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【真相】なぜ全米メディアはトランプの「宣伝演説」を垂れ流したのか――パラマウントとディズニーが屈した日

◆トランプがメディアジャック?!

先日、アメリカの地上波ネットワークで、トランプ大統領の演説が一斉に放送され、国民に衝撃を与えました。

CBSの『サバイバー』最終回や、Foxの『THE FLOOR』といった人気番組を中止してまで流された事実上の「メディアジャック」で、日本でいえばテレビ東京までが編成中止するほどの重大事です。

ところが演説の内容は、国民の安全に関わる緊急発表でもなんでもなく、毎度おなじみ民主党批判と、ドヤ顔で自分の政権の成果を語っただけ。「なにこのあからさまな選挙対策」と、米国民を呆れさせるものでした。

まあ、たしかに時の大統領は政治宣伝をしたがるものですが、フツーはメディアが相手にしません。

実際、オバマ大統領やバイデン大統領の時には、「政治色が強すぎる」「緊急性がない」として主要局は中継を断り人気番組をそのまま放送しました。

ところが今回は、トランプ政権に批判的だったメディアまでもが全国放送。いったいどうしてなのでしょうか?

この記事では、その謎を解き明かすとともに、その真相こそが、昨今の映画界最大のニュースにつながるカギであることも示します。

早速、結論からまいりましょう。

◆トランプに屈した全米ネットワーク――ABCとCBSで何が起きたのか

一言でいうと、テレビ局側がすでにトランプが仕掛けたスラップ訴訟で「痛い目」に遭い、戦う気概を失っていたからです。具体的には、アメリカ3大ネットワークのうちABCとCBSの2局です。

まずABCのケース。2024年12月、ABCニュースのアンカーが、トランプに関する裁判(女性作家が1990年代に性的被害を受けたと訴えた民事裁判)について「レイプで有責」と発言しました。実際の陪審評決は、正確には「性的暴行(sexual abuse)でトランプ敗訴」であって、英語の法律用語では「rape」とは明確に区別されるということです。

嫌がる女性に……という意味では同じじゃないのと思わないでもありませんが、この表現の違いを見逃さず、トランプ側は「名誉毀損だ」と訴えました。

さてどうなったか。ABC側は結局裁判を続けずに和解を選びました。将来建設されるであろうトランプ大統領図書館に対して1500万ドル(約23億円)、さらに弁護士費用として100万ドルを支払うことになりました。

「大統領図書館ってなんぞや」という点についてはこの後解説します。

さて、もう一つがCBSのケースです。看板番組「60ミニッツ」で行われたカマラ・ハリス副大統領(当時)インタビューの編集をめぐり、「恣意的だ! フェイクだ!」とトランプ側が提訴しました。

こちらも最終的には、1600万ドル(約25億円)をトランプ大統領図書館関連費用に充てる形で和解しています。

◆「大統領図書館」という名の脅し

ABCやCBSが結果的に数十億円もの巨額の費用を実質「寄付」させられる形になった「大統領図書館」とは何なのでしょうか?

アメリカの大統領図書館とは、元大統領の在任中の公文書や資料を保存・公開する公文書館のことです。同時にミュージアムでもあります。運営自体はNARA(米国立公文書館)が担いますが、建設費や運営基金は、財団や寄付など民間資金に依存しています。

ようするに、ABCやCBSなど「トランプに厳しい報道をしてきたメディア」のカネで、「トランプを称える施設が作られる」ということです。この施設は向こう何十年にもわたって、未来の米国民に「トランプマンセー」の思想を広め続けることになります。

◆「逆らえば潰される」――全局中継の本当の理由

この二つの訴訟は、テレビ局にとって強烈な「見せしめ」になりました。「トランプに逆らえば、会社が数十億円規模のダメージを受ける」前例が、はっきり示されたからです。

そんな空気の中で、「今回の演説は中継しません」などと判断できる局があるでしょうか……という話なのです。

◆「メディアが誤報やフェイクニュースなんだから自業自得」?

でも、「ABCもCBSもフェイクニュースを流したんだから当然じゃねえか」「オールドメディアが誤報をやらかしただけだろ」と思った方もいるかもしれません。

ところが、全然そうではないのです。

なんとこの二つの訴訟は、法学者やメディア法の専門家の間では、「裁判を最後まで続ければ、テレビ局側が勝つ可能性が高い」との見方が支配的だった案件なのです。

つまりABCもCBSも「勝てる戦いをあえて放棄(和解)した」のです。いったいなぜ?!

