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小説:ballad.(バラード)③


    僕の働く会社は専用のデスクがあり、それぞれ仕切り板で前左右は区切られていて、背中以外は見えないようになっている。天井から下を見上げるように覗き込むことはできなくはないけど、普通はやらないよな。

     昼休みの時間になった。

     僕は備えられた給湯室に入って電車レンジで弁当を温めた。普段は屋上で食べるけど、最近の異常気象(そもそも新宿に雪なんて2月くらいにならないと滅多にない。)ですっかり雪に覆われた屋上だし、さすがに寒すぎて無理だと判断した。自分のデスクに戻って食べようかと給湯室から出た所、だしぬけに話しかけられた。

「あれ、珍しいですね、中村さんが弁当持参だなんて。」ついに彼女でもできました?と小指を立てながら話しかけてきたのは、同じ部署の同期の山田だった。

山田は僕と歳は同じだ。会社の規則など関係ないと言うように茶髪に染めて髪の毛を後ろにワックスで固めているし、週末は女を食ってそうなチャラそうな面している。コイツはいわゆる陽気な人間で、何度も僕を飲み会やら忘年会やらで誘ってくる理由もあって、苦手意識が僕の中に少しあり、適当に流そうか?と思ったけど、一瞬の間、僕は短く「ちがう」と答えた。

少し考えて、「自分で作った」とも付け足す。山田は口を丸くすぼめて、何かもの言いたげに僕を見つめてくるものだから、何が話したいのかを聞こうか?と考え始めたのと同時に、「山田さん!!」と名前を知らない…ああ、三木田だっけか。三木田が叫ぶように――山田の名前を呼びながら背中を押す。

2人揃って足速に俺のデスクからすぐ近くの階段フロアに入っていった。

革靴が階段を下る音がする。

三木田。僕より年下で、山田と比べると髪型は遊んでいないし、いかにもバカ真面目そうな大人しい見た目をしている印象なんだよな。あ、でもたまにフロア内で三木田は仕事ができる的なことを耳にもしたな?

(関わっちゃダメですよ。山田さん)っておいこら。三木田め…声潜めてるくせに階段のフロアから響いてるし、こっちに聞こえてんだけど。

とはいえ三木田や山田と僕とでは関わりのない人種だし、対抗意識もないし、何より三木田は僕に関心ない。ひとつ気になるのは僕から山田を引き剥がす時になんとも例え難い渋い形相をしているのが一瞬見えた。――だからかな?印象が少し残っただけにしか過ぎない。

――よな?それよりめしだ。

    「なんだったんだろ。アイツら。」と口走るのと、弁当箱を入れた入れ物のジッパーを開くのは同時だった。そして箱を開く。唐揚げ山盛りとブロッコリーを添えて、ご飯山盛り。「ほんと」僕は呟いた。「ビタミンゼロ。」うっすらと苦笑した。

    僕は普段、食堂で定食を適当に済ませる人間だ。前日の夜に準備するとかは仕事で疲れて寝てしまうし、朝起きても朝ごはんを口に入れるだけでも精一杯だ。朝ごはん食べるだけでも偉いと思うんだけど。

つまり僕は弁当を自分で作るという行為がめちゃくちゃダルいと感じてしまうにも関わらず、朝早起きして弁当を作り持ってきたということだ。何となくで作ったわけではない。これには理由がある。

星野だ。毎日アイツは自分で弁当を作り、持ってきていた事を最近思い出して、弁当を作りたくなったからだ。

     そう、その日はゴールデンウィークが明けて、少し暑くなってきた五月頃だった。快晴で雲一つない空。屋上でご飯を食べようかという話になった。

     「バカ暑くね?」

      オレはワイシャツの袖をまくって額の汗を腕で拭ってため息をこぼす。隣に座っている星野は目を引くような若干淡めの紫色の半袖シャツ(Columbiaで買ったらしい。)を着ていて、学ランは脱いでいる。

「健人っていつも菓子パンなのな」

「お前はいつも同じことオレに聞くよな。」オレは半分諦めながら星野に聞き返す。一緒に昼飯食いたいとかよくわかんないし、正直邪魔なんだよな…もうハッキリ言うべきか?と、オレは云々悩んでいると、星野が自身の弁当箱の蓋を開いた。

え、すご。

唐揚げ山盛りに野菜はすこし(多分、冷凍食品だ。どれも。)で、ご飯は別パックにぎちぎちに詰めてある。星野は手を合わせて「たーきまーす」と言うと割り箸を握って食べ始めた。あ、やべ、こいつをじっと見てると誤解される。

…遅かった。

…星野から視線を感じる。

星野がとても目をキラキラさせているのが、顔を見なくてもわかる――オレは気にしない風を装いながら、短く「なに。」と聞いた。

「なになに健ちゃん」何その呼び名。
「俺の作ったお弁当に関心があるの?」は?
「なに。星野自分で作ってんの?」まじ?
「ああ、毎日。」え、すご。

めんどくせえだろと鼻で笑う。

星野の表情は見ていない。

「親に作ってもらえばいいじゃん」
至極当然のようにオレはそう口にした。

星野が黙った。


なんだ?

星野が口開いた。

「――、だってさー親が作ると嫌いな鮭とか入れるし、自分で作った方が、好きなのいれることができんじゃーん!!」

いきなり声のボリュームを上げてきやがった!!あーー声デケェ。うるせーー!

まあでも、それもそう…か?
妙に冷静になり考えを改めた。

「たしかに、そうかも、な。」
オレは初めて星野を肯定した。

その時の星野の表情は何故か見れなかった。

恥ずかしいとかじゃない。

自分の中で星野に気を許しつつあることが、ちょっとだけ認めたくなかった。

それからは星野を好きになりつつあった。休日はわざわざアイツから遊びに来たし、たまに学校を一緒にサボったりした。

オレがはじめてタバコを吸った時も星野が吸ってみる?と勧めてくれたからでさ。

   ふと、会社のフロアの予鈴が鳴った。

  僕は目をゆっくり開ける。
  また星野との思い出に浸ってしまった…。

   弁当箱を開けてから全然箸が進んでない。そもそも…冷凍唐揚げの山盛りってそんなに憧れるものでもなかったな。また、苦笑した。

僕は弁当の中身を口に無理やり詰めて麦茶で流し込み弁当箱を片付けると、仕事モードに切り替えるために大きく背伸びをした。そして天井を見つめながら少し星野について考える。

  あの頃、どうして僕は
  星野が好きになれたんだろう。

  話が繋がったから?
  居心地が良かったから?

  ――違うなぁ。

   星野が家族に愛されていないことが、僕の家庭環境に通じるものがあったからだ。

「無神経な言葉、だったな」とも考えた。

星野は自分の家族のことは一度たりとも僕に話したことはなかった。今にして思えば僕なんかに話したくもないよな。

僕なんて他人の噂話やらフィルターを通して、星野を判断していたし、両親がヤクザで、両親からは育児放棄されているということはなんとなく知ってはいたけど、関心がなかった僕は、度々家族の話で星野を傷つけていたかもしれない。

   確信がないことに悩んでも、星野は死んだ。
   だから答えはないしきりがないこと。

   だから?

   そう言い聞かせたい。
   僕の心を守りたい。

   空洞で意味の無い心に。




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