小説:ballad.(バラード)④
12月の2週目となると素手で携帯を触れない程に、痛い冷気が本気で任務を全うしている。昨夜は寝ている間に、またうっすらと雪が降ったらしい。そんなある平日の昼休みが終わる10分前。
女性社員用の休憩室がやけに賑やかだなと思った。「まあ、もうすぐクリスマスだからな。」とひとり言。イルミネーションの単語が微かに聞き取れたからクリスマスを連想しただけだ。
さてと、先程から山田がせっせと忘年会と新年会の参加メンバー募集する貼り紙を、掲示板に貼っていた。山田は気づいていないが、さっきから何人もの人が掲示板を覗き込んでは通り過ぎている。
掲示板とは社内の人間であれば役職、職群関係なく使える。たまに美容液を社員割引で販売しているチラシとか、swallowsのプロ野球観戦チケットが安く手に入りますよというチラシとかが掲示されていたりする。俺は貼ってあるなーくらいの認識で素通りしてたけど。
山田が俺の視線に気づいた。
俺に近づいてくる。
あ、これはやばいやつ。
「星野さんも忘年会来てくださいね」
来ますよね?と信じて疑わない。山田。
ほらーー。俺は頭の中で、頭を抱えて下げる動作を脳裏に描きながら、山田が片脇に抱えたチラシに視点を睨む。「あ、無理にとは言わないっすよ。」山田が慌てて付け加えた。
俺の思考を考えた?
今までそこまでは言ったことなかっただろ。
なんだよ。
「はやめにジャッジしてくださいね。店決めないといけないんで!」山田は笑顔を見せながらチラシを俺に渡す。俺はチラシを受け取った。
「それじゃ。」と、山田は手を軽く振って踵を返す。三木田が休憩から戻ってきたらしい。フロア内に入ってきたために、山田は三木田に話しかけに行った。背中を見ても無邪気な嬉しさが隠しきれない山田に対し、三木田は若干困ったような笑顔でチラシを受け取ると、山田の腕を膝で小突いて、山田も三木田に小突き返す。そしてお互いに手を振って離れる。
いやきもすぎ。ハンドサインってやつ?
え、行かなくてもいいか?やっぱり。
帰宅して家事やご飯を済まし、風呂上がった時、22時は超えていた。テレビは帰宅してからすぐにつけっぱなしにしていたから、今は何かバラエティー番組が放送されていた。でも始めから観ていたわけではないために内容はさっぱりだ。
とりあえずソファに腰掛けて机に置いたカップ。ココアの香りを楽しみながら一息ついた。落ち着く。
「あ、」そうだ。
俺は机に置いていた忘年会のチラシ。チラシを片手に持って内容を確認してみる。
日付希望の項目、時間は定時後すぐとして、店の候補とかいくつかあって、雑そうな山田にしては意外としっかり作られていると感じた。
まただ。また俺は俺の《目線》で山田を判断している。ため息をこぼす。ココアの湯気が少しだけ乱れた。チラシをテーブルに置いて、頭を軽く掻いて腕をおろし、チラシにまた視点を向ける。
星野が死んだ日から、自分でも自分の考えに変化が生じているのには自覚していた。たかだか疎遠になった程度の男の死で、だ。
今までの《僕》だったら、忘年会も新年会も行ってみようかなという考え方にはならなかった。人を知りたいという気持ちも、今だけで、時間と年月さえ経てば忘れさせてくれるんじゃないかとかも考えてみても、上手く飲み込めない。「山田のこと、別に知りたいわけではないのにな。」アイツ断っても気にしないだろうし。ポロッと呟く。
そんなヤツじゃないと、思う。
もう少し気にするやつだったら、ノリ悪い俺なんかどうでも良くなって誘わなくなるに決まってるじゃないか。だから誘うってことは、山田はそれなりに俺を気にしているのかな…?