◆ディズニーが恐れた「裁判より高くつくもの」

ABCのケースの解答から言いましょう。

まず、ABCの親会社はディズニーです。この会社は、ミッキーマウスやピクサー映画、そしてゆいお姉さんでおなじみ「家族みんなが安心して楽しめる夢の国」。つまり、ブランドイメージが何より重要な企業です。

もし報道部門の訴訟が長期化し、現政権との対立の最前線に立たされてしまうと、株主や消費者にとって大きな不安材料になるわけです。

さらにトランプ支持者による「Disneyボイコット」運動が起き、映画の興行収入やDisney+の加入者数に影響が出るリスクもありました。

実際過去にもディズニー映画の「多様性重視」のリベラル姿勢が、彼ら保守派から激しく攻撃された例があります(『リトル・マーメイド』実写版の”黒い人魚姫”批判など)。

こうした状況を踏まえ、ABC側は「戦って勝つ」よりも「早く終わらせる」ほうが安全との判断を下したとみられています。

◆CBSが「法廷で戦えなかった」事情

CBSの場合は、さらに切実な事情がありました。

まず、CBSの親会社はパラマウントです。

実はトランプ訴訟の時期、親会社パラマウントはSkydance Mediaとの約80億ドル規模の合併を進めていました。この合併にはFCC(連邦通信委員会)の承認が不可欠。そしてFCCの承認は政権の影響力がきわめて強く、もしもトランプ大統領が圧力をかければ、合併却下や放送免許問題に発展する可能性があったのです。

これはパラマウントにとって、会社の存続そのものに関わる弱点でした。

とてもじゃありませんが、たとえ勝てるとしても法廷でトランプと戦える立場にはなかったということ。そしてパラマウントの場合、話はここで終わりません。

◆ここから映画界の大ニュースにつながる

トランプに対して「折れた」パラマウントは、その後、無事にSkydance合併の認可をもらうことができました。

そしてこのSkydance合併とトランプ訴訟の和解をきっかけに、パラマウントとトランプ政権の距離は大きく縮まったと見られています。

そして、それを証明するかのような出来事が先日起こりました。

Skydance主導の新体制のもとで、ジャレッド・クシュナー(トランプ氏の娘婿)の投資会社Affinity Partnersが、今まさに映画界で大ニュースとなっている、ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーの買収案件に立候補したのです。

前にも言いましたが、ワーナー傘下には、強烈なトランプ批判で知られる報道局CNNがあります。ここの買収に、トランプの娘婿が立候補したのです。誰がどう見たって「CNNのトランプマンセー化」が目的に決まっています。

ここに至る点と点が、それを物語っています。ニュースを線でとらえていれば、こういうことはすぐにわかります。

じっさい、このバレバレな買収工作は大きな反発を招き、最終的にクシュナー氏は12月16日、撤退を余儀なくされました。

◆まとめ:これは対岸の火事ではない

ここ最近の私の記事を読んできた方にはわかると思いますが、今のアメリカでは壮絶な「メディアvs.トランプ大統領」の戦いが繰り広げられています。

メディア側が押されていますが、クシュナー氏の撤退は一矢報いた形であり、民主主義の公正さが失われるかどうかの瀬戸際といったところです。

ポイントとしては、トランプ氏は決して放送命令や検閲といった露骨な手段は使っていないということ。その代わり、弱点を抱えるメディアを狙い撃ちでスラップまがいの訴訟を仕掛け、彼らが自ら委縮する状況を作り出しています。

我々映画界では何十年も前から知られている事ですが、トランプ氏はメディアの内側を知り尽くした人物であり、だからこそこのような寝技を仕掛けられるわけです。

本来ならば編集判断で止められたはずの宣伝演説が、全米に生中継されてしまう──。これは非常に危険なことです。

しかし、こうした舞台裏を知ることで、「政治的な主張、とくに右派政権のそれからは距離を取ったほうがいい」と感じられるのではと思います。そうした直観的な、あるいは生理的な警戒感を持ち続けることこそが、今の時代には欠かせないと私は考えています。

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