。なんだよ。

「つまりすぐにでも会いたかったってことすか!?」「言ってない。」俺は真顔でばっさり切る。山田は豪快に笑いながら少し前に出て歩き始めた。

「三木田は?」
「もうだいぶ酔っちゃって気絶しそうだったから、俺ん家のソファに投げときました。LINEのやり取りは俺です。」うっすらと楽しそうに微笑む山田を盗み見して、俺はため息を我慢する代わりに空見上げて半月を見た。

まじかー。
前から思っていたけど…あーいいや。
後でちゃんと山田にツッコミ入れよう。
陽気族と2人きりで忘年会かー。
三木田ー頼むよー。

    ビルの鉄の階段を登り、「よっちゃえ」という墨汁を筆に漬けて書いた看板を見た。ここだ。額縁が木でできていて、いかにも和風です!という印象を受けた。

「ここです。覚えてくださいね!」扉は屋内が見えないようにスモークガラスになっており、縦に伸びた細い板表面に張り付いている。山田は扉の手すりに手をかけて、扉を横に開くと、乾いたカラカラ音が鳴った。暖かいほっとする光源が店内に彩りを与えている。

「靴は玄関で脱いでくださいね。スリッパに履き替えてください。」山田は前かがみになりながら、スポーツシューズを脱いでいる。くたびれた靴紐が垂れ下がっている。俺も見習って革靴を脱いで靴を持ったまま、下駄箱の前に立つ。下駄箱はドラマでたまに見る(うる覚えだけど)銭湯式の数字に書かれた板が鍵になってるやつだ。

「どれでもいいっすよ。」
「ん。」89と書かれた扉を開き、スリッパを取る。自分の靴を入れて、扉を閉める。鍵板を取り、スーツの内側に入れた。山田が待ってくれてる。急ごう。

個室部屋に挟まれた狭い廊下を俺は歩いている。ワックスでつるつるな木の床をきしきしと音たてながら、居酒屋ってこんな感じなのかーと感動する自分がおかしかった。

「結構、お客さんいるんだな。」
「居酒屋だから。」
山田もどことなく嬉しそうだ。

「いらっしゃいませ」おっと。俺は身体を壁に寄せて道を空ける。『よっちゃえ』が刺繍された黒い腰エプロンを着けた頭をタオルで巻いたお兄さんが、俺を横切る際に頭を下げた。

狭い廊下を抜けると一気に開けた場所に出た。左側はカウンターに丸椅子、右側はスリッパを脱いで上がる必要がありそうだ。畳が敷き詰めらていて吹き抜けにも、部屋分けもできそうな感じだ。既に団体客が長テーブルを囲って楽しそうに談笑している。壁にはいくつもの居酒屋メニューが掲示されていて、トイレはうん、1番奥の右端ね。

   「あら、山ちゃん戻ってきたの?」カウンターでお皿を洗っている女の人――多分女将さんってやつだ――黒い髪の毛は後ろに結んだ団子にしていて、チョウチョの銀飾りで止めている。俺よりずっと多分年は上。だろうけどすごく健康そうな肌色で、うっすらと化粧をしている。白い着物に身をつつみ、指は綺麗で長い。美しい人だなと思った。

そんな女将さんが山田に話しかけてきたわけで。山田は目で『きて』と俺に語るものだから、もう黙って従うしかあるまい。

「そー!中村って名前!」
おい、さんはどうした。酒入ってんのか?

 女将さんは優しく「ふふっ」と笑った。

「三木田さん…が戻ってきたかと思っちゃった。」口調はゆったりしていて茶目っ気がある。どこか哀愁を感じさせる女将さんだ。きっと何人もの男を虜にしただろう。これは僕の色眼鏡でも誇張でもない。僕の心もたった今イチコロだ。

「ども。」いけない。
調子に乗ってしまう。

山田が真ん中の丸椅子に腰掛けたので、僕も見習うことにした。「三木田くんは大丈夫そう?」女将さんはガラスのコップに氷の入った水を山田と僕が座るテーブルにそっ、と…置いた。「すやすやしてるんで大丈夫だとおもう。」おいこら山田。一気飲みするな。聖なる水だぞ。

「あ、あの」声が詰まる。「名前を伺ってもよろしいですか?」声が震える~~!並木さんだよと聞いてもいないのに、教えてくる山田に軽く蹴りを入れる。なんか言ってるがしかとだ。

「並木久美子です。くみちゃんって呼んでね。」なみきさんね、うん。覚えた。

あー好きかも。

   

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