とかさ。
ほんと、陽気族ってやつは悩ませてくれる。
もういいか。歯磨きして寝よう。俺はソファから立ち上がり、ココアを飲みきり、台所に移動した。軽くカップを洗い、水気を切って、リビングから洗面所に移動する際に、リビングの灯りを消した。
次の日。会社のエレベーターを待っていると、偶然、山田と顔を合わせた。朝に顔を合わせるのは初めてだと思う。あれ?俺の出た時間はいつも通りだったよな?
「おはよーございます。中村さん。」
「おはよう…」思わず口ごもる。
あ、まずい沈黙になる。
「忘年会…」俺から話題を切り出す。山田が俺に目線を合わせてきたのに気づき、慌てて目を逸らしてしまった。避けたみたいになってしまった。
あ、エレベーターきた。
扉が開き、俺と山田は1番奥に入り込む。俺たちの後ろで同じように並んで立っていた社員達がわらわらと中を詰めてくる。エレベーターが動き始めた。
結局沈黙。「忘年会参加するよ」山田の顔は見ていない。透明のガラス越しから、地面が離れていく様を眺めるフリをした。
「まじ!?」俺はびっくりして顔を上げ、山田を見た。なんだよその笑顔。
「というか山田。声でかいって。」俺が小声で呟くと、山田は慌てて口を片手で覆った。ほらみろ、周りから睨まれたじゃないか。
「いやだってさ」扉が開き、山田が人をかき分けてエレベーターから出ようとするのを慌ててついて行く。「――だって、中村さんが参加したいって言うの初めてじゃないすか?」参加したいとは言ってないが、わざわざ話の腰を折ることはない。俺は黙って山田の話を聞く。
「だから」
山田はとびきり嬉しそうに笑顔で言った。
「嬉しいんすよ――同期だし!」
眩しいなオイ。
もういいよ。好きなように受け取ってくれ。 「日付、」もうどうにでもなれ。
「山田に合わせるから好きに決めてくれ。」
山田は気持ちが良い程に軽く返事をした。
それだけだ。俺たちの距離感は。
山田から離れるように、俺は自分のデスクに行こうとしたが、三木田がこっちを見て、まっすぐに近づいてきた。山田の名前を呼びながら。
「わーすみません!中村さん!変なことされませんでしたか!?」ん?!
「人聞き悪いこと言うなよ三木田!」ちょっとよくわからないから落ち着いてくれ!
「山田って距離感おかしいんだから!中村さん困らせたらダメだろ!!」だーかーら、「なになに、なんの話しをしてんだ!」俺は慌てた。
「別に困らせてねえよ!なあ――あ、でしょう?」山田。俺に同意を求めるな。
「とりあえず」「忘年会、幹事頼んだぞ」俺は三木田を横切り、仕切りの向こう側に入り込んだ。2人のヒソヒソ声――山田の声はハッキリ聞こえるけど、もう知らない。全然話が耳に入らない。心臓の跳ね上がりがエグい。なんなんだ今日は。
というか、「関わっちゃダメ」って、そういうことか…。あの階段のこだまから拾った断片。俺に対してではなく、山田に対してだったのか?俺はまた山田と同じ《目線》で三木田を判断していたのか…?
ああ…ほんと俺ってやつは…。
「それでは朝礼をはじめます」部長の声だ。俺は慌てて仕切りから身体を出した。
…俺の問題点がひとつハッキリした。
色眼鏡だ。先入観と偏見で人や物事を判別して、更に色眼鏡とは別に疑心を持つものだから、山田に対しても、三木田に対しても…。
「星野に対しても…。」
おもむろに小さく呟く。
向き合えなかった。
「もうやめなきゃな」人を疑いすぎること。 色眼鏡で判断すること。
捨てなきゃな。
俺のフィルターを。
あれ?
結局山田が俺と朝鉢合わせたのはなんだ?
遅刻なだけか?
なんか三木田が問い出していたような…。
「まあいいや」今はなんでもいいや。
続


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